Act.26 非常識が通常?
またほのぼのしてる・・・
エイトが先頭で索敵をしながら進み、その後ろを残りの三人がついていく。最初のスタイルに戻った一行だったが、エイトは未だに鉱石とにらめっこしていた。 もちろん索敵はしている。範囲内に魔物がいたらわかる言霊を使っていると知っているため、コルネもそれを咎めることはない。
「う~ん・・・メイン武器かぁ・・・。」
エイトが悩んでいたのは、これから作る武器だった。
長いこと冒険者稼業を続けているコルネはとうの昔に愛用していた武器は壊れて、今は使い捨てくらいの感覚で高性能な剣を使っている。パラライズスパイダー兄妹は魔物なので素手で戦い、たまに自らの糸で弓矢を作って戦ったりしている。エイトは親に大量の資金をもらったため、自分で材料を買って使い捨て用の武器を作った。 全員、壊れたら捨てていたので愛着がわくはずもなく、「使い捨て前提」の戦いをしていたのだった。
使い捨ての利点はたくさんある。武器が変わっても順応が早くなるし、一つの武器の固有能力や機能に頼らないのがクセになり、使い手本人の基礎能力が上がる。
しかし、使い捨てには膨大な資金が必要で、武器に固有能力があれば戦いの幅が広がる。『最強』の名を冠する「グローリア・ガロス」という冒険者は『絶対に鞘に戻る』という固有能力を持つ剣を持っている。固有能力で壊れても元の姿で戻ってくるその剣はガロスを『最強』にまで導いたという。
それほどの特殊な固有能力でないにしろ、固有能力持ちの武器というものは冒険者の夢なのだ。
しかし固有能力持ちの武器を使い捨てすれば莫大な資金が問題となるため、武器を壊さぬ自信がある上位層しか使っていないのだ。それ以前に、固有能力持ちの武器は高額で初心者が手を出せるものではない。
エイトは冒険者に珍しく、自分の武器を自分で作るタイプだった。ニート時代、暇な時間をもて余して色々なことに挑戦したエイトは、使える『シーフ』の適正言霊は少ないが『鍛治師』『加工師』『付与師』『調理師』『錬成師』の言霊は大量に持っていた。そんなエイトなら、固有能力持ちの武器が作れるはずなのだ。
だが、エイトはこだわりの塊だった。
彼の頭の中では『性能』のことではなく『外観』のことばかりが渦巻いていた。
結局考えがまとまらず、エイトはコルネに助言を求める。
「なぁコルネ、どんな見た目がいいのかな? コルネは片手剣だってわかるけど、どんな感じが良いかわからなくてさぁ。・・・俺は長めのナイフと短めのナイフで二刀流とかカッコいいと思って、それにするけど。モモとの槍、リョクの弓矢は決まってるから」
質問されたコルネは、エイトの台詞にため息をつきながら返答する。
「外観はどうでもいいって・・・あ、でも黒だけはやめて。」
「えぇーーー!?!?」
エイトはガックリと肩を落とすがその目線は鉱石に注がれている。無意識なのか「黒じゃないなら・・・」とぼそぼそ呟いている様子には少し狂気を感じた。
しばらくすると武器の案がまとまったのか、エイトはすっきりした表情で顔を上げた。そして立ち止まる。先頭が立ち止まったことにより全員がその場で立ち止まる。何があったか気になってエイトの前に移動したリョクは、これからエイトがする事を理解したのか頷き、モモとコルネのもとに走る。そして、
「エイトはこれから武器を作るようです。材料がひとつひとつ巨大なので、立ち止まってでないとつくれなさそうです。」
と、耳打ちした。
コルネはせっせと材料を広げていくエイトを一瞥すると、諦めたように息を吐いて体から力を抜いた。それから彼女は言霊を唱える。その水色の光はエイトだけでなく辺り一帯を包み込み、冷気を作り出した。コルネはポーチから座布団を取りだし、その上に座った。
「邪魔しないように気をつけて、休憩にしよっか。」
コルネは笑顔で言い放つが、彼女に使役されているモモとリョクは深く頷き、その場に腰を下ろした。それに少し距離を感じつつ、コルネは二人に水筒を投げ渡した。二人は器用に蜘蛛の糸でキャッチすると中身を見て目を輝かせる。
「「ジャイアントビーの蜜!?!?」」
