Act.44 神門
ギリギリ間に合いました。
食事を終えた頃には、エイトはくたくただった。
何せ食欲魔人が増えたのだ。
料理ができるはずのコルネもエイトの料理でなければ口にしないと宣言したので、手伝ってくれない。一人で全員分のサンドイッチを作っていたエイトは食べる暇などなかった・・・。
しかし気遣ってくれたルシエラが、エイトに『あーん』をしたため、腹は落ち着いていた。
と、いうわけで、また神殿を攻略していくことになる。
コルネが神官の権限を行使してふたたび顕現させた不思議な門は、すでに開いている。
燐光を纏う門にしばし見とれていたモモだったが、さっさと通りすぎた自らの召喚主の姿を見てハッとする。
モモはそのまま視線を巡らせてリョクを探すが、そのうちにリョクはひょいと門に飛び込んだ。
「・・・あっ」
一瞬泣きそうな表情を見せたモモ。
でもすぐにその表情は変わり、リョクの通った門を少し睨むような目付きになっていた。
それを見ているうちにルシエラも門を通り、いつの間にかエイトはモモと二人きりになると・・・
「・・・」
「・・・」
・・・何故か互いに先を譲り合い、どちらも動けなくなる。
エイトは仕方なく先にくぐろうか・・・と足を踏み出し、門に近付く。
だが後ろに続くはずの足音が聞こえず不安になった。振り向くと、モモはまだ微動だにせずその場に立ち尽くしていた。
様子がおかしいけど何か事情があるのかな、とエイトは門に片足を踏み込んだ。
すると
「・・・え、っと」
後ろから迷いを含んだ声が聞こえ、エイトは振り返った。
すると音を立てないように近付いてきたのだろうか、至近距離で二つに結われたピンク髪が揺れる。
モモは自分に視線が向いたのに気付くと、エイトを見上げて何か言おうと唇を震わせた。
・・・しかし肝心の言葉は言えないようだ。
頼みたいことでもあるのだろうが、中途半端にプライドの高い彼女は言えないのだろう。
エイトは意地悪してみたい衝動にかられてモモを無視して門に近付く。
すると後ろから息を飲む音が聞こえてきて、思わずエイトは笑いそうになってしまった。
振り向くと、エイトが笑いを堪えていたのがバレていたらしく、モモが頬を膨らませていた。
「ごめんごめん。・・・じゃあ、行くか」
エイトはちょっと拗ねたような諦めたような雰囲気のモモの手をとり、エスコートする。
生まれてから今まで女性をエスコートした経験など無いので、少し気恥ずかしいが・・・
「・・・うん 行こう」
・・・頬をほんのりと紅く染めてほほえみ、小さく頷くモモを見ると、まんざらでもない気がしてくる。
エイトはそのまま門を越えて・・・
目を光が消えた先には、仲間とはぐれる直前にいた場所があった。
扉が五つ並んでいるのはここくらいだろうし、コルネが喚んだ門の先にあったのなら間違いない。
そう確認したとたんに、戻ってこれた、という実感がわいてきた。
エイトは自分の入った扉を忌々しげに見つめ、呟く。
「もう二度と入らん」
するとリョクも大きく頷く。
よく見ればコルネとルシエラ以外が頷いている。
エイトとリョク、モモは どうやらかなりひどい目にあったんだな、と顔をあわせて苦笑した。
楽しく過ごすことができたコルネはその様子を見て首を傾げていた。
ルシエラはすべての扉の先を知っていたのか面白そうにニヤニヤ笑いを浮かべている。
エイトは笑っているルシエラに「笑わないでほしいな」とにこやかに告げた。
何故だろう、その瞬間にルシエラは硬直して真顔になった。そんなに笑顔下手だったのか?
すると突然手から温もりが遠ざかる。
一瞬その温もりを追いそうになった手。
しかしその温もりが何かわかったエイトは、その手を理性で押し止めた。
・・・まだ手を握ってたのかよ、俺!!!
