Act.53 敵で味方
ちょっと胸糞悪くなる表現があるかもしれません。
・・・
エイトは満足げにモーランの宣言を聞き届けると、それから少し頭に手を当てた。
見たところ頭痛・・・表情を僅かに歪めたエイトは唐突にコルネの目の前に現れた。
「・・・っ!?」
攻撃されるのか、と息を呑むコルネだったが、コルネの顔を覗きこんだ彼の目から殺意は感じ取れなかった。しかし警戒心は解かず、剣を持ったまましばし見つめあった。
するとエイトは黒く硬質化している手で、コルネの強張った頬に触れた。
ごつごつとした感触で、しかしその触れ方は優しさを残していた。
それを見て怪訝な顔をするのはモーラン。不都合でもあるのか今にもエイトを自分から引き離しそうだが、エイトもモーランもほぼ互角だと思われ、それゆえに一歩を踏み出せないようだ。
エイトはそんなモーランの気持ちも知らずに、そのまま無表情でコルネを見る。
そして、ふいに頬を弛めて呟く。
「・・・コルネか」
彼はそう言うとすぐに手を離し後退すると、そのまま武器を構える。
コルネをコルネだと認識したのに・・・忘れたわけではないはずなのに・・・。
そう思ったとき、エイトは抱きあうようにしているモモとリョクに向かって駆け出した。
「ちょっとぉ!? シーカぁー止まれって!!! 殺んのはその大喰らいからって言ったよぉ!!!」
「五月蝿いぞモーラン、・・・こいつだけ殺さない。わかったか」
「一応僕がリーダーだよぉ!?!?」
エイトはモーランの制止も聞かずにモモとリョクにとびかかる。
いち早く気づくことができたリョクはすぐにモモを抱えて横に跳び、それでもエイトの操る竜の牙がリョクの脇腹を掠め、少量ながら血が出た。
この程度の痛みなら慣れたものだが、何度も食らえば死に至る。
「覚えてたんじゃねーんですか!?」
リョクは計八本の尾による連撃を必死にかわしながら叫ぶ・・・が、エイトはやめない。
空中歩行と尾による変幻自在な移動と攻撃に、リョクの傷は次第に増える。
そして、共闘でもするのかと思っていたモーランは何もせず、エイトの様子を見守っているだけだった。
先ほどから様子が変わったエイトの動向を観察しているのか、エイトしか見ていない。
コルネはモーランを見ながら小さく詠唱し、リョクに抱えられた状態のモモを送還する。
一瞬動きを止めたモモはそのまま送還され、安全な空間に消える。
言霊を使っている状態にない従魔なら送還できるのでフラウヴィアも送還させようかと思って視線を向けると、フラウヴィアは現状おされている『自分を圧倒した者』を見て怯えきっていた。
これではやはり闘えないだろうと送還すると、味方はコルネ、ドグマ、リョクが残った。
おそらく暴食の力を使えば一番戦力になるのはコルネだが、それでも到底敵わない。
ドグマはもうそろそろ限界・・・再び妖精石に戻るだろう。
身体を保つには寿命を分け与えれば良いのだが、そんなに何度も渡してはコルネの負担が大きい。
実質この場にいるのはコルネとリョクだけで、このままではリョクが死ぬ。
どうしても阻止しなければモモにあわせる顔がない・・・。
コルネは唇を噛みながら解決策を模索した。
そのとき、モーランがクツクツと笑う。
「へぇぇ、記憶が安定してきても反逆はしないんだねぇ。嬉しいな。 でもあの金髪は・・・よっぽどご執心なんだねぇ・・・。」
モーランはぶつぶつと言いながら翼を広げる。
翼は硬質化しており重さも増しているのか、とても飛べそうにないが・・・風が巻き起こると同時にコルネめがけて鋭く、まるで刃物のような羽根が飛来した。
なんとか一度目の羽根は剣で防ぎきったが、無造作に放たれた攻撃であるにもかかわらずかなりの威力を持っていたようで、受け流すので精一杯だった。
しかしそんなことを考慮してくれる訳もなく、モーランは二度目を放つ。
今度の攻撃は本気ではないものの少しは殺る気になったらしい、コルネはその速度に反応できない。
コルネは痛みに備える。
同時に急所への直撃だけは避ける、と集中して、緊張から呼吸が浅くなる。
そしてコルネの間合いに羽根が届く直前に・・・羽根が方向転換した。
物理を無視して急カーブして、或いは何かに打ち落とされたように地面に落ち、突き刺さる。
驚き目を見開けば、前にエイトが立っていた。
リョクは遠くで息を切らしているので、戦闘を中断してまで彼は守りに来てくれたのだとわかり、気が緩みかける。でも、今は油断してはいけない・・・。
今のうちに送還しようと思ったがリョクはまだ攻撃系の言霊を使える状態で待機しているので不可能。
戦おうにも歯が立たない。
「何やってんの、ホーリー」
色濃い怒りを孕んだその声にハッとしてエイトを見れば、今まで見ていた『エイト』の背中と同じような安心感。しかし同時に、早くも仲間割れか・・・とそわそわする。
こんなところでこの二人が戦ったら天井とか色々壊れるんじゃね?という懸念もある。
丁度そう思ったとき、遠くでドサッという音がしてリョクの気配が消えた。
「・・・ぇ」
周りを見ても、リョクはいない。
死んではいないはず。死体が見当たらないし、新しい血の臭いもほとんどしない・・・。