二人はそのままそれぞれの水筒の中身を口に含むと至福の表情になる。コルネも思わずくすりと笑い、三人は小さな声で談笑しながら休憩時間を満喫した。
対して、エイトは。
目の前に広げられた鉱石や鱗、骨や核を見つめていた。そして、その中からまずバラバラに砕けたスライムの核をつかみとる。それから黒嵐竜の鱗を数枚と黒鉄など高価な鉱石ばかりを集める。いろはすべて黒に近く、そこからエイトの武器を作るのだとわかった。
エイトが「錬成」と言霊を唱えると、それらの鉱石が集まり、錬成されていく。緑に輝く言霊の光は鉱石をひとつにすると、ゆっくりと消えていく。これで鉱石はできた。
出来た鉱石を手に持ち、色合いを確かめる。予想通り、黒になっていた。
それを床に置くと、エイトはもう一度「錬成」を詠唱する。同じ言霊のはずなのに今度は深緑の輝きが生み出された。そしてその輝きがエイトの右手に集まり、ハンマーを形作る。エイトはそれで鉱石を二、三度叩く。
すると鉱石がハンマーを形作っていた輝きを吸い込み、ゆらりと揺らめいて・・・いつの間にかナイフになっていた。見た目はエイトの想像通りで、いつものナイフより十五センチほど長い。これが二刀流のための長いナイフ。
「よっしゃ、ひとつめできた!」
エイトは小さくガッツポーズをして、ナイフの握り心地を確かめたあと、また同じ素材をかき集める。二本目を作るのだ。そのまま先程と同じ手順で錬成を繰り返し、今度はいつものナイフと同程度の長さのナイフが完成する。しかしそれはいつものとデザインが変わっていて、両刃だが片方がギザギザしていた。エイトは満足げに頷き、作った二本を装備する。
次は、モモの槍でもつくろうか・・・
そうやって錬成を繰り返しているうちに、時間が相当過ぎていた。自分の武器のときは自分の好きなように作れたが、他人の武器となれば使い手の要望を聞く必要がある。切れ味がよくても手に馴染まない剣など不要なのである。コルネは二、三度の改良で満足のいく形状になったが、モモとリョクは思った以上にこだわりが強く、完成した頃にはエイトは疲弊しきっていた。
しかし出来た武器は贅沢な素材の使い方をした高級品。そして、それらには、コルネの目論見通りに「固有能力」が付与されていた・・・!
四人は全員でそれぞれの武器のステータスを見せ合う。
両方、色は黒。禍々しさすら感じるが、その輝きは美しい。黒嵐のナイフは長く、真っ直ぐでシンプルなデザインだが刀身に時折雷のような光が浮かび上がる。暗雲のナイフは少し短めで、少し曲がった刀身と刃の片方がギザギザなのが特徴だ。
武器名:黒嵐のナイフ 能力:纏雷:雷を纏わせることができる。風刃:風の刃を伸ばすことができる。
武器名:暗雲のナイフ 能力:黒嵐のナイフとともに装備することで、両武器が「不壊」になる。
まず、エイトが武器をお披露目した。するとコルネが「不壊」の文字を見て感激し、モモとリョクはステータスを食い入るように見つめた。コルネにとっては予想以上の出来栄えである。固有能力が付くとは予想していたが、ここまでとは思っていなかった。
皆の反応にご満悦のエイトは満面の笑みでナイフをしまうと、モモとリョクに視線を向ける。それに気付いたリョクが前に出て弓を置いた。その弓には弦が無かったが、コルネはすぐにリョクの糸を使うためだと気付く。
全体的に薄い緑色でまとめられた弓は、流れるような印象を与えるデザインだ。リョクの上半身ほどの大きさなので少々大きすぎる気もするが、リョクはそれを所望したので大きいままだ。
武器名:麻痺蜘蛛の弓 能力:言霊矢:言霊を矢に使うことができる。麻痺:攻撃時、麻痺にすることがある。
エイトはまたもやどや顔になる。リョクのために作ったものも二つの固有能力がついていたのだ。コルネは思わず「エイトはシーフより鍛治師に向いてるんじゃ・・・」と言いかけたが、怒られそうなのでやめておく。
リョクは高性能な武器が手に入って相当嬉しいらしく、いつもの『黒い笑み』じゃなくて『満面の笑み』で武器を見つめていた。その愛らしさには、そんじゃそこらの女子では勝てないだろう。
