Act.23 二人の強さ
少し短いかも。
ひんやり。
エイトの体をぷるぷるで冷たいものが包み込んでいる。これは・・・水だろうか。しかし、水はこんなに弾力のあるものであったか。
記憶を整理しよう。
神殿の階段を上りきってやっとのことで本神殿にたどり着いた。そこまでははっきりと覚えている。そのあとは地下神殿では使えなかった「空中歩行」が使えるようになっていることに気付いて、超嬉しかった。テンションが上がって、走って跳んで、それからダイブし・・・ダイブ?
そこまで考えたところで、エイトの意識は完全に覚醒した。自分のしたことを思い出すと顔が熱くなり、近くにいると思われるコルネのことを考えると、怖くて目が開けられなかった。
だが、ずっと目を瞑っているわけにもいかないので、おそるおそる目を開く。
すると視界の端にさらさらの金髪がうつり慌てて目を逸らしたが、そこで自分の置かれている状況に気が付いて思わず「えっ」と声がもれた。そのせいで自分が目を覚ましたことに気付かれてしまう。
エイトの目の前にやってきたコルネはぎこちない笑みを浮かべて言う。
「エイトさん、目は覚めた?」
笑みまでつくってくれているのに、エイトは反応することができなかった。彼女を抱きしめてしまったことを思い出し、頭から煙がたちそうなほどに顔が熱かった。無意識のうちに抱きついたときの感覚を思い出してしまう。しかしエイトの視線は彼女ではなく自分の下にあるものに注がれていた。
巨大な水の塊がエイトを支えていた。ウォーターベッド、というのだろうか。見た目はただの水だが、表面が何かにコーティングされているのでエイトが上に乗ることができているようだった。
エイトの頭の中にはいつの間にかウォーターベッドのことしかなかった。
興奮したエイトは先ほどまで感じていた羞恥も忘れて、コルネに詰め寄る。
「コルネ!!! これってコルネの言霊でつくったのか!?!?」
「・・・えっ、あ、うん」
急に反応が変わったエイトに対し、コルネは動揺しながら返事をする。
するとエイトは何度も頷き、ウォーターベッドの表面をぷにぷにと指先で押す。弾力があってグミみたいで、ほとんど透明なので自分が浮いているような気さえしてくる。だがうっすらと光っていた。
エイトは熱い眼差しでウォーターベッドを見つめ、分析してから首を傾げた。
「なぁ、これって何で包んでるんだ?」
ぼんやりと光っている表面を再度つつく。水を包んでいる不可思議物質は言霊の輝きに包まれているので光っているように見えるのだろうが・・・一体何なんだ?
エイトはウォーターベッドから飛び下りて横から観察する。どこから見ても水だ。
コルネもわからないらしいので、エイトはむーんと唸ってあぐらをかいて地面に座った。そして、迷いながらもぽつぽつと言霊の詠唱を始める。
「清き水よ・・・人の侵入を拒め・・・物の侵入を拒め・・・えっと、ウォーターベッド?」
それは適当でいい加減な詠唱だった。
しかし、言霊は便利だ。詠唱が適当でも想像できていれば「結果」は変わらなかったり、新しいものが生まれたりする。言霊の規模は個人の才能や得手不得手で左右されるが、無限の可能性を秘めているといえるだろう。
詠唱の結果、エイトの目の前には拳大の水球が浮かんでいた。試しにつつくとコルネの作ったウォーターベッドと同じ感触だった。両手で包んで圧力をかけるが水球は溢れることなく手の中に留まった。火を当ててみても蒸発する気配もなく、ナイフで切ろうにもすぐに修復されてしまうので水は溢れない。
結局、エイトは不可思議物質の解明を諦めた。自分の作った水球でしばらく遊んでいたが、ふいに目的を思い出したのか「あっ・・・」と言って水球を消した。それを見たコルネも思考を休憩モードから冒険モードに切り替える。エイトはそんなコルネに短く謝って、すぐに本神殿を進み始めた。
本神殿は広くて美しいが、たくさんの魔物が徘徊しているので危険だった。
もちろん空游竜との遭遇率は高いので、そんじゃそこらの冒険者だったら数分と経たないうちに喰われているか消し飛んでいるだろう。
エイトは索敵言霊を広く前方に展開すると、盛大な舌打ちをした。
