Act.22 どうしてこうなった
いざ階段に踏むこむと、遠くから見たときよりも天井が低く感じられる。横幅は三、四メートルありそうだが、高さは三メートルもないだろう。そんな階段内部を相変わらず照らしているのは通路にもあった燭台の光だ。等間隔に設置されている燭台は、ゆらゆら揺らめく蒼白い光を灯している。
そんな階段の床は、歩きにくかった。
床には「空游竜の巣窟」から飛来したのだと思われる砂が降り積もっていた。ガラスのような岩の欠片が降り積もりキラキラ輝く景色は見事だったが、実際に歩いている人からすると、ジャリジャリで滑り易いうえにたまに砂と言えない大きさの石が混ざり、とても面倒だった。通路と違って脆い材質なのか天井の一部が崩れていたりして歩きにくいことこの上ない。
エイトはチラリと後ろに目を向けた。そこには汗一つかかず無言でエイトを追うコルネの姿があった。
さすが先輩冒険者と言うべきか、彼女はこの歩きにくい床をもろともせずに進んでいた。それに比べてエイトは何度も滑り、息も少しきれている。
立ち止まったエイトは自嘲気味の笑みを浮かべて言った。
「あぁー・・・。空中歩行がないと、こういう道も歩かなきゃいけないんだな。やっぱりここじゃ足手まといかなー! コルネはスゴいなっ」
急に立ち止まったことに驚いているコルネだったが、エイトの無理な笑顔を見て眉をひそめる。それからエイトの顔を正面から見つめる。エイトは青い瞳に射抜かれて、身じろぎした。
それを見てか、『思ったより暗くない』と安心したコルネは「そんなことない」と笑顔で言う。
「最初はそこらの一般市民にも負けてるステータスだったのに、短期間でここまで成長したエイトさんはすごいよ。すでに私を超えているよ。エイトさんは・・・もっと強くなれる」
コルネはそう言うと、エイトに無理矢理前を向かせる。
そして、背中を押した。
「行こう。今は強さの心配より自分の正体のことを考えて。自分を知って、強くなろ!」
エイトは強制的に進まざるを得なくなり、足を動かす。
その一歩はそれまでより軽いように感じた。
数分進んだ先で、二人は「うわぁ・・・」とため息をもらした。理由はただ一つ、目の前の光景である。そこは崩落により道が塞がれていた。しかし、ただの岩石なので突破するのはそう難しくないだろう。
得物をナイフしか持っていない状態のエイトは横によけた。それから両刃の剣に手を添えて考え込んでいるコルネにジェスチャーで「先にドウゾ」と伝え、発言する。
「コルネ、これくらいの強度なら斬れるか?」
問われた本人はそっと岩石に触れる。そして神妙な面持ちで頷いた。
彼女はそのまま剣を上段に構え、言霊を発動させる。
「・・・・・・・・・斬撃っ!!」
放たれたのは直線的で鋭い一撃。エイトは一撃が放たれると同時に素早く後退して、余波と石礫を避ける。それからもう危険がないことを確認して、砂ぼこりの中でコルネの横に並ぶ。
砂ぼこりが晴れると、そこには剣でつけられたものとは思えないような穴ができていた。えぐりとられたような感じだ。てっきり四角く斬って道を作ると思っていたエイトは、思わず目を丸くして、
「剣で斬ったんだよな!?」
と叫びながらコルネを見る。
するとコルネは手に持つ剣をヒラヒラと振り、肯定する。
このときエイトは、絶対にコルネだけは敵に回さないと心に誓った。
コルネはそんな思考に気付くこともなく、十分に警戒しながら少し狭い穴をくぐり抜けた。コルネは穴をくぐったあと、周囲を見回し、安全だとわかるとエイトに手招きした。
それに従って、エイトも穴をくぐる。
穴をくぐるとコルネが脇に避けていて、自分を先頭にしたいんだなぁ・・・と相手の意思を汲み取り、進んだ。コルネはずっと持っていた剣を鞘にしまい、そのあとをついていく。
それにしても、とエイトは思う。
同じ神殿なのに、ここまで雰囲気が変わるものなのか。 先ほどまでは『ザ・神殿』といっても過言ではないような場所だったのに、ここは物語に出てくる『迷宮』のようだった。しかし、それらのことがエイトを緊張させることはない。逆に中二病魂を刺激されたエイトは胸を高鳴らせていた。先ほどまでの不安はどこへ行ったのだろうか。
そうやってあまり緊張感のない状態で彼らは進む。
魔物が出ないことをつまらないと思っていたエイトの思いが伝わったのか、直後に魔物と遭遇するのだが。
「・・・ん? 小さい反応が四つ・・・」
エイトは足を止めつつ、妖しく照らされた階段の奥を見据える。索敵言霊に反応があったのだが、なかなか魔物は現れなかった。仕方なく、しびれを切らしたエイトが前進する。
すると、拳大の黒い影が飛び出した。