恥ずかしさより衝撃が勝り、エイトは赤面することなく自分の手をチラ見する。
母とコルネ以外の女の人の手を握ったのははじめてだったのだが、剣を握るコルネよりも少し柔らk・・・
そこまで考えたエイトは手を見つめるエイトを不思議そうに見るコルネの視線に耐えきれずに思考を中断した。
女という生き物は何故だか勘がとても鋭い。
もし思ったことがバレたら・・・どんな風に思われるかわからない。怖い。
エイトはサッと視線を外し、「じゃあ」と小さく呟いた。はやく先に進みたかった。
するとその瞬間この場の空気が変わる。
どうやら、勘は別のところで働いたらしい。
急かす気持ちのエイトは、コルネに向かって言った。
「じゃあ、真ん中の扉を開けて進もうか。えっと、・・・できるんだよな?」
コルネは無言で頷き、扉に触れる。同時に何の演出もなく扉が開いた。
門のように光ったりするのかと思っていたエイトは拍子抜けしてしまう。
しかしコルネはかたい表情で扉の向こう側を見ていた。
つられてエイトも目を向ける。
薄暗いこともなく、それでいて明るいとも感じない・・・静けさに包まれた空間が広がっていた。
空間といっても、ただの廊下っぽい感じなのだが。
しかし廊下の様子は今までの通路とは違った。
まず、壁画がない。
ただ蒼白いだけの空間だ。
次に、老朽化していない。
建築されたばかりのようで、傷ひとつ無い。
最後に、視認できるギリギリの距離に・・・
「・・・アレは・・・なんでしょうか?」
リョクがおそるおそる、といったふうに発言する。
それはエイトも聞きたかった質問だ。
何故かって、星雲みたいな『何か』が揺らめいていたからだ。
それ以外何もないので、その『何か』はおそろしく強い存在感を発していた。
ーーーここが最後の場所だ。
そんな風に告げられた気がして、エイトの体が強張った。
するとその時、しばらく誰も答えることのなかった質問に、ルシエラが答えた。
『アレは、神官たちの間では"神門"と呼ばれてたッス。まぁ、ようするに・・・"祭壇"の手前の広間に繋がる門の役割を果たしているものッスね。』
その言葉に一行は唸る。
しっくりこない。納得がいかなかった。
理由は単純。
「「「「あんなに禍々しいのに?」」」」
ルシエラ以外の全員の声が重なった。
それもそうだ、存在感以前に、魔王とか冥王とかが這い上がってきそうな雰囲気なのだから。
しかも、滅茶苦茶『ヤバい』感じがする。人を不安にさせる雰囲気だった。
しかしそれをわかっているのか、ルシエラは頷く。
そして、苦笑混じりに言う。
『・・・まぁ、アレを作るには相当な数の"生け贄"が必要なので、怨念とか呪いとかあってもおかしくはないっすけどねぇ』
「「「「・・・」」」」
その物騒な言葉に全員黙りこむ。
特に怖いものが苦手らしいリョクとモモは少し青ざめていた。
その様子を見たルシエラは、慌てたように両手をふって、
『生け贄なんて信者しかならないし、みんなそれを光栄なことだと思ってる節があるッスから、むしろすぐに成仏しちゃってると思うッスよ!』
と訂正した。
さっきの発言に悪気はなかったのだろう。
少し葬式な雰囲気になってしまった一行だったが、エイトとコルネが進み出したことで全員の視線が神門から二人に移る。エイトはぴょーいと扉を飛び越えてシンプルな廊下に踏み込み、コルネがそれに続く。
それを追って残りの三人が廊下に入る。
最後にルシエラが通過すると、扉が閉じて壁に同化する。
出口は『神門』だけになってしまった。
コルネはエイトの隣に並び立つと愛剣の柄をぽんと叩いて言った。
「それじゃあ、行くか」
その瞬間、神門が不安定に瞬き、大きく口を開く。
刹那、視界がブラックアウト。しかしすぐに明転する。
『ここが広間ッス。』
沈黙を破ったのはルシエラの声。いささか緊張感に欠ける声音に、全員の緊張が解けた。
広間は、先程の廊下と同様にシンプルだった。
さすがに造りは工夫されているが、華美な装飾や宝石類などは一見見られない。
これが本来の神殿だろう、と頷く。
ここを越えれば目的の場所である。
エイトの胸の中で、何ともいえない感情が渦巻いていた。
すると、リョクが急に辺りを見回し始める。忙しなく、キョロキョロと。
その尋常でない様子に、コルネがまず反応した。
しかしリョクは何度か不思議そうに首を傾げると、首を横にふって
「・・・何でもないです」
と言った。
思わず「どうした?」ときくエイト。
リョクは自信なさげに視線を游がせたあと、エイトにだけ聞こえるように耳打ちする。
エイトは驚いて、それから神妙な面持ちになる。
その頃にはリョクはすでに内容を忘れたように明るく振る舞っていた。
そして、全員の視線が祭壇への階段に集中した。
広間の端にいる自分たちからは一番遠い場所にある、広い階段。
エイトはコルネたちとアイコンタクトすると、歩き出す。
「・・・」
誰も言葉を発しない。
そして、モモが何かを言おうとした瞬間・・・
広間が暗闇に包まれた。
「・・・っ!?」
とっさに張り巡らせた防壁。
しかしそれはすぐにガラスが割れるような音と共に砕け散る。
巨大な気配が広間を覆い尽くしていた。
誰もが感じたことの無い、圧力。
その中で、唯一ルシエラが言葉を発した。
『・・・黒い嵐』
その瞬間、コルネは理解した。自分の予想通りになったのだと。
コルネは呟く。
「黒嵐竜・・・・・・・・・」