城からの招待状について
【招待状】
この度は我が国の第一王子の妃候補選抜のため、盛大なパーティーを開く予定です。
ですので、未婚の女性の方々は是非にこのパーティーに参加してもらいたい所存であります。
未来の国母は、君だ!!
「バカね」
「アホね」
「クズですね」
上から順番に、母、姉、私が発言しました。
だってそうでしょ?
貴族だけならまだしも、なんで妃候補をパンピーからも選抜するんですか?
もしかしてあれでしょうか?
王子は馬鹿なのか、それとも結婚に対して変な価値観があるのでしょうか。
創作物だと庶民と結ばれた方が、なんか愛のある結婚生活として描かれますが、実際はろくなものではないと思います。
まず、庶民に学は無い。
いや、あるにはあります。
ただ、それは最低限の筆記能力と計算能力のみで、決して王妃として相応しいレベルではないのです。
王妃とは王を支える存在であり、謂わば政治的な補佐役、ビジネスパートナーです。
普通の専業主婦とは役割が違うのです。
「母さん、どうするんです?」
私は母に尋ねます。
母は盛大な溜め息を溢します。
明らかに「嫌だ行きたくないシンデレラちゃんhshsしたい」と表情に出ています。
あ、自己紹介が遅れましたね。
私の名前は『シャーリー』。
シンデレラの二番目の義姉です。
そしてこちらの二人が、シンデレラ大好き変態の母『ショコラ』と姉『シルカ』です。
まあ、前話を読んでいる方がいるのなら、今更なのでしょうが。
初めての方には初めまして、前話からの方には久しぶり。とだけ言っておきましょうか。
さて、母はしばらく思案すると、何かを思いついたのかポンッと手を叩いた。
「シルカ、シャーリー」
私たちの名前を笑顔で呼ぶ母。
なんか裏があるのが見え見えなのです。
姉もそれを察したのか、母を睨みます。
「何よ、ババア」
「ババアじゃねえ、お母様だろうが!!」
即座に頭に拳骨を落とされる姉。
個人的に、姉のそういうストレートな所は好きです。
「痛いぃ……」と呻く姉を他所に、母は笑顔で私たちに言う。
「あんた達、このパーティに参加して王子を落としてきなさい」
「その心は?」
「さっさと家から出てけ。私とシンデレラちゃんの愛の生活のために」
そんなことだろうと思ったよ……。
げんなりする私と、怒りを露にする姉。
「はあっ?! わけわかめなんだけど!?」
「はいはい。じゃあ、早速手配しておくわねぇ」
「待てやババア!!」
母に掴み掛かろうとする姉。
しかし、母は即座に姉に回し蹴りを放つ。
「お母様だっつってんだろうが!!」
「がふっ?!」
そのまま後方に吹っ飛ぶ姉をキャッチする私。もうすっかりお手の物です。
そのまま姉の背中を擦る。
「あんのクソババア……」
上機嫌に立ち去る母がいなくなった途端、顔を歪ませて毒づく姉。
そして背中を擦っている私に視線を向け、舌うちした。
「ベタベタすんな、シスコンかよテメエは。マジきめえ」
「違います。妹として最低限の気遣いです」
「うざっ」
そう言うと、姉は鬱陶しそうに私の腕を退けてさっさと立ち上がりました。
「どちらへ?」
「決まってんだろう。参加をキャンセルするんだよ」
「でも、腐っても城からの招待ですよ? ただの貴族の、それも下級なうちがそう簡単にキャンセルできるとは思えないのですが……」
「う゛……」
苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる姉に、私は溜め息を漏らす。
どうやら、あまり深く考えていなかったようだ。
すると、姉は突然発狂しだした。
「男と会うなんてイヤァァァァ!!」
「まあまあ、姉さん。落ち着いて。まだ王子に見染められたわけじゃないんですから」
「それでもイヤなものはイヤなのぉぉぉぉ!!」
あー、めんどくさい。
つーか、一応は大国の王子なのだ。婚約者候補の一人や二人ぐらいいるだろう。
言い忘れてましたが、私たちが住んでるこの国は世界で最も栄えている国『ガーランド』と言います。工業、農業、漁業をそれぞれ司る三国を圧倒的武力によって制圧し、征服し、取り込んだためです。
まあ、それぐらい栄えてなきゃ、こんなふざけた催しを開くなんてありえないでしょう。
