Act.38 腹が減っては戦えぬ!
武器を抜くと、それが開戦の合図となった。
至るところにいた巨大キノコ・・・ミミクリーマッシュたちが襲いかかってきた。
コルネは殴りかかってきたマッシュを横凪ぎに斬るが、刃が通りにくい。
力任せに振り切って、その太い胴体部分を真っ二つにした。
斬りにくかったのは、広範囲に攻撃できる横凪ぎが効きにくいのか斬撃が有効ではないのか、どちらかだろう。検証するには実践するしかない・・・!
コルネは近付いてきた成人男性ほどの大きさのマッシュに狙いを定めた。
冷気を纏った愛剣は上段に構えられて、ヒュンッと風を切り裂きながらふり下ろされる。
すると剣の刃は滑らかに、滑るようにマッシュを二枚に下ろした。縦に斬るのが効果的らしい。
「でも・・・ッ!! これじゃあ一気に片付けられない・・・ッッ」
叫びながら、コルネは次の敵を下から切り上げる。一体一体はそこまで強敵ではなかったが、何しろ数が多い。それに、縦に斬らなければ『致命傷』には至らないことがある。
コルネは迫っていたマッシュたちを剣の腹で蹴散らして、身体から冷気を放出した。
「言霊ナシではキツいからね・・・!!」
『ピギィイイイ!!!』
コルネが発した冷気と殺気を浴びたマッシュは動きが鈍くなる。
蹴散らされたミミクリーマッシュたちはコルネの周りで起き上がるが襲いかからない。
その間にコルネの『防壁』が完成し、マッシュたちは侵入経路を失っていた。
しかしすぐ目の前にいる獲物を見逃す気は微塵も無いようで、コルネから距離をとろうともしない。
わらわらと束になって透明な防壁にへばりつく巨大キノコの絵面はかなりシュールであった。
・・・コルネにとっては、それすら好都合であったが。
コルネは今や円形に展開した防壁のほぼ全面を覆っているマッシュたちに冷ややかな視線を向けた。
知能の高いマッシュはそれに怯えて一瞬動きを止めるが、その恐怖や危機感も食欲に呑まれる。
貪欲故に・・・マッシュたちはコルネの罠にかかったのだ。
「多重防壁・・・防壁に押し潰されろ『防壁圧殺』」
詠唱と同時に二枚目の円形の防壁が現れた。最初に構築した防壁より大きく、十数メートル外側に現れた。
そして外防壁は、コルネが合図する必要もなくゆっくりと迫る。
動かない一枚目の防壁に向かって、ゆっくりと近付いていく。
一枚目と二枚目の間に集まっていたミミクリーマッシュはそれに気付くが、もう遅かった。
すでに防壁はマッシュの目の前に迫っていた。防壁に押されたマッシュが積み重なっていく。あっという間に、ミミクリーマッシュたちは防壁の間に板挟みにされていた。
・・・そのまま一定の速度で・・・二枚の防壁は近付いていき・・・
コルネは目を背ける。
さすがにマッシュが体液を撒き散らして圧殺されるのは直視したくないからだ。
すぐに防壁はぴったりとくっつき、間にあったはずの『モノ』は跡形も無くなっていた。
防壁を維持する間ずっと消費し続けていたコルネは、息を吐くとへたりこむ。
「お腹すいたぁ・・・」
お腹を両手で押さえて正座するコルネ。
彼女の小さな呟きと同時に、大きく腹の虫が鳴った。
それとほぼ同時に、コルネが纏っていた青白い光が弱々しくなってしまう。
「やっぱり圧殺はお腹が空くなぁ・・・。柔らかい敵にしか効かないし、使用は控えよう。」
コルネは魔物が周りから消えたからと体育座りをしてため息をついた。
その状態でマジックバッグから肉を取りだし、言霊で適当に火を通して食べている。
しかし、ちらりと空を見たコルネは食事を中断した。
この空間の時間の流れがどうかは知らないが、罠として仕掛けられた『異空間への扉』の大半は時の流れがはやい。なので、悠長に食事をしている暇はないのである。
どうすれば脱出して・・・仲間と合流できるかはわからない。
可能性としては、この場所にいる強い魔物 俗に言う『エリアボス』を倒す方法が一番あり得る。
