Act.49 兄妹自重ナシ!
モモが視線をコルネに戻すと、彼女は風を利用して突撃してきていた。
即席ではあるが、狂乱状態であるコルネと黒嵐竜の攻撃は息が合っていて、今のモモが一人で相手するには少々無理のある難敵であった。
振り下ろされる凶刃を紙一重でかわし、モモは舌を打つ。
かわしたさきには黒嵐竜の放ったであろう電気の塊が待ち受けていた。
パラライズスパイダー・・・雷属性をもつ魔物の上位種であるモモだから雷はある程度は無効化できるのだが、如何せんその雷に仕込まれている言霊が例の精神汚染の言霊であったので、避ける他に策はない。
桃色の雷を避けた先ではすでにコルネが切っ先をモモに向けていた。
モモはそれを予測していて、余裕を持って蜘蛛の糸を束ねた盾で受け止めた。
「雷電 纏わせる 不利・・・」
モモはふたたび舌を打った。
ついついいつものクセで糸に雷を纏わせていたら、それを喰らって自らを強化したコルネに防御を突破されてしまったのだ。
慌ててはった精霊言霊の防壁も、集中力が足りずにすぐに壊される。
モモはせめてもの防御として腕だけ魔物化させて防御力をあげると、その腕で剣を受け止めた。
とたんにモモの体は浮き上がり、吹き飛ばされる。
両腕は防御に使ったので四分の三ほどまで切り裂かれ、分裂寸前。
両腕による防御と、踏ん張らずに素直に吹き飛ばされたお陰で致命傷は免れたが、取り戻そうと目論んでいたフェアリーランスから引き離されてしまった。
こうなってはモモが使える言霊はほとんどリョクと同じ。
つまりは、黒嵐竜との相性が最悪。
ついでに、コルネとの相性も最悪。
モモは苦虫を噛み潰したような表情になると、小さな声で詠唱した。
「憎い ムカつく 大嫌い 燃えろ 消えろ・・・!!!」
それは果たして詠唱と言って良いものだったのか、と悩むような『言葉』。
嵐の前では普通の言霊の炎なんて無意味であるから、嫌々唱えたようなものだ。
それはアタシの、アタシだけの力
紅蓮が黒い嵐を切り裂き、照らした。
モモの魔物言霊は雨を蒸発させ、モモの手足となる。
本能的に願った彼女の本当の願いが具現化したものが、魔物言霊の真髄。
使える魔物はそう多くなく、それゆえに人に知られることのなかった、強い、魔物だけの特権。
発動した瞬間以外は精神的な消耗がない便利な言霊だ。
しかし、その代償に、一度に消費する精神力が、一般的な言霊と比べて格段に多い。
ごっそりと精神力を持っていかれたモモは、一度フラリと体勢を崩すが、持ちこたえた。
炎を警戒してか、コルネはなかなか襲いかかってこない。
すると、炎の奥で大きな力が爆発するかのように広がったのを感じた。
その質と、感じ慣れたその大きな力に、すぐに兄の魔物言霊だとわかった。
どうやらドグマ・・・さんは兄さんに負けたようで、アタシ以外の炎は欠片も感じられなかった。
だとすると、リョクが魔物言霊を使ったのは黒嵐竜に対抗するためなのだろう。
モモは安堵した。
炎が効かないドグマさんが敵としていたら、アタシは不利極まりないから。
そうしてモモが炎を切り開くと、コルネが獣のように飛びかかってきた。
コルネはあろうことかモモの槍を持っていて、それを見た瞬間モモは硬直した。
・・・厄介だった存在にアレを与えたら不味い。
自分自身にそう訴えかけるが、どうにも体が動いてくれない。
混乱し、硬直し、そしてその末に・・・モモは咄嗟に炎になって槍と剣を避ける。
そして自らを通り抜けた武器のうちフェアリーランスだけを、炎から腕だけ具現化させることで掴み、強引に引き離そうとした。
だがそれはあまりにも無策だった。
力で『暴食』に敵ったためしはないのに、力任せだったから。
コルネはモモが掴んだ槍を離さずに、逆にそれを利用して、モモを自分の間合いに押し止めた。