よって、そんな大国の、いずれは王となる人物の隣に立つのが、こんな下級貴族や庶民なんていうのは、そもそも無理な話なのですよ。
たとえもし姉が王子に見染められても、姉自身が結婚に否定的な以上、多数の反対派の決議によって婚約不可になるのです。
これぐらいのことは少し考えれば分かること。
だというのに、この姉は……大げさに騒ぎすぎなのです。
「どうすればぁぁぁ……」
「だったら、姉さんは母さんを上手く嵌めればいいのですよ」
「は? ババアを……嵌める?」
「そう。私は元々この屋敷から出ていくつもりです。つまり、姉さんとシンデレラの甘い生活を邪魔する障害は母さんなわけです」
「うんうん」
「今回の招待状は、女性なら誰でも参加可能。つまり、母さんも参加することはできるわけです」
「それでそれで?」
「どうせキャンセルできないのなら、母さんも巻き込んで、姉さんがお膳立てして母さんと王子をくっつけるんです。するとどうでしょう、邪魔な母さんが消え、暫くすれば私もこの屋敷から去る。姉さんはシンデレラとの二人っきりの生活を手にできるんです」
「おおー!!」
私の説明に、姉は大いに拍手をした。
「シャーリー、あなた、天才ね!」
「それほどでも」
「そうと決まれば、早速私も手配しなきゃ!」
意気揚々と立ち去る姉に私は再度溜め息を漏らす。
王子が熟女好きだといいですね。まあ、母さんが王子に見染められたとしても、先の姉と同様の理由で婚約不可になるでしょう。それに加えて、母さんの年齢が、より婚約を不可能なものにしている。
なぜなら、王妃の最大の仕事は子供を産むことであるから。暗殺されるリスク、さらには外交の取引材料というのも加味すれば、王妃には最低四人の子供を産む義務がある。
既に私達姉妹を産み、今年でアラフォーを迎える母さんが、新たに四人の子供を産むのは負担が大きすぎる。よって、母さんが王妃になる可能性も限りなく0。
ならば、なぜ私は姉さんにけしかけて母さんまで巻き込んだか。それには二つほど理由がある。
一つは我が家の人脈を広げるため。義父が亡くなってからは、我が家は社交界の間ではあまり評判は良くない。それもそのはず。母さんは仕事はきっちりこなすものの、愛するシンデレラのためにお茶会に参加する時間を削ってしまっているのだ。これによって付き合いの悪い我が家はやや孤立気味なのである。しかし、今回のパーティーはそれを払拭する大きな好機と言える。ここまで大きな規模の、それも王子のお相手を探すパーティーともなれば、たくさんの上級貴族たちが集まるはず。母さんには是非とも、そういう方々と話に花を咲かせて、今まで怠ってきた人脈の形成に力を注いでもらいたい。人脈が広がればそれだけたくさんの取引相手を獲得できるのだ、母さんにとっても悪い話ではないだろう。普段の言動はアレだが、母さんは根は真面目でバリバリの仕事人間なのだ。
もう一つの理由だが、実はこっちの方がメインだったりする。母さんとシンデレラを二人きりしないためである。私と姉さんがパーティーに行ってる間、この屋敷には母さんとシンデレラしかいなくなる。それはつまり、猛獣の檻にか弱いウサギを一匹放置することを意味する。いつもストッパー役がいるからこそ、直接シンデレラに手を出さなかった母だが、そのストッパー役がいなければ確実にシンデレラは母さんの毒牙にかかってしまうだろう。それはあまりにも可哀想です。初めての相手が義母、それも自分を虐げているアラフォー女などと、トラウマものですよ。私だったら自殺します。
さて、ここまで考えた結果、私の中のこれからの行動方針も決まる。
姉さんは嫌がってたけど、このパーティーは私にとってもチャンスだ。いずれこの屋敷を出ていく身としては、相手を探す必要がある。できれば玉の輿がいいです。
そのためには、パーティーに参加し、城勤めのエリート様――たとえば騎士や神官――とお近づきにならなければならないのです。
目指せ、玉の輿! なのですよ。
「こんのバカガキ! よくも余計な手配をしてくれたわね!」
「うっせえクソババア! 貴様も道連れじゃあぁぁぁ!!」
なにやら姉さんと母さんが喧嘩してらっしゃる。
まあ、そうなりますよね。
さすが姉さん、仕事が早い。
あ、今更ですが、我が家の家族事情などを大雑把に説明しますね。
