シンデレラという少女について
むかしむかし、あるところに一人の少女がいました。
容姿端麗、頭脳明晰、更には慈愛に満ちたその少女は家族に恵まれ友人に恵まれ、とても幸せに暮らしていました。
しかし、人生とはそんなに甘くはありません。
少女の母親が、亡くなったのです。
ある晩、買い物に行った帰り道での事。
今晩は何がいいかしら、と笑顔を溢した少女の母親は背後から迫り来る影に気づきませんでした。
背中に突如ナイフが刺さり、彼女の世界は一転しました。
そのまま身体の自由を奪われ、蹂躙され、あっという間に彼女の目が濁り、息絶えました。
襲撃をした犯人は金目のモノが目当てだったのか、少女の母親が死んだ事を確認してから財布だけを抜き取っていきました。
少女の母親は、とても人望のある女性でした。
故に、彼女の葬式は人が式場の外に溢れるほどの参列者の数でした。
中でも一番ショックが大きかったのは、少女の父親でした。
彼は根っからの聖人君主だったが故に、犯人を憎む事ができず、ただただ自分を責めて悲しみに暮れました。
ああ、僕が彼女と一緒に買い物に行っていれば…こんな事にはならなかったのに!!
それからでしょうか、少女の転落人生が始まったのは。
少女の父親は悲しみを紛らすために酒と賭博に溺れ、家事など家の事は全て少女に丸投げしました。
たった一夜にして醜く歪んでしまった自分の世界。
なぜこんなことに……、少女は涙を浮かべました。
そんな時、少女の父親は一人の女性と二人の子供を連れてきました。
そして、彼は少女にこう言ったのです。
――新しい、お母さんだよ
少女は耳を疑いました。
女性の方に顔を向け、少女はもっと愕然としました。
女性は、少女の母親とは正反対な人でした。
そう、雰囲気だけで分かります。
美しいには美しいのですが、それは彼女の母親の持っていた気品のあるものとは真逆の、下品な、男を誑かすものでした。
着ている服も、胸元が大きく開いて肌を露出させた赤いドレスで、彼女の母親とは大違いです。
明らかに、父親の財産目当てだと少女はすぐに気づきました。
なんで、どうして………
少女はひたすら心の中で嘆きました。
必死に再婚するのをやめるように説得したものの、全く効果は無く、少女の父親は女性と再婚し、少女には姉が二人できました。
家族が増えるのは確かに嬉しい事ですが、少女が望んだものとは全くの別物でした。
それから翌年、少女の父親が脳溢血で亡くなりました。
原因は、少女の母親が亡くなってから始まった不規則な爛れた生活習慣によるものでした。
その後、少女の父親の家も財産も仕事も全て、女性――義母が管理する事になりました。
そして、義母と一番上の義姉からの陰湿なイジメが始まったのです。
義母と義姉は少女を口々にこう呼ぶようになりました。
――醜い灰被り
上から二番目の義姉は特に何のアクションも起こしませんでした。
乏しもせず、助けもせず。
ずっと我関せずの態度を貫き通していました。
彼女の世界は、いよいよ小さく…暗いものになりました。
少女を支えてくれた父親と母親は死に、残ったのは自分にとってあまりにも残酷な世界のみ。
少女の名前は『シンデレラ』。
暗い檻の中に閉じ込められた、不運な美しき少女…………。
「ハア、ハア、ハア……………なんて可哀想なシンデレラ! でもそこが可愛いわぁ、ハア、ハア、ハア……!!」
「ハア、ハア、ハア……右に同じく!」
…………………………………………………………………………………………。
どうも。語り部の、上から二番目の無関心なシンデレラの義姉です。
私は今、とても気持ちの悪いものを見ています。
二十歳を過ぎた一番上の姉と四十過ぎの母、良い歳した二人が物陰から悲しみに暮れているシンデレラを見つめながら息を荒くしているのです。
はあ、自分の母と姉ですが、何度見ても慣れません。
いっそのこと、警察に連絡して現行犯で逮捕してもらおうかと考えています。
さて、前述したように私は上から二番目の義姉。
『シャーリー』と申します。
今回の導入部は私が作成した、これを読めばシンデレラのこれまでの人生が丸わかりなレポートを一部抜粋したものです。
まあ、あくまでシンデレラ目線で作成したので事実と異なる部分もあるのですが。
例えば、母が赤いドレスでシンデレラの前に登場したシーンがありましたね。
あの日の母はこれでもかというくらい着飾ってました。
香水も付けすぎで、危うく鼻が180度曲がってしまうところでしたよ。
おまけに念入りにスキンケアから無駄毛の処理まで一生懸命しちゃって……。
一般人からすればお義父さんのために粧かしこんでいるように見えるでしょう。
でも、違うんです。
では、誰のために?