「くそっ・・・またノーライフだ」
その原因は、何度目になるのかわからないノーライフ・・・つまり「刺客」がやって来ていたからだった。戦闘を重ねるごとに戦術が変わったりエイトたちの攻撃に対応するようになってきていて、戦えば戦うほど不利になっている気がする。そんな戦闘が繰り返されるのだから、さすがの二人 (とパラライズスパイダーの兄妹)も苦戦・・・
「今回は俺だけでいい。モモとリョクも呼ぶなよ」
・・・していないようだった。
エイトは縮地を連続で発動させて、ノーライフたちとの距離を一気に詰める。それと同時にナイフを投擲して二体のノーライフを撃破する。慌てて言霊を唱える残りのノーライフだったが、ここまで肉薄されていては間に合うはずもなく、次々と宝石が砕かれていく。
全く手加減せずに暴れているエイトの前に、なすすべなく宝石を破壊されるノーライフたち。圧倒的な力の差に、十秒と経たないうちに三分の二が地面に伏していた。
しかし次に放たれたエイトの正拳突きは突然目の前に現れた盾に受け流された。
今まで見られなかった盾を扱うノーライフに、エイトはもう一度正拳突きを叩き込む。すると今度は盾こそ壊れなかったものの、威力に耐えられなかったノーライフが吹っ飛んだ。
他に盾のノーライフがいないか見回すが、盾を持っているのは吹っ飛んだノーライフだけのようで、エイトは一番面倒くさそうなソイツを追いかけた。
そのまま縮地で追い越し、盾ノーライフを受け止める。盾ノーライフは突然動きが止められたことに気付くと盾を構えたが、その盾の効果が発揮される範囲の外にいるエイトには意味がない。エイトは無表情のまま静かに命を刈り取った。
その後は特に新しいタイプのノーライフが現れることはなく、さくっと戦いを終わらせたエイトは遠くにいるコルネに向かって手を振りながら叫ぶ。
「おーーーい!! 倒したぞ!!!」
するとコルネはゆっくりと歩き出した。
走らないのかよ、とツッコみたくなったが、堪える。エイトは休む時間が与えられたのだと思うことにして、その場で座りこんで水分補給という名のもとに子供ビールとつまみを堪能する。
子供ビールとつまみをしっかり堪能したところで、タイミング良くコルネが追いついた。コルネに余ったつまみとそのの袋を放り投げると、彼女はそれを片手でキャッチして中身を確認した。そして出発前の半分も残っていないソレを見て、少しだけ顔をしかめた。ほとんどエイトしか食べていないので、『こんなに食べたら太るでしょ・・・』とため息をもらした。しかしエイトはヤセ型の体型なので、少し羨ましく思った。
二人は合流すると、先ほどまでと同じようにちょくちょく索敵しながらもだらだらと探索を続けた。これが迷宮内だったら少しは違っただろうが、ここは一本道の神殿である。空游竜にさえ気をつければ探索は難しくないのだ。
「それにしても・・・蛍石は便利だなぁ」
と、エイトは呟く。
その手には親指の爪ほどの蛍石が数個あった。それらは小さな光を発する程度だが、エイトが言霊『錬成』を使うとひとつの手のひらほどの大きさの蛍石が出来上がり、先ほどとは比べ物にならない光量になった。触れている部分は仄かにあたたかく、カイロ鉱石というのが正式名称である。
コルネはエイトの呟きを聞き流し、剣の手入れをしながら進んだ。そのせいで時折つまづいたりよろけたりしている。二人ともお互いのことをすっかり忘れている。
そうやって気の抜けた冒険をしつつ、襲いかかる魔物は見もせずに倒す。
魔物などまるで眼中にない二人を襲う魔物は次第に減って、いつしか「勝てる自信のある魔物」「刺客であるノーライフ」「縄張りを荒らされて怒っている空游竜」しか二人を襲わなくなっていた。
特に頭の良い魔物は、空游竜の巣窟から逃げ出していた。
そんなこんなでペースが上がった本神殿攻略。
いつの間にかコルネが召喚していたモモとリョクが二人 (主にエイト)の傍について魔物を瞬殺していく。それによって更に魔物への関心がなくなり、順調に進んでいた。
しかし、そんな二人を観察している者がいることを忘れてはいけない。