Act.41 神官
コルネはルシエラに相対する。
その手には永年氷雪剣が握られていて、彼女の表情は真剣そのものだ。
彼女の正面には無防備でリラックスしているルシエラの姿が。ルシエラはほどよく脱力してはいたが、その表情には真剣さがいくらか足りていないようだった。
ルシエラがコルネに目配せをする。
コルネはルシエラに向かって右足を一歩進める。
そして・・・コルネは剣を力一杯突き出した。
「・・・っ!! 外れてない?」
『さすがコルネさんッス! 寸分違わず貫いてるッスよ!!』
不安そうに聞くコルネに、笑顔を向けるルシエラ。その左胸には氷のように艶めく刀身が、半ばほどまで埋まっていた。言わずもがな、コルネの放った突きの結果である。
人間であれば致命傷であるそれに顔色も変えないのはさすがゴーレム、といえる。
しかし、剣はゴーレムの心臓部・・・コアを差し貫いていた。
ゴーレムの体と比例して、彼女のコアは小さいが、召喚主であるコルネにはその所在が手に取るようにわかる。それ故に、ルシエラの言葉に偽りがないとわかっていた。
本来であれば『即死』を免れぬその傷だったが、ルシエラはこの異空間を治めるマスターであるので、即死を免れているのだ。
コルネはルシエラから教えてもらった通りに、ルシエラが絶命する前に、詠唱する。
「私は正当なる神殿に仕えし神の民。如何なる理由とて、神殿にて神民の血を流すにはいかない。」
ルシエラによれば、本来は詠唱などいらない言霊・・・合言葉であるらしいのだが、コルネは『神官』ではないので新たに『神官として登録』する必要がある。
だから、一度登録すれば二度目からは長ったらしい詠唱はいらない。
「神に仇なす反抗者には鉄槌を、神民には道標を、『天空神殿の加護』」
コルネは神官しか口にできない言葉を唱えた。
そのままコルネは剣を鞘に納め、『ほら、言った通りッスよ』とでも言うようにドヤ顔を披露するルシエラと目を合わせた。
そのルシエラの後ろには、大きな門が現れていた。
門の迫力に圧倒されるコルネに、ルシエラが言った。
『わかってると思うんスけど、一応神殿にある扉ならどこでも繋げることができるッスよ。ただし、コルネさんが通ってきた扉が神殿にある《一番奥》の扉ッスから・・・目的地までは徒歩になると思うッス。』
律儀に二度目の説明をこなすルシエラの傷はすでに塞がっていた。
ピンピンしているルシエラを見て安心したコルネは、門に向かって歩き出す。
ルシエラの横を通り過ぎるときにルシエラの肩に手を置くと、彼女は笑顔を返してくれた。そのままコルネは門に向かって突き進み、たどり着く。
神殿内の壁と同じような・・・不可思議な光沢を放つ鉱石でできていた。
そっと手を添えると、予想に反してあたたかみを感じる。
コルネはまず、一番最初に、何の対策も心構えもできずに異空間に放り込まれた仲間、『エイト』のもとへ繋がるように強く念じた。
そのまま、門を開放すると・・・
・・・
コルネの目の前で、エイトは眠っていた。
「っ!? ぇ、エイトさんっ!?!?」
その生気の抜け落ちた表情を見て、コルネは思わず叫んでいた。
そこまで時間が経っていないはずなのに、エイトの顔色は真っ青で、ゲッソリというか・・・痩せているように思えた。まさかドレイン系統の言霊をもつ魔物にやられたのか、と危惧したコルネだが、周りには草原が広がるだけだった。コルネは警戒しながらも首を傾げる。
よくよく見れば、エイトの身体は言霊で保護されているようだった。
おそるおそる近付くと、その光の色がハッキリとわかる。黒い光・・・封印言霊のシルシだ。
「・・・まさか、自分で?」
コルネはエイトに目立った外傷がないことから、『自ら封印言霊で眠りについた』のだと推測した。そうなると、指定した時間まで目覚めないか、他者からの干渉によって目覚めるはず。
コルネはルシエラに目を向ける。
ルシエラはそれだけで察すると、首を縦に振った。
『コルネさん、これは《仮死睡眠》ッス。おそらく、コルネさんが接触すれば・・・』
その言葉を全て聞き終える前に、コルネはエイトに近寄っていた。
そしてエイトに手を伸ばし・・・身体に触れる直前に、黒い光に触れた。
その瞬間、黒い光は陽炎のように揺らめくと、空に融けるように消えていった。
光が完全に消失すると同時に目を開けるエイト。
エイトはしばらくボーッとしていて、寝惚けているようだった。
「・・・ん・・・・・・」
するとやっとコルネの存在に気が付いたのか、エイトが起き上がっていた。
急いで駆け寄り、浅い呼吸を繰り返しふらふらなエイトを支えるコルネ。
抱きあうような体勢になってしまったが、それで更に心配になった。
エイトの体は細かった。病的なまでに細くなっていた。
「・・・何が・・・あったの・・・?」
エイトの有り様に戦慄を覚えながら、コルネが問う。
エイトは乾いた声で返答する。
「ここ・・・何もないんだよ」
予想外の言葉に、コルネは言葉に詰まる。
エイトはコルネの左肩に顎を乗せたような状態で、耳元で呟くように続けた。
