第五話
蛇は話が終わった後も、しばらく虚空を見つめていた。
「掟では大蛇が村を滅ぼすんじゃないのか?」
タルは草に寝そべりながら訊いた。
『脅かしに行くだけだ。本物の生贄が捧げられるまでな』
「じゃあ過去にもこういうことがあったってことか」
『ああ、そしてその度にあの忌まわしい病が流行り、村人たちが苦しむのだ』
蛇は彫刻のように止まっていた体を、再び動かした。
『そろそろ行くとしよう』
「待て蛇、村から病をなくす方法がある」
蛇はぎょろりと振り向きタルを睨み付けた。
タルににじり寄り、長い体で周りを取り囲む。
『教えろ。どうすれば病は無くなる』
タルの眼を至近距離から覗き込む。
「焦らなくてもいい。まずは呪いというものについて教えてやる。
呪い、呪病は誰かの精神から生まれる、とはさっき言ったが、その呪いはそれを生み出した人間が死んでも消えない。その人間に関わった者に伝染する。つまり大昔に村の誰かが呪病者となり、その呪いはずっと続いてきたってことだ」
「一体何が引き金になったか知らないが、その呪病は蛇、白い蛇と関係があるらしい。その病も、蛇になるものだったんだろう?」
『……ああ。手足が動かなくなり、皮膚が白く、硬くなり、やがては……』
「その病に罹ってるやつが、呪いの引き金だ。そいつが消えれば、村から病は無くなる」
『……つまり私が消えれば、村から病はなくなるというのか』
「そうだ」
『私は、蛇を殺した。なぜあの時にその呪いとやらは消えなかった?』
「新しい呪病者が生まれたからだ」
『……シアナ。どうしてシアナが呪いを引き受けることになった?」
「蛇を殺したとき、シアナは蛇の血を浴びたか?」
「……蛇はシアナに噛み付こうとした。だから私は、蛇の頭に剣を突き刺した。だが、血なら私のほうがたくさん浴びたはずだ」
「死んだ呪病者の精神に、近い存在がいれば、そこに伝染する。シアナは神を殺したことを悔やんでいたか?」
『……シアナは、ずっと恐れていた。自分のせいで災厄が起こるのではないかと』
蛇はタルの周りを落ち着きなく蠢く。
『では儀式はどう説明する。なぜあの洞窟で生贄を殺すと、病は消えたのだ?』
「それは、その儀式自体が呪いの一部になっているからだ。呪病者であるお前がそう思い込んでいるから、生贄で病が消えたんだ」
『そんな……バカな。無駄だったというのか……私が死にさえすれば、あの生贄たちを殺さなくても済んだというのか』
「そうだ」
蛇はタルの顔を穴が開くほど睨み付けていた。
だがいくら眺めても、そこから偽りを見出すことはできなかった。
『お前は何者だ』
蛇はタルの身体に巻き、飲み込もうとするかのように顔を寄せた。
蛇は巻き付く力を徐々に強める。
「鬱陶しい奴だ」
タルは蛇に巻き付かれた肩に力を込めた。
蛇が苦痛の声を上げ、タルの体から離れる。
「俺はイリスの祓魔神官だ」
『イリス……救世神話の女神か』
「祓魔神官の仕事は呪病者を殺すことだ。
神がいると聞いて、俺はこの村に来た。
本当に神がいるなら、頼みたいことがあった。
だが案の定、呪病者だった」
『……だが、お前もまた不死の呪いに罹っているのだろう』
「そうだ。だけどこの呪いは解けない。何をやっても」
『わかった。お前の話を信じよう。だが、一つ解せないことがある』
「なんだ」
『なぜ、私をすぐに殺さなかった?』
「……どんな呪いか知るためだ。お前みたいな不幸な奴の話を聞くのはいい退屈しのぎになるしな」
『……そうか。では私を殺すがいい』
「ああ、そうする。だけど、その前にやることがある」




