第三話
厳かな空気に包まれた、聖ロスタインの庭先に足を踏み入れた。
巨大な鉄扉は常に解放されている。
中に入ればガラス窓に描かれた女神イリスの形像に見下ろされる。
巡礼者たちは静かに手を合わせ祈りを捧げていた。
それらを素通りしてタルは階段を上る。
上った先には二人の衛兵が見張っていた。
タルを見て声を上げる。
「タル様!てっきり魔獣にやられてしまったものと……」
「お帰りなさい。敵は手強かったですか?」
「ああ、何度も死にかけた」
「なんだって……」
衛兵たちは妄想の会話を加速させる。
迷路のような回廊を通り抜け、目立たない樫の扉を4回ノックする。
「入れ」
中にいたのは二人の神官。
木彫りの机の向こうに座る、黒の神官服を着た大柄な女。
そしてその前に立つ女。こちらも神官服を着ているが皮の鎧も同時に着込み、騎士のような恰好をしている。腰の獲物も騎士が差すような剣だった。
「生きていましたのね」
「残念だったな」
「ええとても。不死身の人間が死んだなんて聞いたら、これ以上ない冗談ですのに」
「タル、よく戻った。シイラ、その辺にしておけ」
タルを睨むシイラを大女が治める。
「任務は成功したようだな」
大女はタルを眺め見透かすようにそう言う。
「タルが戻ったのなら問題ありませんわよね?」
「ああ。お前が適任だろう。鎮圧して来い」
「承知しましたわ」
シイラはタルを再び睨んでから部屋を出て行った。
「また異教徒狩りか?」
「ああ。鼎の街から救援の要請があってな」
「あいつはまたやりすぎるぞ」
「かなりの規模の暴動らしい。適材適所というやつだ。
それより、遺恨なく片付いたのだろうな」
「全部あんたの計画通り進んだよ。カサノヴァ」
「それは重畳だ」
カサノヴァは女にしては低すぎる声で、にこりともせずに言った。
タルはこの神官に最初に出会った時から現在に至るまで、男ではないかという疑いを払拭できていない。
「ネロやシイラでは村に浸透した儀式までは解決できなかっただろう」
「神を殺して村人に見せつければ良かったんじゃないのか」
「そう単純なものではない。長年続くしきたりというものはな」
「そうかい、ほら」
タルはカサノヴァに向けて右の手を差し出した。
カサノヴァはその手を掴み、数秒してから離した。
「なるほど……恐怖症か」
「はぁ……やっと解放されたぜ」
タルは伸びをしながらそう言った。
「ご苦労だった。ゆっくり休むといい」
「俺は疲れない」
「……そうだったな。ではフラメの仕事を手伝ってもらう」
「何の仕事だ?」
「詳細はフラメに聞け」
タルはカサノヴァの態度から不穏な空気を嗅ぎ取った。
「……わかった」
タルはそれ以上口を開くことなく部屋を出た。