Act.18 神殿の通路にて
超短いです。
明るくなった神殿を進むのは、順調だった。
罠を越えたことで「本当の神殿」に辿り着けたようで、壁画も「似たような内容」から「繋がっている神話」へと変貌を遂げていた。もともと美しかった絵も更に美しくなり、色彩が増えた・・・気がする。青系統の色で統一された神殿内は神秘的な雰囲気に包まれていた。そんな神殿の道を、エイトとコルネは肩を並べて歩いている。
「ここって『碧の神殿』って云うんだな・・・。灯りも青いし、壁もうっすら青い気がするし・・・そういう風に統一してるのかな?」
エイトは真面目な顔で呟いた。
本人は真面目なのだが、それを見ているコルネにとっては可笑しいので、彼女の肩は笑いを堪えるように小刻みに震えていた。それに気付いてエイトがジト目を向けるが、それすらも面白いのかコルネは頬を紅潮させて笑い出した。
「・・・・あっははは!! エイトさんって面白い!」
笑われたエイトは原因がイマイチわからず、少し顔が熱くなる。
コルネは笑いを抑えると、優しく微笑んだ。
「さっきまであんなに『絶望っ!』って感じになったり、不安そうにしてたのに・・・すぐに切り替えてて。 真面目な発言のつもりでもちょっとズレてて・・・一緒にいて面白いよ。」
コルネは笑みをそのままに首にかけた小瓶をつつく。小瓶の中にある妖精石はぼんやりと赤い光を灯し、コルネの言葉に共感するようにチカチカと明滅した。エイトは意外と意識を保っている妖精石・・・ドグマに驚愕しつつも少し嬉しく思った。
二人が進む神殿の通路は進めば進むほどに広くなり、天井も高くなっていっていた。
最初は五人の大人が横に並べば通れなくなるほどの広さだったものが、今となっては小さめの竜種なら通れるような広さになっていたのだ。所々天井に穴が開いており、上の『空游竜の巣』と繋がっているので、子竜が落ちてくる可能性も考えて行動しなければならないだろう。
エイトはチラリと目線を上に向けた。
目線を向けた先には大きめの穴があった。その穴の端からはパラパラと小石などが落ちてきている。
崩落が続いているのか近くに魔物がいるのか判断しかねて、エイトは足を止めた。
「コルネ、上・・」
そこまで言ったとき、穴の向こうで巨大な竜の足が通りすぎた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!」
エイトは咄嗟にコルネの手首を掴み、走り出す。途端に、竜の重量に耐えかねた天井にヒビが入る。突然のことに対応しきれずにコルネは半ば引きずられるようにして穴の下を通りすぎた。
間もなくして、その耳に轟音が届く。真後ろで響いたその音は崩落を意味している。
それに巻き込まれることを回避した二人だった・・・が、振り向いた先では、通路を塞ぐほどに巨大な竜のあぎとが目一杯開かれていて。
「「え、これって」」
その口内に集まる凄まじい熱。そして僅かに後退して身体を震わせる動作。
二人の考えた内容は同じだった。
『一本道で吐息を発動すんのかよーーーーーーーーっ!?!?』
二人は心のなかで絶叫をあげながら、縮地などの移動系言霊を連続で使用して、その場から離れるためにがむしゃらに突き進んだ。 (少し余裕のあったエイトは、防壁や上位防壁を後方に展開し、迫り来る炎の渦の威力と速度を殺していた。)
ぜぇ、ぜぇ、と息を荒くして大の字になって寝そべるエイト。その隣ではコルネがうつ伏せに倒れていた。これはもちろん、あの巨大な竜の吐息から全力で逃げた結果である。通路を塞ぐほどの頭をもつ竜のブレスは一方通行の通路では威力が増し、エイトたちは体力がもつギリギリまで走り続けたのだった。
二人の後ろ・・・通ってきた通路は、その壁が一部融解していたり赤くなって熱を溜め込んでいたりしていた。