何度も話に挙がってるシンデレラは、それはもう絶世の美少女。家族や友人に恵まれ、とても幸せに暮らしていました。しかし、シンデレラの母親が買い物の帰り道に通り魔に襲われて亡くなってしまい、それから少しして義父が母さんと再婚したことで、シンデレラの転落人生が始まるのです。
そもそも、義父と母さんは元々職場の同僚という関係でした。しかし、ある時、義父が常備していたシンデレラの写真を見た瞬間、母さんは一目惚れしてしまったらしいのです。それからです。母は義父にしつこく「私と再婚しろ。じゃないと家までストーキングして無理矢理シンデレラちゃん誘拐してペロペロしちゃうぞ!」と脅しをかけて、強引に再婚。事前にシンデレラの写真を見ていた姉さんも、母さんと同様に変態となっていました。まあ、私は特に何ともないです。ノーマルですから。さて、再婚後は私と義父で母さんと姉さんの暴走を抑えていたんですが、残念ながら義父は度重なるストレスによって倒れ、亡くなってしまいました。
そして義父が亡くなって、さあ大変。母さんと姉さんはシンデレラをペロペロする――かと思いきや、なんと逆に苛め始めたのです。
まあ、その行動の理由は、小学生でよく見受けられる“好きな子の気を引きたいがためについ苛めてしまう”という心理のまんまなのですけど。あとは、苛められた際にシンデレラが浮かべる憂い顔を間近で鑑賞するためという、極めて悪趣味な理由もあるんですがね。我が家族ですが、果てしなく変態ですね。
「あ、……あの」
「ん?」
おやおや、これはどういうことでしょうか。
シンデレラがビクビクしながら私に話しかけてきましたよ。はて、私は彼女とは極力関わらないようにしているのですが。
それなのに、なぜシンデレラは私に話しかけたのでしょうか。
「なんですか?」
「そ、その……なぜお義母様とお義姉様が喧嘩しているのでしょうか?」
「……あぁ、それはですね」
なるほど、確かにそれは気になりますね。さて、何と言ったら良いのか。
お互いに貧乏くじを押し付け合ってる……と言っても伝わらないでしょう。
仕方ないのでシンデレラに城から届いた招待状を渡します。すると、シンデレラはとても興味深そうに招待状を見つめます。
「どちらが王子様の心を射止めるのか争ってるのですよー(棒読み)」
私が適当なことを適当に言うと、今度はシンデレラは「王子様……」と呟いて少し頬を赤く染めました。
……おや?
「もしかして、シンデレラ。お城に行きたいのですか?」
「ひゃう?!」
顔がボンッと音が出そうなくらい赤く染まり、シンデレラは狼狽し始めました。
なるほど、なるほど。でも確かに正常な乙女ならば城で開催される王子様との舞踏会は憧れかもしれませんね。私はリアリストなので理解できませんが。
するとシンデレラの言葉をキャッチしたのか、喧嘩してたはずの母と姉が凄い形相でこちらにやってきました。
「「シンデレラは絶対に舞踏会には連れていかないから!!」」
「……え」
二人の台詞にシンデレラは言葉を失ってしまいます。
しかし二人はそんなシンデレラにお構いなしです。
「貴女はこの屋敷に居なさい! 舞踏会に行きたいなんて、高望みも良いところだわ!!(城になんて行ったら絶対にバカ王子に可愛いシンデレラちゃんが見染められるに決まってんだろうが、大人しく家で私の帰りを待っててくださいお願いします!!)」
「お母様の言うとおりよ。シンデレラ、貴女、自分の姿を鏡で見たことある? よくそんな容姿で舞踏会に行きたいだなんて言えるわね!!(シンデレラちゃんのパーフェクトボディをこんな国の連中に見せるなんてもったいなさすぎる!! シンデレラちゃん、もっと如何に自分が他者を魅了するのか自覚を持って!!)」
うん、二人の本音が手に取るように分かるわー。
まあ、シンデレラちゃんにはそんな気持ち悪い本音は当然伝わりませんが。
ほら見てみて下さい。
「……………分かり、ました…」
シンデレラ、少し泣きながら自室に走って行っちゃいました。
あーあー、泣ーかしたー。
「「シンデレラの泣き顔、かわゆす……」」
しかし母さんと姉さんは顔を赤らめながら恍惚とした表情を浮かべています。
だめだこりゃ。
城のパーティーは3日後、このままでは一体どういうことになることやら。
さて、では今回はこれぐらいにしておきますか。