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異世界ニートが仕事を始めた ~シーフでチートな初仕事~  作者: 榛名白兎
第三章 空游竜の巣窟
25/56

Act.25 ナイフ

 竜を倒したあとそのまま進んでいたエイトたちだが、それまでは普通に進んでいたが変化に気がついた。特にエイトは尋常じゃない量の汗を流し、水分補給の頻度も増えていた。


 神殿だからなのか緩和されていたが、進むにつれて気温が上がっていくのは変わっていなかったのだ。空游竜(スカイドラゴン)は竜種なのでその影響はほとんどないが、人間であるエイトたちはその変化についていくのでやっとだった。

 エイトはコルネの言霊で生み出された冷気をはらんだ霧の中でほぅと息を吐く。


 「あぁクソ・・・無駄な消耗をさせてごめん・・・」


 エイトは項垂れた。理由はやはり、言霊を使わせていることだろう。通常、言霊を使うにあたって消費されるものは精神力だ。使いすぎると注意散漫になったり頭痛に悩まされたりもする。例外は『固有言霊』だが、生憎コルネは固有言霊を持っていない。もちろん霧の言霊は精神力を消費して使用されているので、それを常時展開させているエイトは申し訳なく思っていた。

 エイトはニートだった。それを忘れてはいけない。彼は驚異的な才能、潜在能力が発揮された結果強くなったが環境に適応するのは苦手だった。暑さでやられてふらふら歩いているエイトを見かねたのだろう、コルネはエイトが「いいから言霊を使うのをやめろ!」と言うのを無視して定期的に言霊を更新していた。


 言霊(きり)はエイトだけでなくコルネも包んでいたが、経験の差なのか彼女は元々あまり辛そうでもなかった。楽そうな表情にはなったが、今この瞬間にも彼女の精神力は減っていっている。しかしエイトは言霊が無ければすでにギブアップしているだろう。

 そう考えるとエイトは自分の未熟さを恨めしく思うしかなかった。


 チラリとエイトが横を見ると、涼しい顔をしたリョクと目が合う。

 リョク・・・そしてモモは魔物で、しかも『パラライズスパイダー』の『上位種』であるため、空游竜(スカイドラゴン)に匹敵する強さをもっていた。話によるとコルネに契約・召喚されるまでは過酷な自然環境の中で暮らしていたらしいので、こんな暑さなど気にもとめないのだった。・・・ちなみに、本来の『パラライズスパイダー』の見た目はただの蜘蛛だ。決して美男美女の体が生えていたりなんてしない。


 ため息をもらすが、歩きながら無くなった武器を少しでも補充しておこうと思い、エイトは『錬成』を再開した。今度は蛍石だけでなく他の鉱石にも着目していくつもりだ。



 まず手に取ったのは黒鉄。名前の通り黒い鉄である。これはエイトのナイフの材料のうちの一つで、言霊の力が浸透しやすい。そのため採れている量は多いのに高い。エイトはその黒鉄の塊をポーチで発見し、早速手に取ったのだった。塊はいくつもあり、エイトは指をわきわきと動かしながら「これだけあれば何百本分の材料になるか・・・」と呟いた。

 しかし用意していたわけでもない材料が揃っているはずもなく、ナイフ製作は難航していた。



 しばらく歩きながらの作業を続けていると、リョクがエイトの手から小さめの鉱石塊をいくつか掴み取って言う。


 「黒鉄と竜鱗、不定形種の(コア)で作れる金属なら・・・使えそうじゃないですか?」


 リョクは掴んだ鉱石をコツンとぶつけ合わせる。首を傾げて尋ねる動作はとてもあざとい。しかし言っていることは確かだ。この場にある鉱石は種類が限られていて、魔物由来のものが多い。大量にストックしてあった黒鉄と竜鱗と不定形種の(コア)の三種類を使えばいいものができるかも知れない。

 幸いここは空游竜(スカイドラゴン)の巣窟だ。竜鱗はいくらでも手に入るし不定形種の(コア)は主にスライムから採れるもの。一般的に雑魚と称される下級スライムの(コア)なら山ほどあるし、神殿内で倒したスライムの(コア)も砕けていたが回収した。それを使えばかなり良いナイフが作れそうだ・・・!