咄嗟にナイフを投擲するエイトだが、言霊無しではそのすばしっこい動きを追いきれず、空をきる。舌打ちを打つが、魔物は襲ってくる様子もなく一度後退するとその場でホバリングをしていた。
それによって視認が可能となったのだが、その魔物はどう見ても「コウモリ」だった。しかし目が一つ。
拍子抜けしたエイトとコルネは肩の力を抜いてそれぞれの武器を構え直した。
そこから始まるのは一方的な蹂躙。
竜種をも倒す二人にとってこの程度の魔物を倒すのは容易いことだったのだ。
戦闘は三十秒も経たずに終了し、その後にコルネが気付く。
「あっ、モモとリョク、呼んでない」
しかしエイトはそのセリフを聞かなかったことにすると、進み始めた。実際、二人を呼べば呼ぶ時間が無駄なので正しいことをしたといえる。それに、気付くのが遅かった。後の祭りである。
コルネは急いで魔物の死骸から重要部位を剥ぎ取ると、エイトに追いつこうと走り出す。
そのあとも何回か魔物との遭遇はあったが、モモとリョクの助力を乞う必要もなく、二人は階段を上っていった。崩落は少なからず見られたが、道を塞ぐほどのものはなかったため順調に進むことができた。
その結果、階段の終わりが見えてきた。
思わず明るい表情になるエイトだったが、それをコルネが戒める。当然だ。階段を抜ければそこはもう「空游竜の巣窟」となってしまった神殿内。これより一層、緊張感を持つべきなのだから。
チョップと短いお説教を食らったエイトはしょんぼりしつつ、警戒心を高める。
そして、出口の手前で立ち止まって少し乱れた呼吸を整えた。
それから頭だけ出して、周囲を見回す。ガラスのような材質の床や蛍石は洞窟内と変わらず多いが、神殿とわかった。安心して階段から出ると、そこは境目だった。
ガラス質の岩や蛍石だけの自然にできた洞窟と、人工的で青く美しく光輝く神殿。
階段を境目とするように、二つの全く異なる光景が広がっていた。
考えるまでもなく、洞窟の方が出口に繋がっているのだと思われる。おそらく空游竜が暴れたことによって、二つの場所を分け隔てていた壁が崩れたのだろう・・・二つの境目には少しの岩石や壁の欠片と思われる破片が溜まっていた。
コルネはエイトに続いて階段を抜けその光景を目にすると、ほぅとため息をつく。
「やっと本神殿の・・・入り口・・・・・・」
コルネの言葉の通り、ここまで時間がかかったもののまだ本神殿の入り口なのだ。さすがに本神殿となると装飾も増え、壁画には宝石や魔石が埋め込まれていたりしてきらびやかになっている。
しかし、床には数えきれないほど竜の爪跡や生え変わった鱗が見える。しかしそれでも傷は少なく、知能の高い空游竜が神殿を傷つけないように努力しているかのように思えて、コルネはくすりと笑った。
索敵言霊を展開したエイトは範囲内に魔物の反応がないことを確認すると、本神殿の奥に視線を移した。蛍石と燭台のひかりでぼうっと妖しく照らされている。
二人は顔を見合わせた。
そして、アイコンタクトで互いの意思を確認する。
直後、エイトが小さく詠唱した。
「・・・空中歩行」
その途端にエイトの体が軽くなる。力がみなぎる。試しにエイトが一歩踏み出すと・・・
・・・エイトの足が空中の見えない足場を踏んだように、停止した。
すると、興奮したエイトが空中でぴょんぴょん跳ねる。跳んで跳ねて走り回る。無言でバク宙。ロンダートを決め、空中で着地した。それから興奮したまま走りだした。
エイトはそのまま大きく跳んで、コルネに向かってダイブ。というか抱きついた。
抱きつかれたことに驚いて顔を紅潮させるコルネに興奮したままのエイトが心底嬉しそうに言った。
「つっ、使えるっ!!! 空中歩行が、使えるっっ!!!」
大袈裟なまでに喜ぶエイト。それをみて落ち着いたコルネは、至近距離にいる状況を理解しつつも冷静を装って、
「よかったよかった。エイトさん、子供みたいね」
と笑って言う。
そのまましばらく、エイトはチート級の筋力でコルネを抱擁していたが、だんだんとその表情が変わっていった。原因はコルネとの距離と自分のしている行動だ。どのタイミングで離れればいいのか、考えても考えても見当もつかないエイトは、途中でキャパオーバー。耳まで真っ赤にしながら倒れた。
倒れたエイトを見て、クスリと笑う。そのまま水系統の言霊でウォーターベッドを作り、彼を寝かせて冷やしながらコルネは呟く。
「整った顔だし、モテそうなのになぁ・・・。」
その無意識の呟きが本人に聞こえているはずもなく、コルネは俯く。エイトが空中歩行を取り戻したことで、自分の方が足手まといになりそうだと心配していた。こんな初心者に、と悔しくも思った。
だが、その気持ちとは裏腹に、エイトを見つめる彼女の頬はほんのりと紅くなっていた。
リア充予備軍の誕生です。自分のキャラながら、微妙に祝えない現実。