Act.14 見張りと妖精と
エイトは心の中で何度も思った。
・・・自分が逃げていなければ、ドグマは助かったかもしれない。
しかし、もう一度似たようなことがあっても、自分は逃げてしまうだろう。
当たり前だが死ぬのは怖い。怪我で死の恐怖を知った自分は、自分の命を最優先に考えるだろう。
エイトは前を見る。
目の前にいるコルネは、背筋を伸ばし、堂々と歩いていた。
自分とは大違いだ。ドグマがいなくなっても、「ドグマの分まで頑張る」とやる気に満ちている。
後衛のいないパーティーで空游竜を倒すのは困難だろう。それでも、街に戻らない。二人だけで空游竜の亜種を倒す気でいる。
「・・・どうしたの、エイトさん?」
いつの間にか立ち止まってしまっていたようで、心配したコルネが顔を覗きこむ。
エイトは僅かに肩を震わせ、コルネに問いかけた。
「どうしたら、コルネみたいになれるかな・・・?」
知らず知らずのうちに、言葉が紡がれていく。その声は自分の声とは思えないほどか細く、震えていた。
そして、質問されたコルネは目を見開き、少し悩んでいた。
急いで「何でもない」と言うエイトだったが、その言葉に被せ気味でコルネは言う。
「・・・私みたい・・って、えっと、・・・こうやって諦めないでいるところとか?」
「あぁ、そうだよ」
眉尻を下げて首を傾げるコルネに、申し訳なくなりながら肯定を返す。
よく見ると、目が少し腫れていた。それで、コルネがさっきまでずっと泣いていたことを思い出した。
「私はドグマの分も頑張りたいけど、今はある謎を解くために進んでいるのよ」
コルネの言葉に、エイトは首を傾げる。『謎』なんて聞いていないぞ。
しかもそのコルネの瞳は自分をうつしていた。エイトはますます混乱してしまう。
その様子を見たコルネは、クスリと笑うと、前を向く。やっぱり彼女は強いと思った。
「・・・そっか。 ・・・行こう」
エイトはコルネを見習って背筋を伸ばし、彼女の後を追った。
しばらく進んだエイトは、初めての山・・・初めての登山に苦戦していた。
ゴツゴツした岩場で、コルネから『山は寒い』と聞いていたのに、予想以上に暑かった。
エイトは文句を言う。
「なぁにが『山は寒い』だよ!! めっちゃ暑いじゃねぇか!!」
しかし、その文句はコルネの一言で一蹴される。
「まだ全然高所じゃないからね」
エイトは口を尖らせ、「へいへい」と言って、それ以来文句を言わなくなった。
満足したように、コルネは頷く。エイトは黙ってその後についていく。
エイトが言った通り、その山は森やその他の場所と比べて格段に暑かった。
元々この島・・・飛行種庭園は高所にあり、ジャングル風の森は木々に陽光が遮られ、霧の森は霧で気温が下がっていたため仕方ないことなのだ。
今日は天気がよく、太陽が燦々と照っているため、直射日光が当たる岩場が暑いのは当たり前だ。
汗をぬぐい、水筒の水を口に含むと、エイトは山の頂上を見上げる。
遠くにある霞がかっている頂上は今回の目的地ではない。もし目的地だったらエイトはたどり着けないだろう・・・と思い、苦笑いした。慣れているのか、コルネは軽い足取りだ。
「情けないなぁ・・・」
ぽつりと呟き、エイトはジャンプする。そのまま空中歩行を発動させる。
身体が宙に浮き、岩場の足場の悪さが関係なくなった。
飛行モンスターに襲われないように低空飛行を心がけ、少し離れていたコルネとの距離を縮めた。
今回の目的地は、もちろん『空游竜の巣』である。そこで亜種を見つけ出し、倒すことが目的だ。