 そう思い至ったエイトは不気味な笑いをおさえることなく製作に取りかかる。

 錬成を使い慣れたエイトは試行錯誤しながらも鉱石の合成を進めていく。一回目・・・割合に失敗して空游竜(スカイドラゴン)の鱗の青が強くなって気に入らずに中断。二回目・・・今度は空游竜(スカイドラゴン)の鱗を減らし過ぎて強度不足。三回目・・・完成に近付いたものの、(コア)はもう少し減らした方が良いナイフになりそうだ。



 九回目、エイトは錬成に成功した。実際は五回目で成功していたが色が気に入らず、エイトの「黒じゃないとモチベーション下がるよ? 弱くなるよ?」という脅しにも似た言い訳で錬成が続けられていた。

 だが、初めての鉱石にしては完成が早い・・・とコルネは感心する。感心するコルネに、エイトのどや顔が炸裂する。エイトはそのまま調子に乗って、失ったナイフより多くのナイフを作っていた。


 エイトは嬉々とした表情で新たなナイフを手に取る。もうすでに幾つかは服の下やら靴底やらに仕込んであるので、次の戦闘から使われるということなのだろう。そのナイフをしっかりと握りしめ、手に馴染むのを確認してからエイトは言った。


 「やっぱり黒くなくちゃ。」


 錬成を開始してから幾度も聞いたそのセリフにコルネは呆れて苦笑い。リョクは笑顔で見つめ、モモは首を傾げつつ「黒、すてき」と言う。その漆黒のナイフは霧の中でも真っ黒だとわかるくらいに濃い黒だった。光すら吸い込んでしまいそうだ。

 そんなナイフに見とれているエイトはコルネの苦笑いに気付かず、そのまま質問を投げかけた。


 「そういえば、なんか腐ってるっぽい鱗があったから残しておいたよ。強い不定形種の(コア)も余っちゃったから同じ袋に入れておいた。後で確認しとけよ~」


 エイトは何でもないことのように告げたが、それを聞いたコルネとリョクは眉をひそめる。

 それもそのはず、竜鱗は未加工状態でも三年は品質が保たれるもので、ポーチに保管されていたものは一年以内に手に入れたものだった。だから品質が変わっているはずもないし、そもそも竜鱗は腐らない。コルネはすぐさまポーチの中から袋を引っ張り出し、乱雑に袋の口を広げた。


 「うっわ・・・」


 コルネは思わず引いた。


 一緒に覗きこんだリョクとモモは少し怯えた表情になった。


 袋の中にあったのは鱗だった。だが、空游竜(スカイドラゴン)の鱗じゃない。その色は黒っぽい紫で空游竜(スカイドラゴン)の鱗とは似ても似つかないため、エイトは「腐ってる」と思ったのだろう。

 しかしコルネには心当たりがなかった。地竜(アースドラゴン)空游竜(スカイドラゴン)などの竜種なら依頼でパーティーを組んで討伐したことがあるが、こんな色の鱗をもつ竜種なんて戦ったこともないし実際に見たこともなかった。しかし、見たことはないが、何の鱗かはわかっていた。


 コルネは「う~ん」と唸る。

 討伐推奨ランク:SS × 六人 とされている魔物の鱗だとしか思えなかった。

 その魔物は竜種の中でも上から十数えるうちに必ず入ると言われている魔物・・・『黒嵐竜(こくらんりゅう)』。百種類以上存在する竜種の中でもトップクラスの魔物なのである。絶対何かの間違いだ、と目を擦ってからもう一度見るが、幻じゃない。

