Act.9 エイトの夢
テントを目の前に、石像のように固まるエイトとコルネ。
それを気にも留めず、ドグマはさっさと就寝。
残された二人の間に沈黙が走った・・・。
「・・・・・・え、エイトさん。エイトさんはテントでドグマと寝てね」
沈黙を破ったのはコルネの台詞だった。彼女はひきつった笑みのまま、立ち去ろうとする。
当然、エイトは引き留めた。
「ちょっと待てって・・・!」
手首を掴まれて、コルネは不思議そうに振り向いた。止められたのがそんなに驚きか。
エイトはいつになく真剣な表情で言う。
「テントにドグマさんがいるのに・・・それなのに寝ろと!?」
「・・・はぁ?」
エイトの顔色は、蒼白だった。
それを見たコルネはぎょっとして、思考する。
どこかで、エイトが蒼白になるような内容を言っただろうかと考えた。
コルネがたどり着いた答えは・・・
「・・・ドグマが嫌い?」
・・・勘違い。
勘違いされたことに気付いたエイトは、慌てて弁明する。
「ほら、えっと、あれだ!! 俺は最近までニートだったわけだ。んでもって、引きこもりだった。・・・それでもわかるんだ。コルネもわかるはずだ!!!」
だんだんと早口に、大声になっていくエイトの声。必死の形相だった。
エイトの迫力に押されつつ、コルネは聞き返す。
「どういうこと? 私に・・・わかる??」
コルネの疑問にエイトはそっぽを向いて答えた。
「未婚の異性がおんなじ場所で寝るのは・・・不純デス。」
「・・・・・・ぷふっ」
エイトの回答に、コルネは笑いを堪えきれなかった。
その様子を見て、顔を真っ赤に染めたエイトがうずくまる。よくよく見れば、耳まで真っ赤だ。
シャイ過ぎる反応に、コルネはついに、お腹を抱えて笑いだした。
「あっははは!! エイトさんって、そんなキャラだったっけ!?」
笑われている本人は口を尖らせる。
「・・・だって不純でしょ。」
エイトは長めの黒髪をかきあげ、コルネをチラッと見てため息をついた。
すると、コルネは目尻に溜まった涙を拭い、エイトに微笑みかける。そのまま彼女は詠唱する。
「わかったわよ。・・・召喚7、フォレストシープ!」
詠唱に伴い、小さな光の渦が生まれる。そしてそのまま光彩は人間三人分ほどの大きさをとった。
エイトが目にした二度目の召喚魔の召喚。
それは、飛竜ではなく・・・緑の毛に包まれた羊型の魔獣だった。
「・・・もふもふだ。」
エイトは召喚されたフォレストシープに抱きつき、一言。
フォレストシープは嬉しそうに小さく鳴き、その場に『おすわり』した。
そんなフォレストシープに、コルネは命令を下す。
「・・お願い、フォレ。この人・・・エイトさんを朝まで守ってね。ついでに、そのもふもふをベッド代わりに使わせてあげてね。」
それだけ言ったコルネは、ドグマの寝ているテントに一直線に向かった。
・・・相当眠そうだったし、呼び止めるのはやめとこう。
エイトはなんだか取り残された気分になりながらも、フォレストシープにもたれ掛かった。
「・・・月が、近い・・・」
空を見上げ、ポツリとこぼす。
羊毛の温かさと初めての戦闘の疲労のせいか、エイトはすぐに眠ってしまった。
「・・・ボクは、ここで何をしているんだろう?」
曖昧な世界でただ一つの確かな存在である少年は、呟いた。
それを聞く存在がないこの世界では、それは虚しい自問自答にしかならない。
少年はそれを哀しむこともなく、歩き始めた。
常に流動する風景。
歩けているかもわからない。
そもそも地面があるのかわからない。
「ここは退屈だ」
少年は指を絡ませ、俯いた。
とたん、空間が歪む。
「・・・」
少年の目の前で、その歪みから半透明の蛇が現れ、世界の色を呑み込んだ。
混沌とした色で埋めつくされていた世界から色が消え失せる。
蛇が通ったあとは世界が無くなったみたいに無色透明で、本当にここに居るのかも少年にわからなくなってしまった。
「・・・蛇さん、と、お友達になりたい」
少年は蛇を追って走る。
すると世界がひっくり返って、少年は蛇の中にいた。
「・・・喰われた?」
少年は蛇の中でも冷静で、静かに流れに乗っていた。
そして獰猛な笑みを浮かべる。
「喰えるものなら喰ってみろ、ボクがお前を喰ってやる。」
少年の口が、三日月に歪んだ。
エイトが目を覚ますと、目の前にドグマの顔があった。
はっきりしない意識のまま、数秒見つめ合う。
「・・・うわっ!?」
意識が覚醒したエイトは、反射的に飛び退いた・・・・・が、フォレストシープの羊毛に埋まるだけだった。
叫び声を聞いたコルネが駆けつける。
そして、エイトを見るとため息を吐いて告げた。
「朝ごはん、できてるけど。・・・食べるよね?」
エイトは何度も高速で頷いた。
「エイトよ、とてもうなされておったが、悪夢か? それとも言霊夢でも来たか?」
食卓についたエイトに、ドグマが問いかけた。
しかし、エイトはあまり夢を覚えていなかったため、首を傾げるばかりだった。
「・・・この年齢になって、言霊夢を見ることもないだろ。」
エイトはぶっきらぼうに答えると、熱々のスープに匙を入れる。
黄金色のスープには、昨日採った野菜の残りが入っていて、とろとろになるまで煮込まれていた。
はやく食べたい・・・と一口目を口に含むと、野菜の旨みが広がった。
予想以上に熱くて、エイトはハフハフと息を吐き、熱を逃がす。
次は・・・と、野菜をすくう。
今度は少し冷ましてから口に入れる。
「・・・んまっ」
その瞬間、野菜の繊維がホロリとほどけ、とろける。自然な甘味と独特の香りが広がった。優しい味だ。
ハーブでも入っているのか、後味が僅かに苦い。だが、それすらも美味い。
エイトはそのままスープを飲み干し、コルネに椀を差し出して言う。
「・・・おかわり!」
すぐに運ばれてきた二杯目もそのまま口にしていたエイトの目に、塩パンがうつる。
エイトは少し堅めで苦手だったそれをおもむろにちぎりとり、スープに浸す。
スープをたっぷり吸った塩パンを口に放り込んだ。
「んぐっ・・!?!?」
予想以上の出来栄えだ。
塩パンのしょっぱさが良いアクセントになって、食欲が掻き立てられる。
スープが染み込んでいて、パンが柔らかくなっているのも嬉しかった。
エイトは夢中になって塩パンを浸し、食べる・・・という動作を繰り返した。
食事が終わると、三人はテントを片付け、気合いを入れ直す。
「よっしゃ行くぞ!!」
エイトは拳を突き上げて、叫んだ。
空游竜の巣に向かうには、徒歩で森を越える必要がある。
空を飛んで行くと、強風とモンスターに襲われるからだ。
三人は改めて出発した。
・・・またほのぼのしてしまった。