Act.10 森に遺された傭兵
忘れ物がないか確認して、森に踏み込むと、たった数分で右も左もわからない景色になった。
鬱蒼と生い茂る植物が日の光を遮り、夜までとはいかないが、夕方のように暗い。
足元は安定せず、でこぼことした木の根や、苔の生えた倒木が所々に見られた。
「・・・にしても、よくこんなところに調査隊を派遣したわね・・。」
先頭を進むコルネの呟きが聞こえた。
ドグマは無反応、エイトは深く頷きながら、草木を掻き分けて進んだ。
この飛行種庭園は、空游竜の群が多数目撃される生息地であるため、大抵の調査隊や研究員は近寄らない。Sランクの冒険者を引き連れても危険と言われているからだ。
しかし今回、調査隊から『空游竜の亜種が見つかった』と報告があった。
それが現在に繋がっているため、余程、危険を省みない調査隊があったのだろうが・・・
「亜種の目撃された場所は、火山の中腹にある洞窟付近だし、かなりの手練れが居たようね。」
「・・・その『手練れ』が援護してくれるなら楽なのになぁ。俺なんてさ、肩書きだけのSランクじゃん。もうちょい考えて依頼候補のリスト渡してくれないかなぁ・・・。受付嬢さんヒドイ・・」
エイトは、コルネの呟きを聞いて欠伸とともに一言。
その言葉にも一理ある。
歴戦の冒険者を選別せずに、初心者を高難易度のクエストに放り込んでいるのが今のギルドだ。
そして、それのせいで死傷者が増えているのも現実である。
コルネはため息混じりに言った。
「・・・流石にこのレベルの難易度だと、普通はSS以上しか駆り出されないハズなんだけどね。それと・・」
その言葉の通り、新種や亜種の調査はSS以上が決まりとなっていたハズだった。
現状からして、その決まりは守られていない。人材不足なのだろうか。
彼女は続けて言った。
「・・・調査隊に参加していた『手練れ』は、SSの傭兵だったみたいよ。」
「じゃあ雇えば良かったんじゃ・・?」
エイトが問うと、コルネは足を止めて振り返った。そのままエイトに告げる。
「『手練れ』は調査隊を逃がすために巣に残った。止めるものは居なかったし、『手練れ』自身が提案したから自信はありそうだったって聞いてるけど・・・。 そして、『手練れ』の帰還情報は今のところないわ。」
息を飲むエイト。エイトは自分の職業の危険性を改めて実感した。
「・・・一応、依頼には『手練れ』の保護・・もしくは死体回収が含まれてるから。」
ぼそり、と呟いたコルネ。彼女は腰に携えてあった羊皮紙を手に取り、それを開く。
それは資料だった。
コルネはエイトに『手練れ』の似顔絵と資料を手渡すと、森を進むのを再開した。
それに気付きながらも、エイトはまじまじと似顔絵と資料を見る。
名前:不明 呼び名:ホーリー
職業:SS冒険者:治癒言霊師 兼 近距離言霊士[自称]
資料、とはいったものの、ほとんど空欄だった。
職業の欄でさえ[自称]と記されていて、確証がない。せめて名前は知りたかった。
エイトは不安になりながらも、次いで似顔絵に視線を向けた。
彼・・・いや、彼女だろうか。シスターのような服から、女性のようにみえなくもない。
『洗脳色』だと忌まれている紅い瞳はともかく、蒼い髪はこの世界ではありふれた色なので、服装が手がかりになるだろう・・・
「エイトよ、追い付けなくなるぞ。」
じっくり見すぎていたのだろう。ドグマに似顔絵を奪われた。
その言葉の通り、いつの間にかコルネとの距離が開いていて、その小さな背が木々に隠れそうになった。
「あっ、すまん! ドグマさん、先に行ってて!」
エイトはドグマを先に行かせると、ポーチに似顔絵と資料を押し込んで急いで追いかけた。
自分が気絶していたせいで時間が遅れている。急がなければ、と。
雑魚の昆虫型の魔物が幾つか現れたが、ナイフの一閃で屠る。
足止めを食らうことも無かった。
結果的に、すぐに追い付くことができた。
それは、コルネとドグマが少し開けた場所で立ち止まっていたからだ。
はやく追い付きたいと思ったが、あることに気がついて、エイトは歩く速度を落とした。
彼女に・・・いや、その空間に近寄るほどに、生臭い匂いが強くなっていた。
エイトは嫌な予感がしていたが、二人のもとに駆け寄った。
すると、視界が赤く染まった。
妨害系言霊の影響ではない。夕焼けでもない。よくよく見れば、草木の緑も見える。
・・・だが、視界が赤く染まったと錯覚してしまうほどに、その空間は赤かった。
「・・・これって」
コルネが掠れた声を出す。
その後に続く言葉は無かった。
その空間には、魔獣のものか人間のものか、はたまた植物のものかもわからない、赤い体液が広がっていた。
木々を、花を、すべて赤く染め上げ、所々に肉片が散らばっている。
よく見れば、肉片には鱗がついており、その色と大きさから空游竜のものと判別できた。
そして、その赤のなかでひときわ目立つものが、二人の足元にあった。
それは十字架の印章がされている、紺のブーツで・・・中身があった。
「・・・・・・『手練れ』の?」
エイトは自分でも驚くぐらいに間抜けな声を出してしまった。
そんなエイトに、ふらついたコルネがぶつかる。
咄嗟に身体を支えると、彼女の代わりにドグマが淡々と告げた。
「そうであろうな。ここでずっと、引き留めていたのだろう。我には出来ぬ芸当さ。」
エイトは息を飲んだ。
ドグマが無表情だったのが衝撃的だった。やはり、初心者とは違う、と思った。
そして、辺りの空気が変わったことに気付いた。
目の前で、空游竜の肉片が暗い光に包まれた。血が沸騰したように泡立ち始めた。
『・・・・・・ルグァァァァァァァアアアアアッ!!!!』
肉片が一ヶ所に集まり、竜の形状をとった。
それらは継ぎ接ぎだらけで、その隙間から黒い靄を溢れさせ、形は歪。
・・・魔獣などの死骸が処理されずに放置された場合に、まれに起こる現象・・・『アンデッド化』だ。
『アンデッド化』したドラゴンは、周りを見わたし、最終的にはこちらを見ていた。
そして、アンデッドドラゴンは黒い靄を撒き散らしながら、一歩を踏み出した。
「まずいっ・・・!!! 二人とも、離れて撤退!!」
コルネの絶叫にも似た声が、エイトの鼓膜を震わせた。