第二話
タルは夢の中で大勢の人間の声を聞いた。
「やるのだニーナ。お前がやらなくてはならない」
「これはきっと神の思し召しよ」
「ニーナ。お願いだ。君を失いたくない」
「……ごめんなさい。タル」
胸の上部に鋭い痛みを感じた。息をしようとして咳き込む。喉の奥から熱くぬめりとした液体が迸る。
視界は暗闇に飲まれ、腕も足も動かすことができない。
悪夢から目覚めようとタルは強く目を瞑る。
だがこれが決して夢などではないと、覚醒しつつあるタルの意識が冷静に判断し始め……だが確信に至る前にタルの意識は再び暗黒に落とされた。
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暗闇の中でタルは目を覚ました。
その呼吸はいつもと何ら変わりない。
ただ場所はタルの記憶と合致しなかった。
見えるのはごつごつとした岩肌。全身を刺すような冷気が立ち込めている。
そこは洞窟の中の広い空間だった。タルは突出した岩の上に横たえられていた。
次第に暗闇に慣れる目で辺りを見渡す。
洞窟の至る所に穴が開いている。そのどれかは外に通じているのだろう。
そう離れていない場所で流水の光が見えた。
そこには大きな湖があった。洞窟の奥まで続いている。
タルは自身の体をあらためる。服は全て脱がされ、血でなにやら紋様が描かれている。
タルは深くため息を吐いた。
「ここまではカサノヴァの筋書き通りか」
タルの声が暗い洞窟に反響する。
その時、湖面が不自然に揺れた。
湖面が細かく震え、さざ波が広がった。
うねり、滑るようにそれは現れた。
タルの目の前で止まり、巨大な顎を開いて威嚇する。
それは白色に光る大蛇だった。
「お前がここの神か」
タルはそう喋りかけたが、帰ってきたのは暴力的な自然の摂理だった。
白の大蛇は一直線にタルの胴体に喰らい付いた。
そのままタルの体に幾重にも巻き付き押し潰す。
「……さあ、俺を殺してみろ」
あばら骨が折れて内臓に突き刺さる。
そしてあっさりとタルは死んだ。
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悲哀、苦痛、怒り。
『ああ、また村の子供を殺した。いつまでこんなこと続けなくてはならない』
そこは暗い感情で埋め尽くされていた。
『だが私は絶対に途中で投げ出したりしない。村を守ると約束したのだから』
だが同時に正義の意志と覚悟があった。
それらがない交ぜになり、その場所を形成していた。
ここがどこなのか、聞こえる声は誰のものなのか。
それらの疑問が浮かぶより前に、タルは落胆した。
――やっぱり、ダメか。
ドクン、ドクンと脈打つ音が聞こえる。
それは全方位から、タルの体に振動を刻む。
――ここは、蛇の腹の中か?
全身を覆う硬い膜の感触を確かめ、タルはため息を吐いた。
――何が神だ。結局ただの呪い患いじゃねえか。
タルは自身の右手に意識を集中する。それと同時に頭の中に広がる感情の渦。
不安、懐疑、焦燥。
蛇の感情が雪崩れ込んでくる。
タルの右の手には、ある神官が作った呪いの石が埋め込まれていた。
その石は特性として任意の相手と意識を共有することができる。
共通の言葉を知っているなら、対話をすることもできる。
『生きている?あり得ない。あり得てはならない。そんな馬鹿な』
『おい蛇、聞こえるか』
『……何者だ?村の人間ではないな』
『ああ、だから今すぐ吐き出せ』
『なぜ生きている?確かに首をへし折ったはずだが』
『俺は死なない。そういう呪いにかかってる』
『呪い……だと?』
『ああ。お前と同じだ』