Act.36 暴食
今回はリョクとコルネの回です!
・・・まず、仮定としてここにある水はすべて『神水』だと考えられる。
さすがに神水を吐き出す魔物なんているはずないので、そうであってもらわないと困る。
いやでも、水が全部『神水』っていうのもかなり困ることなのだが・・・。
リョクは迷った末にいくつかの小瓶と家一軒分くらいの容量のマジックポーチを作った。
コルネの持っていたものは使えなくなっているので、それより小さなマジックポーチを作ることで妥協したのだ。材料はリョクの糸なのでほぼ無料である。さすが麻痺蜘蛛の糸である。
これいっぱいに神水を入れて、瓶にも入れたら・・・金にもなるし回復できる。
「まぁ、倒さないと回収できても意味無いですけどね・・・」
せめてコルネがいたら戦況は一気に変わっていたかもしれないのだが、そんなこともなく。
一人での攻略は苦手だが、仲間がいるわけでもなく。
「・・・・・・。」
リョクは久しぶりに『詰んだ』と思ってしまった。
しかし何度も色々な可能性を考え続けた。何か策があれば・・・。
とりあえず、『神水』が底に溜まっているうちは先に進めないだろう。そうなれば、水をなくすのが攻略への糸口となるだろうが・・・問題は、この量をどうするか。
水を飲むのは非現実的だ。
マジックポーチを量産してそれに収めるのは時間がかかりそうだが良い案だと思う。
蒸発させるという手もあるが、それほどの熱源はなかなかない。
凍らせるのは得意分野ではないのでやめるべきだ。
そうなれば・・・やはりマジックポーチ量産が一番良い気がするが・・・このウツボモドキはそんな猶予を与えてくれるだろうか? 絶対に襲われる気がするのだが。
リョクは頭を抱えてうずくまる。
いくら上位種のリョクであっても、この出口のない塔の中では逃げる以外にできない。
敵は足止めしようとしてもすぐに回復するのだから、厄介なことこの上ない。
そこまで考えたリョクは、ある対策に思い至り、思わず声を出した。
「・・・あ」
・・・盲点だった。水をなくすことばかり考えていて、自分の種族としての特色と上位種であることの強みを忘れかけていた。
自分には、この糸がある・・・。
上位種であるからこその強度、伸縮性、粘着力。
もとより直接的な戦闘能力よりも『捕らえて捕食する』能力に特化している種族である。
武器を持ったことで直接的な攻撃ばかり思い浮かんでいたが、自分には特技があった。
「狩りの時間・・・ですね」
リョクは少しかっこつけて、呟いた。
リョクは先程と同じ場所から水面を見下ろす。
壁に立っている自分を狙うのは無理だと結論付けたのか、ウツボモドキは泳いでるだけだ。
しかしその敵意はこちらに向いているのが丸わかりで、憂鬱な気分になる。
回復できるくせに、最初の攻撃を根に持っているに違いない。嫌な性格だ。
リョクはそれを見越して空中に飛び出した。上に向かってジャンプしたのだ。
すると、ウツボモドキの注意がこちらに向き、その体が急浮上する。跳ねる気だろう。
思った通りにウツボモドキは跳ねる。
ウツボモドキは上に向かったリョクを逃がさないために、高く跳ねた。
「馬鹿な魔物ですね」
・・・それがリョクの思惑だと知らずに。
リョクが糸を操って上に上がっていき、ウツボモドキは一度跳ねただけ。
惜しくもウツボモドキの牙はリョクには届かず、そのまま自由落下が始まった。
そしてその体が突如、空中で停止する。
動こうとしたウツボモドキだったが、何故か動けない。
狼狽えて本能的に恐怖を感じたウツボモドキを、リョクが見下ろしていた。
壁に立っているリョクは面白そうにクスクスと笑い、宙を掻くように指先を動かした。その指先は白い光を灯していて、言霊を行使している最中だとわかる。
指先の動きにあわせて糸が躍るのだから、初見だと不気味に感じるだろう。
問題は・・・・・・その糸が何を起こしたかである。
一見するとただ糸を生み出して操っているだけだが、この空間に灯る言霊の光は一つじゃない。
ウツボモドキの身体中にまとわりついている灰色の糸が一層強く輝いた。
「魔物肉っておいしいんですよね。召喚主は暴食ですし、エイトは肉好きです」
リョクはウツボモドキに聞かせるように、ゆっくりと大きな声で、穏やかに言った。
もがけばもがくほどウツボモドキの体の自由は奪われていった。
「・・・あなたは特に美味しそうです」
リョクが右手を握りしめると、それが合図だったようで糸が締まる。