だからコルネは『大物の気配』を感じる山脈に向かっているのだ。
・・・山の食べ物に惹かれているのは否定できないが。
コルネは手に持っていた大きめの肉を口に放り込み、立ち上がった。
肉をもぎゅもぎゅと咀嚼しながら、彼女は服に付いた土を払う。
彼女の周囲には五十メートルほど距離が開いているがミミクリーマッシュが擬態していた。
コルネは串焼きにした魔物肉に食らいつきながら、マッシュたちに殺気を放った。
しかしマッシュたちはその殺気を浴びてもその場で擬態を続ける。コルネは仕方なく、「倒すかぁ・・・」とため息をつきながら通り道を塞ぐマッシュに近寄った。
・・・その筈なのだが、いくら歩いてもマッシュとの距離は約五十メートルを保っていた。
まぁ、マッシュたちが距離を保つように移動しただけなのだが。先程の一方的な殲滅を目にした後にわざわざ死にに来る魔物なんていないのだ。
道を開けてくれるなら倒さなくていいや、と苦笑しながらコルネは歩みを進める。
巨大キノコの森を形成していたマッシュが避けていくので、その道のりは楽だった。
地面は乾いた土で埃っぽく、上り坂であるものの凹凸は少ない。
飛行種庭園の火山を楽々登っていたコルネにとっては楽な道だ。
「それにしても・・・」
コルネは呟きながら山を見る。
近付けば近付くほど、山の大きさに圧倒される。
だが、それよりも山の一角が動いているのが気になっていた。
それは木々が生い茂っている様子は周りと変わらないのだが、少しの震動とともに移動していた。
近付いたことで確信した。・・・あの山が『大物の気配』の正体で、『エリアボス(仮)』である、と。
問題は、倒せるかどうかだ。
どう見ても山だし、そもそも生き物に見えないし、生きていてもどうやって倒すべきかわからない。心臓部分を攻撃しようにもどこが心臓部分かわからない。攻略方法が思い浮かばない。
コルネは考えながら前を見る。
巨大キノコの森を抜けて坂がキツくなったところだが、とても不自然な樹があった。
コルネは迷わず樹に向かって歩いていき、五メートルほどの距離で立ち止まると見上げた。
すると樹はメキメキと軋みながら捻れてこちらに顔を向けた。トレントだ。
不意を打ったつもりのトレントだったが、コルネは表情を変えることなく言霊を唱えた。
「両足を『硬化』・・・『豪脚』」
コルネは両手に串焼きを常備しているので、脚で攻撃するようだ。
跳び上がったコルネは、一切の躊躇も無くワイバーンに喰らわせた技を放った。
ワイバーンのときとは違って落下のエネルギーが加わっていないぶん威力が落ちるはずなので『硬化』したのだが・・・言霊で強化された蹴りはトレントの顔面に当たるとそのまま樹をバラバラに粉砕した。
「あ」
無惨な姿になったトレント。もう生きているはずもなく、その欠片は地面に落ちた。
コルネは何故か少し罪悪感を感じて、乾いた笑みをつくった。
「・・・硬化はやめよう。」
さすがに自重したようだった。
そんなこんなで山を進み、ちょくちょく見かけるトレントやら一角兎やらを蹴散らしながら、ついに山頂にたどり着いたコルネ。山頂は平坦で、家を建てられそうなくらいには広かった。
その山頂にある手頃な岩を砕いて椅子代わりにして、彼女は休んでいた。
水の代わりに果汁で水分補給をして、道中食べ続けていた串焼きの五十本目を口にする。
山頂は涼しい風が吹いていたが、高所故か少し息苦しくも感じる。
休憩をしながらふぅ、と息を吐き、遠くの景色を見渡した。
すると何か違和感を感じる。
立ち上がったコルネは山頂の中心から移動して・・・おそるおそる、下を見下ろした。
どう見ても山が動いていた。
「やっちゃったぁ・・・。気付けなかったよ・・・。」
コルネは気付かぬうちに例の『動く山』の上にいましたとさ。
今回は少し短かったかもしれません;
圧倒的に時間が足りません・・・!!