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異世界ニートが仕事を始めた ~シーフでチートな初仕事~  作者: 榛名白兎
第三章 空游竜の巣窟
33/56

Act.33 一人だって、怖くない


 モモは爪が食い込むほど強く手を握りしめる。

これは震えを抑えるためではなく、ここを作り出した人への怒りの象徴だ。

仮にも神殿内なのに、人の死を冒涜するようなものを作っていいのか・・・。

生死に関わるような神の祀られている神殿だとしたらまだいいが、見たところここは『空』に関わる神の神殿。生死に関係ないだろう。

 モモの目の前に広がる光景は、とても凄惨で、『死』を可視化させたようだった。

グールも何体か見えるし、それ以外にノーライフやゴースト系統の魔物も蔓延っていた。

内装は統一されておらず、和風だったり洋風だったり、屋外に置くようなものがあったり自然物が落ちていたり、武器の山には肉片が混じる。混沌としていた。

これには『怖い』なんて思えずに、ただただモモは驚愕していた。


 「・・・死体 ばっかり・・・。まるで・・・ 全て 詰め込んだ ゴミ箱」


 モモは槍を構えた。

そのすぐ目の前にもやのような、しかし人型だとわかるような魔物がいた。

とりあえず槍で応戦することにする。物理で倒せなかったらどうするかはそのときに考えよう。


 息を短く吐きながら、槍で音速に迫る突きを放つ。

突きはもやの大体中心あたりに穴を穿つが、不定形である魔物にはやはり効果がないようだ。

モモは「チッ」と舌打ちをもらしながら少し距離をとった。

 モモは体術や槍術の言霊以外はからっきしだ。

フェアリーランスのおかげで今は違うが・・・使えるのは『木』『岩』の言霊だ。

それらが不定形の魔物に通用するとは、到底思えなかった。

ではどうするべきか。


 「ま、マンイーター・・・」


 じわじわと恐怖を与えるためなのか、もやはゆっくりと近付いてきていた。

倒せないかもしれないという不安が増長し、忘れていた恐怖が甦る。

気付いたときにはマンイーターを呼び出していて、その頼れる相棒はモモを守るように前に立った。

自分が心の中でそう命令したのか、それともマンイーター自らの意思なのか・・・

・・・そう思っているうちに、マンイーターともやが接触したようだ。

 マンイーターが口を開き、もやに食らいつき飲み込もうとする。

もやはマンイーターに触れると怪しげな光を発した。

これから何が起こるのか。

モモが真っ青になりながら事の顛末を見守っていると、すぐに変化が訪れた。


 「マンイーター!!!!」


 思わず叫んだ。

何せ、彼女の目の前で、マンイーターが腐っていったのだから。

それはもやに触れたところから侵食しているようで、それなのにマンイーターはもやに食らいつく。

モモはそれを見て完全に冷静さを失い、自分の危機をかえりみずに詠唱した。


 「マンイーター!! 反転召喚!!! 帰って!! 帰って・・・」


 マンイーターは動かなかった。

そして、反転召喚で光に戻そうにも、戻らない。

何か

何かないのか。

モモは知っている言霊をすべて思い返す。

まるで死ぬ直前のように思考は加速していて、頭が沸騰しそうに熱かった。

半泣きの状態で記憶のページを捲っていく。どこかに、打開策がないかと願った。

 たとえ植物でも、出会って間もないとしても・・・マンイーターを見捨てたくない。

絶対に仲間を殺させない。

そして、モモは槍を構えた。


 「槍術・・・霊霰(れいさん)ッ・・・!!!」


 モモは少し迷って、ひとつの技を選んだ。

それは槍術の中でも中位から上位に位置する・・・武器に『属性』を纏わせる言霊。

そのなかで唯一『戦いに使われるものではない』『儀式に用いられている』言霊。

死んだものの霊魂が魔物にならないように、浄化して天に送る言霊。

通常ではあり得ないほどの『精神力』を消費する言霊だった。

それ故に戦場で使われることはなく、使うと死に繋がるといわれている。

しかしモモは一切の躊躇も無く、槍技を放った。

 見た目は単なる突きである。

モモは一ミリのズレもなくマンイーターに触れないように突きを放ち、そして息を飲んだ。

槍の穂先が触れただけでもやが消えていったのだった。

しかもそれは恐るべきスピードでもや全体に広がり・・・やがてもやは消え失せる。

気が緩んで涙が出そうになったが、モモはそれを堪えて呟いた。


 「マンイーター ・・・反転召喚」


 言霊により、マンイーターは強制的に反転召喚(かえ)される。