単なる空游竜の討伐だけなら簡単だが、亜種は弱点も攻撃パターンもわからないため高難易度の依頼であるといえよう。
少し先を見ると、山の中腹にぽっかりと空いた黒い穴が目に入った。
距離がある状態から見ても大きいと感じるため、そこそこ大きいのだろう。おそらく、空游竜の巣だ。
「・・・コルネ、あれが」
「そうよ。あれが目的地・・・空游竜の巣よ」
コルネは目を細め、巣を睨み付けるように見る。巣の奥の暗闇に、いくつかの光点が見えた。
遅れてそれに気付いたエイトは慌ててナイフを持つ。コルネも剣を抜いた。
その行動から敵対する意思を感じ取ったのか、光点は動き出した。日の光に当たり、姿がはっきりした。
光点の正体は・・・空游竜の目だった。出てきた個体は三体。見張りだろう。
距離があるにもかかわらず、警戒を怠らずにこちらを見ている。
紅い瞳がこちらの一挙一動を見逃すまいとし、キョロキョロと忙しなく動いていた。
「・・・・瞳が・・・紅い?」
空游竜を目にしたコルネは頭に疑問符を浮かべる。
空游竜の瞳の色は「蒼い」と文献に載っていたし、今まで戦ってきた個体も蒼い瞳だった。
それ以外は普通の空游竜と同様だが、違和感が拭いきれなかった。
特徴など知らないエイトは「こいつらは紅い目なのか」と思っている。
エイトは、こちらを窺っている空游竜に向かって先手必勝とばかりに駆け出した。
縮地の言霊を唱え、瞬間的に加速・・・目に見えぬ速さで肉薄する。
そのままドラゴンの死角である顎の下に滑り込み、左手に持つナイフを横に振るう。
肉を断つ感触が伝わり、まだ慣れていないエイトは顔をしかめた。
動脈に届いたのか噴き出す血をかわして、縮地を重複して先程までいた場所に戻ると、すでにコルネは空游竜に立ち向かっていた。
周りを見れていない、と反省しつつ、再び戦場に舞い戻る。
最初に切りつけた個体は竜種特有の脅威的な再生力を発揮して、傷が塞がりかかっていた。
雄叫びをあげると、長い首を振り回して体当たりを繰り出してきた。
大きな溜めがあったため見切り、難なくかわしたエイトに、すぐに横から豪腕が迫る。
その右腕をかわしきれないと判断したエイトは、「上位防壁」を傾けた状態で構築し、受け流すが、衝撃で防壁が砕け散る。視界の隅には左腕が振られるのが目に入るが、上位防壁の構築が上手くいかない。
「・・・チッ!!!」
盛大な舌打ちをもらすと、エイトは「防壁」を構築しながら飛び退いた。
上位防壁が上手くいかなかったのは、同じ言霊の連続使用が原因だったため、その下位互換である防壁は難なく発動した。しかし、その防御力では足りず、攻撃を逸らしきる前に不可視の壁は砕けた。
先程までエイトがいた場所を腕が猛スピードで通り抜け、エイトの背を冷や汗が伝う。
エイトは空游竜に次の攻撃をする暇を与えずに反撃をする。
気配遮断と隠密を同時に発動させて接近、ドラゴンの頭の横に移動すると、ナイフを持たぬ右腕を曲げて肩の上まで上げる。肘を内側に入れ、小声で唱えた。
「召喚1、剣・・・肩車輪」
何も持っていなかった右手には召喚した剣が握られ、その剣が言霊の光に包まれる。
そのまま言霊のアシストによって、剣が降り下ろされる。次に刀身が肉眼で捉えられるのは、エイトが剣を振り切ったあとだった。緑色の残像が円形に残った。
容赦無い一撃でドラゴンの鼻・・・上顎と下顎の一部が頭から離れる。流石にこれは再生しない。
血を撒き散らし、滅茶苦茶に首を振り回す空游竜だが、まだ闘志はある。
