Act.8 バーベキューとテント
今回はわりとほのぼのしてます。
目の前に広がるのは、草木が生い茂る森。その奥には山があり、僅かに煙を噴出しているのがうかがえる。
視界には入らないがどこからか水音が聞こえ、涼しげな雰囲気を醸し出していた。
高度故か、地上と比べて浮遊大陸の気温は低い。
そのせいか、いつもは不快に感じる夏の陽射しがとても心地よく感じられた。
ここが飛行種庭園。世界最大級の浮遊大陸である。
ここが空の上だということを忘れてしまいそうな、大陸だった。
エイトは大陸に接近すると、言霊を解いて着地する。
それに続き、コルネたちを乗せた飛竜も着地した。
「一番乗りぃ!」
エイトは子供のような表情ではしゃぐ。
そして、飛竜上のコルネに手を差しのべた。
「ほら、コルネ。降りてこいよ」
予想外の行動に目を見開くコルネ。
エイトはそんな様子を意に介せず、コルネが飛び降りるのを待ち構えていた。
すると、躊躇うコルネに怒声が響く。・・・と同時にコルネは声の主、ドグマに突き飛ばされた。
「我の邪魔である。さっさと行け!」
「「ひどっ!!」」
思わずエイトとコルネはシンクロする。コルネはエイト目掛けて真っ逆さま。
飛竜の背から地面までは五メートルほどだが、突き飛ばされたため、コルネは頭から落ちていく。
エイトは彼女を受けとめようと、腕を広げた。
だが、受け止めることはかなわなかった。
空中歩行の恩恵の無いエイト(元ニート)の筋力では、力不足なのだ。
「ぐぇっ・・・・・!!」
コルネに押し潰されるかたちとなったエイトが、悲痛な声を洩らす。
受け身すらとれずに地面に頭部を強打したエイトは、飛竜の背から見下ろすドグマの呆れ顔を見ながら意識を手放した。
目を覚ましたエイトを待っていたのは、ドグマの呆れ顔とコルネの質問攻めだった。
「まさか、受けとめられないのに待ち構えていたとは・・・。わ、私、重かった?」
コルネは多少なりとも罪悪感を感じているらしく、その表情は晴れない。
質問されたエイトは、困惑しつつ応えた。
「べ、別に・・・軽かったぜ?」
エイトが返答しつつ周りを見ると、空が朱に染まっていた。
どうやら、メチャクチャ長い間気絶していたようだ。心配をかけてしまった。
「・・・最近は空中歩行を使ってばかりで、調子に乗ってたよ。ごめん」
エイトは素直に謝り、起き上がった。まだ少し、後頭部がズキズキと痛む。
すぐ横には雨風を防ぐ簡易テントが設営されていた。
・・・察するに、ここで一夜を明かすことになったのだろう。原因が自分だと思うと申し訳なかった。
若干の気恥ずかしさもあり、二人に背を向けるエイト。思わずため息まで吐いてしまう。
そんな彼のもとに、鼻腔をくすぐる香りが漂ってきた。
その香りに反応して、エイトは機敏な動きで周囲を見渡す。
そしてその目にテントをうつしたとき、テントの向こうに焚き火のものと思われる煙に気づく。
エイトは、煙の下にあるものが香りの発生源だと確信し、駆け出す。
テントを迂回したエイトは、その光景に息を呑んだ。
「・・・・・・!!!」
言霊で生み出されたのだろう岩のテーブルの上には、カットされた野菜と生肉。
焚き火の上には網が設置されていて、その上で、脂ののった肉が焼けている。これが香りの発生源だ。
そして、これがおそらく夕食。
それを理解したとたん、エイトは後頭部の痛みも忘れて跳び跳ねた。
「バーベキューじゃねーか!!! イェーイ!! 7年ぶりぃ!!!」
そして始まる食事。空はすっかり暗くなっていた。
テーブルには子供ビールやつまみも並び、皿の上では焼き上がった肉の脂がはじけている。
串料理は濃厚なソースが絡み、野菜炒めは新鮮な野菜が使われている。
どれもこれも、本来の野営なら食べられないようなものである。
エイトは肉にかぶり付きながら問う。
「こんな野菜、モグ、と肉・・モグモグ、どこで手に入れ」
「喋んなくていいよ~。」
台詞を遮られたエイトは、素直に従った。
コルネはその様子に微笑みつつ、串に手をのばした。そして質問に回答する。
「・・・野菜や肉はね、エイトさんが気絶している間に、森に入って採ってきたの。」
エイトは咀嚼しながら頷く。
すると、二人の会話を聞いていたドグマが横から補足した。
「調味料はポーチに入れていたものを使っているぞ。どれもコルネの所持品である。」
・・・じゃあこの甘辛いソースはコルネ特製かな? もしそうならすごいな・・。
ドグマの言葉に、エイトは串料理を見つめてしまう。
今思えば、家族以外の女性の手料理は初めてだ・・・。もちろん、一つのテントでの野営も。
そこまで考えたところで、エイトは顔面が火を吹いたように熱くなるのを感じた。
・・・テントが一つだけだとおおおぉぉぉ!?!?
エイトは慌てて周囲を見る。
いくら探しても、視界に入ったのはテントは目の前にあるテントのみ。しかもそのテントの広さは、三人で寝るとキツキツな程度。
そして、ここにいるのは三人。男性はエイト一人。
頭で情報を整理すればするほどに、混乱していく。
エイトは串を手にしたまま、呆然と虚空を見つめていた。
そんなとき、
「さめちゃうってば!」
・・・という声とともに、手の中にあった串が奪われた。
奪ったのはコルネ。
エイトは串を奪い返そうと手をのばしたが、時すでに遅し。肉はコルネの胃におさまり、その手には竹串だけが残っていた。なんという早食い。
のばした手の行方に困ったエイトは、そのまま子供ビールの瓶を鷲掴みにして、一気のみ。
ドグマは少し離れた位置から二人の様子を見続けていた。
食材が尽きかけ、三人の胃も満たされてきた頃には、もう夜中だった。
すっかり温くなった子供ビールを片手に、エイトはコルネたちと談笑していた。
ドグマは眠気に負けそうになりながらもつまみを口にしている。
コルネは、中まで赤いリンゴのような果実を頬張っている。
話題が尽きると、ものすごい勢いで果実を食べきったコルネが立ち上がった。
「さて、エイトさん、もうテントで寝ましょう!」
ちょうど子供ビールに口をつけていたエイトは、子供ビールを吹き出してしまった。
ドグマは笑いを堪えて肩を震わせている。
そんな二人の様子を見てもわからないのか、コルネは首を傾げ・・・
・・・一つしかないテントを見て、満面の笑みが苦笑いに変わった。