光にゆっくりと変わっていくマンイーターは名残惜しそうにモモを、そして周りを見た。

それが『まだ一緒に戦いたかった』からなのか、『もっと食事したかった』からなのかはわからない。

でも、モモには何故か自分(モモ)を案じているように思えて、心があたたかくなった。


 「・・・傷 癒えたら 戦おう、一緒。」


 攻略法もわかったところで、とモモは一歩踏み出す。

やはりかなりの精神力を削られたようで、少し足取りは頼りなかった。

しかしそんなモモに手加減をすること無く、魔物は次々と襲いかかる。

モモには詠唱をする隙も与えられず、慣れない無詠唱をせざるを得ない状況だった。

一撃でなるべく多くの『もや』を葬り、実体のある魔物は動けなくなるまで攻撃を叩き込む。

弱点がハッキリしているノーライフに至っては、一撃で決着をつける。

数に圧倒されそうになりながらも、モモは槍を振るい続けた。

 そして、やっと、魔物の濁流はなりを潜める。

モモの演舞のような槍の動きが止まり、モモは肩で息をする。

魔物は全滅していないようだが襲いかかっても無駄だと察したのだろう、まるでお化け屋敷にある仕掛けのように動かず、遠くからモモをみていた。実害は無いが、その虚ろな視線にモモは身震いした。


 「みんな 苦戦 してる、かな・・・?」


 モモは真っ先にある表情(かお)を思い浮かべる。

とても情けない泣き顔を隠すこと無く、自分にしがみついていた・・・お兄さんは無事かしら。

エイトの閉じ込められた世界の様子を見れば、ひとつひとつの世界はコンセプトが違っているとわかる。

だから、この心配はお門違いかも知れない。だけど心配するのは自由だ。


 「・・・アタシ、お兄さん、心配  今 泣いてる・・・予感」


 モモは(リョク)に聞かれたら怒られそうだと思いながら呟く。

休みたいが、この階層は少し不安だから・・・一刻も早く次の階層にのぼりたかった。

・・・それにしても、道が狭い。

モモは人間の下半身の代わりに生えている蜘蛛の体を見下ろした。

いかんせん、この体・・・パラライズスパイダーの体は場所をとる。

進むので精一杯なのだから、もしここで新たな魔物(てき)が現れたら不利になるのは確実だった。

対処法はあるにはある。


 「・・・どうしよう」


 モモは足を止めて考え込む。

丸一日この姿に戻れないのは不便ではないか?とは思うが、それ以前にここからはやく出ないと、と焦る気持ちもあった。

そもそも丸一日でこの塔から抜けられるかどうかも怪しい。休憩を挟むのは確実だからだ。

幸い、魔物が襲ってこないため、詠唱のための時間はたっぷりある。

 モモは意を決して口を開いた。


 「(アタシ)は上位種 与えられし姿は 下位の姿に敵の身体 与えられし姿は 敵の身体に上位の力」


 一瞬、周囲を警戒するが、魔物はいない。

詠唱の効力が切れる前に、モモは続く言葉(えいしょう)を唱えた。


 「(アタシ)が望みしは ーーーー後者」


 そのとたん、彼女の下半身が淡い光になって溶け出す。

それはそのまま集まり、だんだんと二つの脚を作り出していく。

 光が溶けるようにして消えたとき、そこにいたのは、桃色の髪の『人間の』少女だった。


 「久しぶり・・・身体 軽い」


 少女は楽しそうに軽やかにステップを踏む。

久しぶりという言葉とは裏腹に、その身体を扱い慣れているようだった。

今度は道を狭いと思うことなく、槍を手に、スルスルと歩みを進めていくモモ。

出くわした魔物は一撃で沈め、その力はいつもよりも有り余っているようだった。

 すると、モモの目の前に倒れたクローゼットが立ち塞がった。

何故かその上には椅子が積まれていて、下のわずかな隙間を通るほかに、道はなさそうだった。

モモはかがんで隙間の大きさを確認する。

今の身体なら匍匐前進すれば余裕で通り抜けられそうだ。

モモは床に手をつき、「汚い・・・」と呟きながらもそのまま伏せて隙間に滑り込む。

蜘蛛の巣がまとわりつく感覚がするが、モモは蜘蛛なので不快感は感じなかった。

途中、槍の所在に手間取りながらも通り抜け、モモはホコリや蜘蛛の巣をそのままにまた歩き出す。


 「長い・・・」


 疲れたように呟くモモだったが、その足取りは軽快だった。





 それと時を同じくして、





 「(オレ)が望みしはッ 後者ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」


 暗闇の中、泣き叫ぶようにして詠唱を終えた緑髪の少年がいた。

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