義父の命日について
――『ねえ、シャーリーちゃん。もしも、僕の身に何かあったその時は……シンデレラを頼んだよ』――
遠い昔の話をしましょう。
それは語るに及ばない、聞くに堪えない小さな初恋の話。
『好き』という明確な感情ではなく、ただただ『この人とずっと一緒にいたい』という、そんなささやかな想い。
男はいつも笑顔を絶やしませんでした。泣いたのは、愛しい妻を亡くした葬儀の時のみ。
義父になったその男は、果てしなくお人好しです。だから、母のような厄介な人に半ば脅されたりしてもそれをなんやかんやで受け入れてしまうのでしょう。
笑顔を絶やさなかった男は、ある日私に自分の娘を頼むという内容を告げました。
その時の悲哀に満ちた顔に、私は胸を締め付けられつつも、取るに足らない初恋を自覚したのです。
私は、約束を守りませんでした。
それは嫉妬故の行動だったのか、それとも母と姉からのやっかみを避けるためだったのかは分かりません。
ただ、これだけは言えます。
私はシンデレラに関わりたくないし、できることならこの家を出ていきたい。
小さい頃に抱いた恋心すらここに置き捨てて、私は外の世界へと旅立ちたいのです。
まあ、なんでわざわざそんなことを宣っているかと言いますと、簡単です。
今日は舞踏会開催日の前日であり、そして義父の命日なのです。
義父の墓の前で膝を着き、花束を添えます。一応、この花束は私と姉と母の三人で割り勘して買ったものです。
まったく、花束を買うだけ買って、墓参りには私だけを行かせて自分達はシンデレラの可愛い様子を観察することに専念するとは、義父が泣きますねきっと。
それはそうと、とっとと始めますか。
何をですって? その答えは至ってシンプル、義父さんへのご報告です。
ここ一年間シンデレラがどのように日々を過ごしていたのかのご報告をするのが、義父の命日に私個人が義父さんに贈る供え物なのです。
ええ、と、たしか鞄の中にシンデレラの様子を纏めた報告書を入れていたはず。
「……シャーリー義姉様?」
おや、そうこうしている内にシンデレラと鉢合わせになってしまいました。
思わず鞄を漁っていた手を止めてシンデレラと目が合います。
「「……」」
気まずい。ただただ気まずい。この一言に尽きます。
これはご報告とかどう考えても無理でしょう。シンデレラが見ている前でシンデレラの一年間のご報告をするとか、なんですかその超絶羞恥プレイ!!
さて、そういうわけで一体どう言ったものか。
「……」
「あの、お義姉様もお父さんのお墓参りに来てくれたの?」
「……」
「お、お義姉様?」
おっと、話す内容を考えていたらシンデレラのことを無視するような形になってしまいましたね。シンデレラ、少し涙目です。
いや、別に無視してるわけではないのです。シンデレラがここにいるということは、絶対にあの姉と母もどこかにいるはずなのです。
下手に会話してしまえば、小言を言われるのは必至。小言で済めば良いですが。
ですので、私が彼女を無視……というよりスルーしてしまうのは仕方のないことなのです。切実に。
シンデレラの手元を見てみれば、豪華な花束がありました。きっと義父さんへのお供え物ですね。
私がここに居たままではお供えできないでしょうから、とりあえず退きますか。邪魔でしょうし。
「やっぱり、シャーリー義姉様も……私のことが嫌いなの?」
シンデレラが何か言ってますが、気にせずそのまま彼女の前を通過します。
好きとか嫌い以前に、私はシンデレラに興味がありません。
そもそも自分の生活で手一杯なので関心を向けてる暇なんてありませんよ。リアリストですし私。
さて、シンデレラの元から立ち去ると茂みから伸びてきた手に掴まれて引っ張られました。
「おいこら、クソ娘」
「なーに勝手にシンデレラちゃんに会ってんだ、バカ妹」
案の定、茂みに潜んでいたのは母と姉でした。二人とも、大層般若な面立ちで。
「いや、待って下さい。私、シンデレラと一切会話してません。無罪放免を要求します」
「「シンデレラちゃんの姿を視認した時点でギルティじゃボケェ!!」」
おうふ、それは流石に理不尽じゃないですかね。
「というか、二人とも。まさか舞踏会へ向かう準備をほったらかしてシンデレラをストーキングしてたんですか?」
「「もちのろん」」
「なら、その手に持った花は何ですか?」
「「……」」
私がそう指摘すると、二人は下手な口笛を吹きつつササッと花束を後ろに隠しました。お供えの花束ですね分かります。
なんやかんや言いつつも、この人達も義父のこと好きですからね。というか、わざわざ割り勘で大きいのを1つ買ったのにさらに個人的に花束を買うとは。
……ふっ、顔に似合わず可愛げがある家族で。ついつい黒い笑いが出てきてしまいそうになります。ふふふ。
「なに気持ち悪い顔で笑ってんだよ、クソ娘」
「あんま調子に乗んなよ、バカ妹」
「いえ、なんでも。では、私はこれで失礼しますね」
さーて、帰って舞踏会の準備するぞー。
「「ちょっと待て。話はまだ終わってねぇ」」
…………ですよねー。ははは。
般若のような顔で私の首を締め上げる二人。
「ぐえー」と白目を剥いて意識が遠のいていく中、義父のお墓に手を合わせてお祈りをしているシンデレラの姿が最後に脳裏に色濃く残った。
――『ねえ、シャーリーちゃん。もしも、僕の身に何かあったその時は……シンデレラを頼んだよ』――
お義父さん、その約束はまだ……果たして有効なのでしょうか?