彼女の口からこぼれる笑みは、天真爛漫だったもとの笑みとは似ても似つかぬ凶悪な『戦闘狂』の笑みだ。自分が攻撃を受けることには全く意を介さず、ただ斬ろうとする。
精神汚染で正常な判断をできないコルネは、モモを敵と認識している。
ためらいなくふりおろされた剣はモモの肩口を切り裂き、同時にモモの炎が床を巻き込みマグマと化してコルネの脇腹を貫いた。
ジュウジュウと人肉の焼ける異臭がし、一瞬薫ったモモの血の香りは傷口が氷結することで消え去る。
時間が止まったように二人は動きを止める。
すぐに差があらわれた。
モモはすぐに剣を肩から押し出して氷を溶かし、言霊で回復する。
コルネは脇腹を押さえてうずくまり、その手からフェアリーランスをとり落とした。
精神汚染が効いていたからこそ、こうなった。
モモは触れることで、精神汚染を回復させる言霊を発動できる。
そして戦闘に夢中になったコルネの脳内には『精神汚染が解除される』なんて恐れも無かった。
それに、ただの精神汚染なので、それを阻止するために黒嵐竜が操ったりはできない。
少し意外なかたちとなったが、結果としてモモの思い通りに事が運んだ。
痛みのせいでドグマやルシエラのように意識を失えず、仲間を傷つける自分の記憶が流れ込んでいるのだろうか、モモを見上げたコルネは目に涙をためていて、その表情は痛々しい。
モモはコルネに肩を貸して立たせると、傷を言霊で治していく。
モモが顔を覗きこむと、薄紫の瞳が見つめ返す。
「どうして 」
モモは呟きながらもフェアリーランスを手に取る。
同時に体にとてつもない力を加えられて、急いで腕以外を炎と化して逃れた。
目を向けると、本来青いはずだった瞳が薄紫に染まっているのをもう一度確認できた。
それが見間違いではないと確認できて、思わず眉をひそめた。
言霊は問題なく発動できていたはずだ。
なのに、コルネが正気に戻っていない・・・?
モモの視線の先で、コルネが笑っていた。
・・・
ドグマをやっとのことで昏倒させて、不慣れな精神汚染解除の言霊をかけた時、突然冷たい嵐が熱に呑まれた。感覚的にモモの仕業だと気付いた。
モモも本気になったか、と感心して、それからリョクは浅く息を吐いた。
アレを使うときは消耗が激しいから、一度俺に声をかけろと言ったのに・・・
・・・妹はそんなこと忘れてしまったらしい。
こんなところで休んではいられない。
せめて、モモを邪魔する黒嵐竜だけでも・・・足止めできればいい。
リョクは舌打ちと共に呟いた。
「・・・ったく、エイトは何をしているんでしょうね。 死んでたら殺します」
そして、その体を包むのは瞳や髪と同じ、緑の輝き。
その輝きはリョクの身体の周りにふわふわと浮かぶと、そのまま詠唱を待つように停滞した。
それにこたえるように、リョクは喉を震わせた。
「貸せ 力 わけろ 身体」
すると、輝きは実体を持ち始める。
瞳がギラギラと緑の炎のように揺らめき、緑の輝きはたくさんの異形を生み出す。
異形は不定形で、スライムのように蠢き、目玉が至るところに存在していた。
目鼻口はすべてあるものの、本来の場所にはない。
「魔物言霊・・・遺骸の徒」
リョクはたくさん並んだその異形たちを使役する。
優しい笑みを浮かべるものの、その笑みを模倣するようにして異形が浮かべた笑みは、とてつもなく不気味。
黒嵐竜はモモとリョクを交互に見ると目を一瞬見開いた。
《ほぅ、たかが上位種が、魔物言霊を使いこなすか》
そしてすぐにその余裕はかき消された。
リョクの異形たちが、そのすべてが上位種に匹敵する戦闘能力を宿した異形たちが、一斉に・・・完璧な連携をとりながら黒嵐竜に向かったのだ。
意識が存在しない操り人形であるから、精神汚染は効かない。
「ついでに倒せればいいんですがね」
リョクは笑う。