 するとエイトが思い出したように叫ぶ。


 「・・・あぁ! もしかしてあれじゃない!?」


 コルネと兄妹はエイトの顔をじーっと見つめてセリフに聞き入る。


 「アンデッド化したドラゴンのやつ拾っちゃったんだよね、俺。だから腐ってるんじゃね!?」


 笑顔で告げるエイト。兄妹はアンデッドドラゴンとの戦闘を知らないので首を傾げる。

 だが、コルネは心中穏やかじゃなかった。

 そして情報の整理ができたコルネはか細い声で呟きながら座りこんだ。


 「・・・『手練れ』が[一人で]倒した竜種の中に、黒嵐竜(こくらんりゅう)が居たっていうの・・・?」


 黒嵐竜とは、毒を内包する嵐を操る竜種だ。その嵐と毒は黒嵐竜が死ねば消え去るもののそれらが影響する範囲は広く、早期討伐を心がけなければ一夜で一国が消滅してしまうと言われている。空腹時だけは毒のみを操ると言われているが・・・『手練れ』は空腹で凶暴になっている黒嵐竜を倒した・・・?

 推測に過ぎないが、可能性は限りなく高かった。何せあの一帯にはたくさんの肉片が散らばっていて、その中にあった赤っぽい鱗や黒っぽい鱗を見たことをしっかり覚えている。そのうえあの森の中で一帯だけ平坦だなんておかしい。倒木も見当たらなかったことから、強い毒素で溶かされたと考えるのが妥当だろう。


 考えれば考えるほど震えが止まらなくなった。考えれば考えるほど推測の信憑性が上がり、『手練れ』の異常な強さが際立った。そして、不吉なことを考えてしまう。


 突然座りこんで震えているコルネを心配するエイトはおろおろと右往左往する。リョクは理解するのを諦めて二人から離れ、モモはその場で首を傾げて考え、理解しようと努力しているが・・・揺れているぞ。

 そんな状況でコルネはただ一人、シリアスな雰囲気を纏い、言う。


 「このまま進んだら、黒嵐竜クラスの強い魔物が待ち構えているかもしれない・・・」


 するとエイトは「黒嵐竜」の名前だけ知っていたのか目を見開き、目に見えて狼狽える。知っているということはそのあり得ない強さも知っているのだろう・・・そう思ったコルネに、エイトが笑顔で返す。


 「でも、今の俺らならいけるんじゃねーの?」


 すると間髪いれずに、


 「死ぬ気?」


 ・・・今まで笑みを崩さなかったモモが、無表情でエイトを見ていた。


 エイトは身震いし、肝が冷える思いだった。


 慢心していた。

急激に強くなって、負傷にもちょっと慣れて、調子に乗っていたと気付かされた。

エイトは指摘された悔しさも感じず、弱いと認識されていることに苛つきも覚えず、ただ反省した。そして、頭を乱暴にかいてから、頭を下げた。


 「ちょっと・・・いやかなり、調子に乗ってた。ごめん。」


 モモは頭を上げたエイトの頭を撫でて、いつもの優しい微笑みに戻っていた。

 コルネはその様子を見てほっとして胸を撫で下ろす。

 だが、そこに鋭い質問がきりかかる。


 「・・・で、進むんですか?進まないんですか?」


 質問をした本人・・・リョクはいつの間にかコルネの後ろに立っていた。細い折れそうな腕を組んで、不機嫌そうに表情を歪めている。リョクは何か続けようとするが何故か押し黙り、コルネに何かを促すようにジェスチャーした。

コルネはそれにこたえようと頭をフルで回転させて答えを出す。


 「・・・もし、私たちで敵わない相手に会ってしまったら、すぐに逃げる。自分の命を最優先に」


 コルネの言葉にコルネ以外の三人は頷く。

 リョクは満足したように頷くと、うわごとのように呟いた。



 「コルネは、今はそれでいいんです・・・でも、俺は・・・」

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