コルネは不安を覚えつつも、心臓が早鐘のように激しく動いているのを感じつつも、平静を装ってエイト・・・そしてモーランがいる方向に向き直る。
依然としてモーランに怒りを向け続けるエイト。
モーランはそれにあからさまに嫌そうな表情になり、口を曲げながら言った。
「何今さら『人間』の感情とか思い出しちゃってんのぉ? 別にそういう使徒も多いっぽいけどさ・・・僕は今のシーカーのこと気に入らないんだよねぇぇええええ」
後半は絶叫のようになり、叫びながら、モーランは身体をさらに変化させていく。
バキバキ、メキメキと音をたてながら、奇形になっていく。
その姿は鳥であることはわかったが、恐竜のような雰囲気もある。
意識も正常そうで、よくある『理性を失う』なんていう副作用もなく、・・・ただ激痛に耐えられないモーランの叫びが響く。
「まぁああああさっきの『緑蜘蛛』もぶっ殺したみたいだしぃぃぃ!!!!! そこは合格だよぉぉおおぉぉおぉおおおっっ!!!!!!!」
変わり果てたモーランはエイトに・・・いや、コルネに襲いかかる。
満腹でないコルネには視認すら不可能で、その右肩に膨大な熱を感じ取ったときにやっと気付けた。
「・・・っ!? コルネ・・・・・・ッ」
最初に耳に入った音は、エイトの声だった。
しかしその心配している声音を聞いて、コルネはエイトから遠ざかるように後退りした。
モーランの言葉が・・・嘘なのかわからないが・・・エイトがリョクを殺したって。
信じたくないが、何も見ていなかった自分は他人の話を信じるしかなかった。現実として、リョクの気配はつゆほども感じ取れないのだ。
従魔と召喚主は強い繋がりを持っているにも関わらず、感じ取れない。
それはほとんどの場合、従魔の死を意味している。
調和の使徒はコルネを見て笑っている。
コルネはその表情を見て我を忘れかけたが、ギリギリで踏みとどまった。しかしエイトを睨む。
エイトはコルネの視線に怯えるように、近寄ろうとしていた足を止めた。
それでは、殺したと認めたようなものだ。
「殺したの・・・?」
エイトは答えない。
代わりに、「・・・大丈夫なのか?」と自分の心配をする。
とてもじゃないが、正常だと思えなかった。
敵でも味方でもないのだと再認識させられて、怖くなった。
そうしてコルネの意識がモーランから完全に外れたとき、モーランがコルネの傷に鉤爪の生えた手をねじ込んだ。
「えっ、ぁ 」
コルネはあまりの激痛に声にならない悲鳴をあげてしまう。
そして思わず傷口に目をやり、その状態に思わず吐きそうになる。
右腕の肩から先が無く、その傷を鉤爪が抉っていて・・・少し遠くに右腕と頼り甲斐のある愛剣が落ちていて、何故痛みを感じていなかったのか不思議だった。
するとその疑問に答えるように、モーランが告げた。
「調和・・・痛みも言霊も分けあえる・・・!!! 正義の力だよっ」
同時に右肩の切り口の痛みが戻る。
抉られた痛みと切断された面が空気に触れる嫌な感触、痛み。
「何が、・・・・・・正義の力・・・? ふざけないで!!!」
コルネは声を振り絞り叫ぶと、そのまま勢いで至近距離にいるモーランに頭突きを食らわせた。
暴れることは想定していただろうモーランもまさか頭突きをされるとは思っていなかったようで、小さく声を洩らしてからふらり、ふらりと後退りそのまま鉤爪も抜かれる。
不意を疲れて反撃されたモーランだったが、表情から怒ってはいないとわかった。
怒るどころか気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
モーランは再び襲いかかるわけでもなく、その場に直立して笑い続ける。
エイトはコルネを守りきれずに片腕を失わせたこと、そしてコルネから向けられた視線が余程ショックだったのか無表情のまま微動だにしない。
するとモーランは笑いながら言った。
「シーカーはまだ完全に使いこなせてないもんねぇ・・・僕と同格だとか思っていたなら残念だね。今のさ、見るので限界だったでしょぉ」
エイトの歯ぎしりが聞こえる。
「んじゃ、《調和の救済》を与えるよ、《モモ、ルシエラ、フラウヴィア・召喚》!!」
コルネは一瞬、何故モーランが自分の従魔を召喚しようとしたかわからなかった。
しかし、先ほどの言葉を思い出して、まさかと周りを見る。
モーランの周りに従魔たちが召喚される。
そしてそれを確認したエイトがモーランに言った。
「・・・っ ・・・お前は黙って見てろむしろ見るんじゃねえ」
そして、同時にコルネは倒れた。
冷静さを欠いていて、止血も何もしていなかったので・・・血が足りていなかった。
片腕を無くしたことにより上手くバランスも取れず、頭をぶつけた。
だんだん薄れていく意識。
霞む視界。
最後に見たのはエイトが明確な殺意を持って仲間だった者たちに襲いかかる場面。
最後に感じ取ったのは強制的に召喚されてしまった従魔たちの気配が消えたこと。
エイトは意識を失ったコルネを横目に、モーランと並んだ。
それから短く話すとコルネを担ぎ、回復系の言霊をかける。
「これから世界を正していこうねぇ」
モーランの言葉に、エイトは 。
次話では別視点であるシーンを書いたり・・・する予定です。