糸はウツボモドキの肉に食い込み傷を負わせるが、皮膚に纏っていた神水は効果を発揮すると消えるので、結局その傷は治りきらずに糸は食い込み続けた。
舌なめずりをしたリョクはウツボモドキを見る。
もうすでに、ウツボモドキを『食料』としてしか見ていなかった。
・・・
コルネが目を覚ますと、そこは楽園だった。
あくまで彼女にとっての楽園なので、他の冒険者などにとっては違うだろうが。
「全部・・・美味しそう・・・・・・!!!」
扉に手をかけたところまでしか記憶が無かったが、ここが扉の向こうの世界だったのだろう。
そこには魔物と化した巨大な豚や牛、鶏のような魔物や歩くキノコ、言葉を話す木の実に大きな転がる果実がいた。全体的に巨大で、美味しそうな魔物ばかりが生息していた。
見た目は弱そうなものが多いが、コルネのようなSランクに近い冒険者でなければこの数は相手にしきれないだろう。コルネだからこそ「美味しそう」なんて言えるのだ。
コルネは傍らに落ちていた愛剣を回収すると、ごくりと唾を飲み込んだ。
コルネの目には、脂の乗った肉とみずみずしい野菜や果物があるようにしか見えていない。
彼女はそのまま剣を上段に構えて、一番近くにいた二足歩行の豚に斬りかかった。
「よっ・・・・・・と。」
軽く振られた剣は豆腐を切るようにするりと滑る。剣の効果で切り口が凍った。
素早く剣を鞘におさめたコルネは目の前に落ちている豚の生首と身体を拾い上げ、ポーチにしま・・・
・・・おうとしたが、無理だった。
マジックポーチの効果『異空間収納』が使えなくなっていたのだ。
仕方なく狩ったばかりの豚の皮を剥ぎ、それで鞄を作った。それに生成の言霊をかけて・・・マジックバッグの完成だ。効果が発揮されるか不安だが、一応試す。
するとマジックバッグはしっかり機能した。
もともとポーチよりも収納できる量が多い道具だったので、適当に作ったものでもかなり入りそう。
ぶつ切りにした豚肉をマジックバッグに入れるとコルネは周りを見た。
コルネの周りには・・・魔物たちが大集合していた。
そりゃあ魔物にとって『貧弱』『食料』などのイメージのある人間がいたら集まるだろう。
コルネの身体は凹凸は少ないものの食欲旺盛なため太もも辺りが少々ぷにっとしている。
魔物にとっては『めちゃくちゃ美味しそうな人間が現れた』という状況であるわけだ。
まぁ、コルネは『貧弱』ではないのだが。むしろ強いのだが。
「・・・お肉・・・」
コルネには魔物の軍勢も食料の山にしか見えないようで、彼女は笑顔だった。
それから一方的な蹂躙が始まるのは・・・言わなくてもわかるだろう。
「凍れ傷め割れ崩れ、女神の抱擁に抗うなかれ・・・氷乙女の涙・・・!」
コルネは味方が居ないのを良いことに、最初から範囲技を使った。
光の輪が地面に平行に広がり、地上にいた魔物ほとんどに触れていった。
そして水が一滴降り、すべてが凍る。
食料なので砕け散らせるようなことはしない。
コルネは一度凍って息絶えた魔物たちを解凍して解体すると、次々とマジックバッグに収納していった。
「あとは空にいる鳥と・・・山にいる魔物かな?」
もう完全に目的を見失ったコルネは目的地を『山』と定める。
その道すがら、鳥を仕留めていけばいいだろう・・・と考えていた。
そして、コルネが一歩踏み出したとき、彼女のお腹が鳴った。
誰にも聞かれていないだろうが恥ずかしいものは恥ずかしい。コルネは頬を紅潮させる。
そのままコルネはマジックバッグから牛肉を三頭分取り出して地面にドサリと置いた。
彼女はため息をついて言った。
「誰も見てないし・・・満腹まで食べてもいいよね。」
そう呟いたコルネは、マジックバッグからさらに牛肉を数十頭分取り出す。
肉は解体してあるので、味付けして焼くだけでいいだろう。
コルネは肉の山に油をかけて、火をつけて燃やした。炎はコルネの制御で均等に広がっていく。
風に乗せて塩コショウをふりかけて味付けをすれば、魔牛ステーキの完成だ。
「いただきますっ」
コルネはまるでカー○ィのようにステーキを食べていき、ステーキは手品のように消えた。
すると、彼女の身体に異変があらわれた。
その身体に得意である氷結系の言霊の輝きを纏い、目が充血していた。
だがそれに驚くこともなく、コルネは宣言した。
「『暴食』のコルネ、いきまーす。」
コルネはエイトと比べても見劣りしないパワーで地面を蹴り (抉り)、猛スピードで山に向かった。
その身体能力はSランク上位と比べても遜色ない、化け物染みた数値を示していた。
次話はこのままコルネのいる世界の続きを書く予定です。