空中戦なら翼を折れば墜落するので勝てたが、地上戦となると楽に倒せそうにない。
コルネを見ると、同じように苦戦していた。一見捨て身のようにも見える特攻で、自分よりも空游竜の傷を増やしていっている。歴戦の冒険者であるコルネの身のこなしは付け焼き刃 (言霊に頼りきり)のエイトとは大違いだ。防壁も範囲展開ではなく、ピンポイントで展開して攻撃を逸らしていた。
そんな風にコルネを見ているのを隙ができたと認識した空游竜は僅かに後退、身体を震わせた。
二度目だからわかる。・・・吐息の初期動作だ。
いち早くそれを察知したエイトは、範囲内かもしれないのでコルネにも声をかける。
「コルネ!! ブレスが来るぞ!!!」
それを聞いたコルネは返事をしながら素早く戦線離脱、エイトは少し遅れて空游竜に迫った。
息をのむコルネだったが、その心配は無かった。
エイトはブレスが発動する前にはドラゴンの顎の下・・・ブレスの範囲外でありドラゴンの死角である場所に滑り込んでいた。意味もなくブレスを吐き出し無防備になった空游竜の首に、エイトは言霊で強化されたナイフを繰り返し叩き込む。
苦しむ空游竜だったが、ブレスが終わるまで動けないという種族の特性のため、抗うこともできずに・・・エイトが気付いたときには事切れていた。
ブレスが終わると、コルネも戦闘を再開する。エイトはニ体目に標的を変える。
コルネは部位破壊を続け、着々とダメージを蓄積させるという竜種の正攻法で戦っていた。
コルネは剣と逆三角形の尖った盾を持っていたが、彼女の持つ盾は防御には使われない。
「二手流・・・鋏斬」
二つの武器をもつ者に使用できる種類の特殊言霊だ。
両手にそれぞれ持つ武器で挟むように斬りつけられた空游竜の翼は呆気なく折れた。
コルネはそのまま空游竜の背に乗ると、心臓めがけて剣を突き立て、その柄を踏みつけて押し込む。言霊『鈍重』の効果により重くなったコルネの踏みつけで、剣は根本まで突き刺さり、心臓を貫く。空游竜は絶命した。
エイトはニ体目に苦戦を強いられていた。
一体目とエイトの戦闘を目にして、エイトの得意とする戦法を覚えていたようなのだ。
初心者であるエイトはクセを直せるわけもなく、空游竜の攻撃をギリギリのところで避けることが多くなっていた。コルネは倒したようだが、肩が激しく上下しているので相当消耗しているだろう。
「えええい!!!」
なげやりに放たれた斬撃は空をきる。
空游竜はそれを嘲笑うようにゆっくりと目で追い、大きく口を開けた。
・・・喰われる
エイトが絶望したとき、とても久しく感じる声が聞こえた。
『炎眷族・・・体内爆弾!!!』
エイトの目の前を小さな炎の鳥が通りすぎ、空游竜の口に飛び込んだ。
声と今しがた起きたことに驚いて固まっていると、空游竜が動きを止めて震えた。
『離れるのだ!!』
再び聞こえた声に従い、飛び退くエイト。
すると、空游竜の口内・・・いや、喉の奥から爆発音が響き、その口から僅かに炎を除かせた。それから大量の煙が噴出し、白眼を剥いた空游竜が倒れた。
コルネとエイトは、同時に妖精石が入った小瓶を見る。
瓶の中では、妖精石が僅かに輝き、言霊の光を帯びていた。コルネは満面の笑みを浮かべた。もう彼女の声は聞こえないが、きっと彼女が助けてくれたのだろう・・・と。
エイトも同様に笑った。
見張りの空游竜を倒した三人は、薄暗い洞窟に近付く。
近付くと、思ったより明るいその内部には竜種の痕跡が多数残っていた。
彼らにとっては、これからが本当の戦いだ・・・!!
やはり戦闘シーンは苦手です。
精進します!