「どこまで行っても何もなくて、出口も全く見当たらない・・・。食料なんてそもそもないし、水だって言霊で作らなきゃ手に入らねぇ・・・。しばらく水だけで過ごしてたけど、どうしても腹が減って、そこらじゅうにある草を食べられないか調べたけど・・・全部致死性の毒があって・・・。言霊を限界を越えて使ったせいで動けなくなって・・・水も作れなくなってたんだ・・・。」
途中から、これまであったことを思い出したのか泣きそうな声になるエイト。
これは相当トラウマになったのだろう、泣いた跡も残っていたのだが・・・これは見なかったことに。
エイトはコルネに支えられないと立つことも難しい程に衰弱していた。
本来ならそこまで衰弱することはないのだろうが、エイトは言霊を酷使して精神的な疲労が溜まっていて、そのうえ探索していたので体力の消耗が著しかった。そもそもがニートなので、エイトの持久力・継戦能力はあまり高くなかった。
そして、コルネに抱きついた状態のエイトは、コルネの服にわずかに残留した『焼き肉っぽい匂い』に気が付いて・・・食べ物の気配を感じたエイトの腹の虫が盛大に鳴るのだった。
「・・・エイトさん、果物とかお肉とか、食べる?」
「・・・・・・食べる」
エイトは笑顔で差し出された串焼きを受け取り、もしゃもしゃと頬張る。久しぶりの食べ物だったからか、とても美味だった。思わず涙が出そうになる。
そんなエイトを見てくすりと笑うコルネとルシエラ。
とうとう泣き始めたエイトだったが、その笑い声が二つ聞こえたことに疑問を持った。
視線を向けると、そこにはサンドゴーレムらしき魔物が。
事情を知らないうえに空腹でやられているエイトは、『今まで一匹もいなかったのに、なんで魔物が!?』と焦る。そして反射的に殺気を放った。
殺気を向けられたルシエラだったが、さすが上位種というべきか、笑顔を崩さない。
だが、コルネはそうともいかずに慌ててエイトを宥めた。
「エイトさん、どうどう!」
「・・・このサンドゴーレムは味方・・・なのか?」
エイトは少し殺気を弱めてコルネに目を向ける。気が立っている彼の殺気は未だ突き刺さるようだった。しかしコルネの目を見て操られていたり魅了されていたりしないとわかると、詰めていた息を吐いた。
それを感じてか、二本目の串焼きにかぶり付いたエイトに、ルシエラが一歩近寄った。
そしてペコリと恭しく一礼し、自己紹介。
『はじめましてッス! ついさっきコルネさんの従魔になった、ルシエラといいまっす!』
「・・・種族は?」
『一応サンドゴーレムの上位種ッス! 《金竜のルシエラ》の個体名を冠する、異空間のボス的存在だったりするッス。ジブンは心臓が壊されてもある程度は平気なので、皆さんの役に立てると思うッス!!』
エイトは、エッヘンと胸をはるルシエラに「おおー!」と拍手を送った。
どうやら世間知らずのエイトにも、『個体名』の凄さはわかったらしい。エイトは脱力気味に礼をかえすと、そのまま自らの会員証を手渡した。冒険者なら、これ以上の身分証明はない。
ルシエラは会員証を受けとると、まじまじと見つめる。
・・・すぐにルシエラは訝しげにエイトを見た。
コルネはそれを見て『予想外にエイトさんが強いから驚いている』のだと、過去の自分を思い出しながら予測してルシエラに語りかけた。
「ルシエラ、エイトさんは特別な言霊を持ってて、それでSランクになったみたいだよ。私も最初は驚いて・・・」
『違うッス』
だが、その言葉に被さるようにしてルシエラが話し始めた。
『エイト・・・さん、ちょっと質問ッス。』
無言で頷くエイト。
ルシエラはすぐに、検討違いの質問を投げ掛けた。
『エイトさんは、長命種ッスか? エルフだったり?』
「「・・・・・・・・・いや、人間でしょ」」
それはあまりにもズレている質問で、思わずエイトとコルネはハモってしまう。エルフは耳が長い種族なのでもちろんエイトには当てはまらないし、その他の長命種の特徴もエイトとはかけ離れている。
強いからってそこまで疑うか、と呆れ返るコルネ。
だが、ルシエラの表情は真剣そのもの。
そして、ルシエラは二人が呆れて言葉を失っているうちにも言葉を続けた。
ルシエラは震える声で、
『見た目からは想像してなかったッスけど・・・二百五歳、ッスよね?』
と確認をとった。
慌ててルシエラから会員証を奪い取るエイト。
エイトは視線を巡らせ、念じ、会員証に自らの年齢を表示する。コルネはそれを横から覗きこみ、エイトと頬をぴたりとくっつける。
・・・二百五歳。
信じられないし信じたくもないが、そう記載されている。
暫しの沈黙。
そして、それを打ち破ったのはエイトの呟きだった。
「・・・えっ、俺ってもしかして・・・二百年近く眠ってた?」
その言葉に『それ以外ないよね』と、コルネは頷くしかなかった。
次話は3日空けての投稿となりそうです。
···って言ったのにちょっと遅れそうです。(活動報告でご確認ください)
誠に申し訳ございませんm(__)m