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人形師と理想人格  作者: 弥七茂右ヱ門兵右衛門桜江
第一章
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第五話

「この街は今、とても危険な状態にあるわ」

 通りの街灯に点灯夫が灯りを灯している。

 街はもうじき夜になる。

 フラメはいつにもまして真剣な表情で語り始めた。


 私が最初にこの話を耳にしたのは教会の庭先で、神官見習いの子たちとの何気ない会話だった。

 いつも施しを求めに来る物乞いの一人が突然来なくなって、どうしたのかと心配していたら、どんどん物乞いたちの数が減っていったらしいわ。

 すぐに別の物乞いが来るようになったけど、その人たちも徐々にいなくなっていった。

 そんな時、街で行方不明者が続出したの。

 憲兵団が捜索したけど、結局見つからなくて、捜索しているうちにも新たな行方不明者が出て。

 祓魔神官に憲兵団から調査協力依頼が来たわ。

 行方不明者を探していた憲兵が二人、失踪したらしいの。

 悪魔の仕業なんじゃないかって、噂はすぐに街中に広がったわ。

 連夜捜索したけど見つからなくて……行方不明者は増え続けた。


 次第に立ち並ぶ建物が少なくなってきた。

 フラメは街の外れへ向かっている。

 城門を超えればそこには貧民街が広がる。

 法も秩序もない暗黒街だ。

 フラメは振り返り、懐から折り畳んだ複数の羊皮紙を取り出した。

「二週間前、憲兵団と教会に同時に届いた手紙の写しよ」

 街灯の灯りを頼りに、タルは文字に目を落とした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


 誇り高き都市の守り手たちへ。

 昨今の失踪事件を起こしているのは私だが、この事件に関しての一切の捜査を中止することを薦める。

 そして同時に一般市民の真夜中の出歩きを禁止するように強く薦める。

 これは要望でも、ましてや命令でもなく、忠告である。

 すでに気付いていると思うが、我々が狙っているのは街にのさばる乞食や不法移民、浮浪者たちのみであり、一般の市民に対して害を成すつもりは毛頭ない。

 現在失踪している一般市民たちは、不幸にも我々の姿を目撃してしまった。

 彼らには申し訳のないことをしたと思っている。

 しかし我々がやっていることはこの自治都市を更に発展させるための行いであることを分かってほしい。


 そしてイリスの神官たちへ

 この街には複数の悪魔が存在し、私はそれを使役している。 

 先日、ラシェル銀行の裏通りで見つかった乞食の死体を調べれば、それが悪魔の仕業だと君たちなら分かるはずだ。

 私の言っていることが真実である証拠としてやむを得ず悪魔を利用したが、今後悪魔は休眠させる。

 君たちが余計なことをせず、神に祈りを捧げていれば、悪魔が眠りから覚めることはないだろう。

 だがもしもこれ以上犯人捜しを続けるようならば、悪魔がいつ目覚めるかわからない。

 いくらイリスに選ばれた祓魔神官といえど、この広い都市のすべてを守りきるのは至難の業だろう。

 勘違いしないでほしいが、私はこの都市が傷つくことを望んでいない。


 すべてはこの自由都市ヴィリエの未来のため。

 イリスの神官たちよ、神が人々を導く時代は終わったのだ。

 これからは人のために祈り、尽くすがいい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――



「よくもこんな文章が書けるもんだ。書いた奴の顔を見てみたいぜ」

 タルはフラメに手紙を返す。

「物乞いの老人の死体はばらばらに引き裂かれていたわ。明らかに人間の仕業じゃない。それに呪病者の痕跡も強く残っていた」

 フラメはなおも固い顔を崩さずに歩みを進める。

「それで調査は続けてるのか?」

「……表立っては憲兵団も教会も動いていないわ」

 フラメとタルは閉じかけていた城門をぎりぎりのところでくぐり抜け街を出た。

 小高い丘の上から目に入るのは乱雑に立ち並ぶ建物、暗く、灯りの殆どない路地。

 ヴィリエに流入する人々の数は年々増え続け、いつの間にやら城壁の外にもう一つの街が出来上がっていた。城門を超えられない貧民たちが、無断で作り上げた貧民の街、法も秩序もない暗黒街だ。

「実はもう失踪事件の実行犯は分かってるの」

 フラメは暗い街を眺めながら言う。

 タルも同じ方角を見る。

 この街に法はないがルールはある。

 そのルールは単純明快だ。

 ”エミリアーノ=ポリシオに逆らうな”

「目撃者が多数いたの。ポリシオの手下たちが動いていたって」

「奴ら、俺のいない間に随分と増長したようだな」

「今回はどうやら強力なバックが付いているようね」

「誰だ?近くの貴族か?」

「分からない。だけど間違いないのは、この都市の中枢にいる人物であるということ」

「……そうか。道理でカサノヴァが後手に回っているわけだ。随分といらついているようだったぜ」

「今、裏からカサノヴァが参事会の伝手を使って手紙の送り主を探しているわ」

「……クソ、面倒だな」

「私たちにできることはいつも通り、都市の安全を守り、見張ること。それだけなのよ」

「……気に食わねえな」

 タルは暗く影の多い街を見つめ、舌打ちをした。

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