ブレスの影響が消え去ったのは、二人のわずか数メートル後ろだった。
エイトは息が整っていない状態のままゆらりと起き上がり、大袈裟に周りを見回した。
余程長い距離を進んでいたようで、通路はとてつもなくひろくなっていた。もはや大聖堂と言っても過言じゃない広さだ。華美だが目立ちすぎない装飾が増え、天井も頑丈になったのか穴がない。
そこでエイトの背に冷や汗が伝う。だんだん広くなっていく通路でなければ、ブレスが広がって威力が弱まり炎が消える前に、自分たちの体力が尽きていただろう・・・と思い至ったからだった。
エイトは深呼吸をして息を整えると、未だうつ伏せに倒れこむコルネに語りかける。
「・・・・・・コルネ、・・・大丈夫か?」
問われた本人はというと、肩を上下させての荒い呼吸を続けている。エイトよりもコルネの方が流している汗の量も多かった。それほど疲れているのだろう。
もう少し休ませておこうとしたエイトだったが、その耳に囁くような声が聞こえた。
『まだ、頑張れるであろう』
その声と同時にコルネの身体を暖かな光が包み、彼女の呼吸が落ち着く。それから少ししてコルネはゆっくり身体を起こし、額に浮かぶ玉のような汗を拭った。そして楽しそうに笑う。
「思いっきり走ったの、久しぶり! でも、またドグマに助けられちゃった・・・」
コルネは助けられたことが嬉しいようで、屈託のない笑みを浮かべていた。
エイトもまた、コルネの様子を見て嬉しくなり、笑う。
「それにしてもさ、意識が薄くなるとか言ってたけど・・・助けてもらうことも多いし・・・意識はそこまで薄くないよな。・・・・・・ドグマさんは特別なのかもな!」
それから呼吸が安定したコルネが立てるようになると、二人は改めて通路を進み始めた。
他愛ない話で盛り上がったり面白い体験談を話したりして、笑い合いながら、広い通路の真ん中を歩いていった。魔物も出現していないので警戒を解いている二人は、日常に戻ったように柔らかな表情だった。
そして、笑い合うなかで、急に不思議な音が鳴った。
くるぅううう。
ぴく、とエイトが身をかたくする。コルネは動きを止めて笑顔で固まった。その頬を汗が伝う。
エイトはその様子を見てただごとではないと判断し、ナイフを召喚して両手に構えた。その目は周囲を警戒して忙しなく動いていた。
また、コルネはその様子を見て首を傾げる。
「エ、エイト・・・?」
名前を呼ばれたエイトは通路の奥を睨みながら鋭い声で言った。
「子供竜の鳴き声が聞こえた・・・! コルネもはやく構えて!!」
するとコルネはぽかーんと口を開けて数秒間固まった。
エイトは怪訝な表情でそれを見るが、警戒は解かない。コルネは硬直が解けるとこらえられないようで床を叩きながら笑った。突然床を叩く音や大きな笑い声が聞こえたことで、エイトが驚いて飛び上がる。そんなエイトに、反響する笑い声と混ざってコルネの声が聞こえた。
「ごめんごめん!!! それ、私のお腹が鳴っただけだよ・・・!!」
笑い転げるコルネのお腹から、また『ぐぅぅ』と音がした。
今度はエイトにも腹の虫が鳴いたとわかり、エイトがナイフを落とす。かっこつけて「子供竜の・・・」なんて言ってしまったので、その恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
しかし、お腹が鳴ったことを告白したコルネの顔もみるみるうちに紅潮していった。
かわいた笑いをしながら真っ赤になっていくコルネを見て、エイトは頬をかいて気まずそうにしながら提案する。
「・・・じゃ、じゃあ、ご飯にしちゃう?」
もちろん、コルネは頷いた。
そして、コルネのお腹も返事をするように音を鳴らし・・・
・・・エイトの腹の虫も、つられて鳴いた。