説明が終わったリョクが武器を回収してその場から避けると、モモがいそいそと槍を取り出した。そしてコルネを押し退けて床に置く。
その槍は名前にそぐわないシンプルかつ使い勝手重視の白銀色の槍だった。マルド・ギールと呼ばれるもので、穂先に鉤爪があり、敵をひ引っかけることができる。
武器名:フェアリーランス 能力:大自然:妖精の言霊を使えるようになる。(地、木)
固有能力はひとつだったが、それを見たコルネが身を乗り出した。
「妖精の言霊って、種族の固有能力なのに・・・!?それに地属性と木属性の二種類!?!? 頭おかしいんじゃないの!?もしかして夢なの!?」
コルネの興奮のしように、エイトは嬉しくなる。だが、それを見たコルネがエイトを指差して言う。
「わかってないわね!! ・・・言霊が増える系の固有能力は、史上初なのよ!?!?」
そう言われても、エイトには凄さがわからなかった。固有能力持ちの武器を作りすぎて (一気に見すぎて)感覚が麻痺しているのだ。そんなエイトのきょとんとした様子を見て興奮が冷めたのか、コルネは長いため息をつく。モモが槍を回収すると、コルネは剣を置いた。
その剣は透き通っていて、氷でできているように見える。複雑な模様が刻まれていて、神話に出てくる神剣のような神聖さがあった。両刃で、長さは一般的なバスタードソード程度だ。
武器名:永年氷雪剣 能力:冷気:水氷雪の言霊の効果が上がる。不壊:壊れない。氷結:切り口を凍らせる。
能力を初めて見たのか、持ち主のコルネでさえ絶句していた。
当たり前だろう。モモの武器と同様に、三つの固有能力がある武器は史上初なのである。今まで反応の薄かったリョクもこれには驚いたようで、目を見開いて驚いていた。ちなみに外観はエイトの好みだ。神剣ってかっこいい。
コルネはもはやエイトに向かって何か言う気力さえなくなり、自分の剣の前にへたりこんだ。
国宝級の武器が目の前にあるのだ。その上、それは自分のもの。そう考えれば仕方のないことだ。感動と歓喜と感謝と興奮と不安が混ざって、呆然としていた。
そんな中で、最初に口を開いたのはリョクだった。
「・・・これ、本当にエイトが作ったんですか・・・?」
疑いたくなるのも無理は無かったが、リョクは製作中のエイトを見ていたのでエイトが作ったと知っている。だが、そう聞かずにはいられなかった。
対してエイトは当然のように「うん」と頷き、リョクは頭を抱えた。
「一応言いますけど、そのことは秘密にしてくださいね・・・」
エイトは首を傾げたが、コルネとモモはぶんぶんと首が千切れるんじゃないかってくらい首を縦に振った。二人とも必死なのでエイトも一応頷いたが、当人の適当さにリョクが額に青筋を浮かべる。
「わかってないですね、エイト!!!」
リョクは鬼の形相だった。
「こんな性能の武器をぽんぽん作れる人間がいるって知られたら、どっかの王国に囲われますからね!? それに料理も上手なんでしょう!? 冒険者ランクも高く、生産職としても常軌を逸脱した才能と技術を持っている・・・そんなの誰かが利用しようとするに決まってる!!! もしここにいるのがコルネじゃなかったら!? 今頃奴隷の首輪でもつけられてますよ!!!!!!!」
リョクは言いたいことを言い終わったのか、口を閉じて肩で息をする。「ふーっ、ふぅーーーーっ・・・」と荒い呼吸はなかなかおさまらない。
しばらく沈黙が走り、リョクの荒い息遣いだけが聞こえた。
コルネもモモも、リョクの気持ちが痛いくらいにわかっていた。能力云々はもちろん、これまでの付き合いでエイトの馬鹿さも理解している。なのでなおさら利用されないか心配だった。世間知らずなのも心配だ。
だが、そんな想いに気付くはずもなく、エイトは笑顔で言った。
「利用なんてされねーよ! 俺が何かに利用されそうになったら守ってくれるだろ?それに、俺も追い払えるし」
その笑みから他意がないことを読み取ったエイト以外の三人は、盛大なため息をついた。
「「「バカだ・・・」」」
三人の心が一致した、初めての瞬間だった。