勘の良い人ならもう分かりますよね。
そうです、全てはシンデレラのためです。
あの日の事は今でもよく覚えてますよ。
☆☆☆
「ねえ、シャーリー」
五年前の事です。
見てくれが唯一の美点である母がピンクのドレスと赤のドレスを交互に見ながら私に声をかけてきました。
「………」
この時、本を読んでいた私は完全に母をガン無視しました。
理由ですか? うざいからです。
「無視してんじゃないわよっ!」
「うぐっ!?」
ぶちギレた母が容赦ない回し蹴りを放ちやがりました。
いつか児童虐待で訴えてやるです、はい。
「………なんですか?」
「どっちが私に似合うと思う?」
どーでもいーやー。
好きにすればいいじゃんと、この時の私は思いました。
「好きにすればいいじゃん」
だから心の声をそのまま言うと、
「他人事とは良い度胸だなクソ娘えええええぇ!!」
「ぐふっ!!」
そのままアッパーを腹に喰らいました。
かなり痛かったです。
いつか仕返ししてやるです、はい。
「で。どっちが私に似合うと思う?」
また同じ質問をされました。
好きにすればいいじゃん、とはもう言いません。
同じ失敗はしないつもりです。
「母さん、どちらも着るには少々イタイ――」
――ドスッ
「………」
私はお腹を押さえて、地に伏しました。
とても、痛いです。
「で。どっちが私に似合うと思う?」
「赤で……」
「そう、分かったわ」
私が選んだのは赤いドレス。
おもいっきり娼婦みたいなドレスだった。
クククッ、そのままシンデレラに嫌われてしまえ。
「ああ、楽しみね! なんてったって、今日は愛しのシンデレラちゃんに会うんだから!!」
「さいですか……」
「ああ、今日という日をどれだけ待ちわびたことか! やっと実物に会えるのね!!」
私は家の周りを見渡します。
………シンデレラの色んなアングルからの盗撮写真に壁が覆い隠されています。
頭がおかしくなりそうです。
「今日のために念入りにサロンに通ったし、いざという時のために無駄毛処理も完璧! ……香水も念入りにつけとこっと!」
おえぇ……鼻が壊れるぅ…
臭すぎて目眩が……。
ていうか、なんか色々と本格的に娼婦みたいになっちゃったなぁ……こりゃあシンデレラに嫌われるなぁ、きっと。
「フフフッ、甘いわねお母様!!」
あ、バカが増えた。
姉がやってきました。
「見てください、このネイルを!!」
俗に言うネイルアートというものを母に見せつける姉。名前は『シルカ』です。
なんというか、デコレーションしすぎて一種のカオスを形成しています。
「クッ、中々やるわね!」
この二人の頭は穴だらけだと思います。
とまぁ、そんなこんなで迎えたシンデレラとのご対面の日。
「あの……ショコラさん?」
『ショコラ』とは母の名前です。似合わn――ゲフンゲフン。
義父は鼻を押さえながら母に尋ねました。
「どうしてそんなに……香水を?」
「シンデレラへの愛です!!」
「……そう…ですか……」
顔色を青くした義父の背中を擦る。
「ありがとね、シャーリーちゃん」
「母がご迷惑をおかけしてすみません」
身内の恥をもらってくれた義父にはとても感謝しています。
だからまぁ、これぐらいは当然のことで。
「シャーリーちゃんは良い娘だねぇ……」
涙目で私を見つめる義父。
良い娘ではなく、ずる賢い娘です、私は。
今まで私に向けられていた母からの暴力が半分ほど義父の方に傾くと思うと、つい笑みが溢れてしまいそうです。
ムフフ。
揺れていた馬車が止まると、母と姉はマッハのごとく降りて扉に食いつきました。
「お母様、私の方が1コンマほど早かったです。お手を退けてくれますか?」
「フンッ、小娘が。シンデレラに一番最初に対面するのは、義母になる私だと相場が決まっているの。しゃしゃり出るんじゃないわよ!!」
ここにきてまさかの喧嘩勃発。
醜い。
「義父さん、あの二人は放っておきましょう」
「そうだね……」
喧嘩する二人を他所に、さっさと扉を開ける。
「「あっ!!」」
次の瞬間、私は母と姉に首を絞められました。ぐえっ。
「な〜に勝手に抜け駆けしてんのかな? クソ妹」
抜け駆けじゃないです、クソ姉。
「オメェがシンデレラちゃんの顔を拝むなんざ、1億光年早ぇんだよ、バカ娘」
光年は距離の単位です、バカ母。
暫く絞められて意識朦朧としてきた時、救世主が現れたのです。
「お、お父様? そ、そちらの方々は誰です?」
戸惑い気味に義父に尋ねる救世主シンデレラ。
シンデレラが現れた途端、母と姉は首を絞めるのを即座にやめてニコやかな笑顔をシンデレラに向ける。
しかし……。
(クソ母、シンデレラちゃんの処女は私のもんだからな!!)
(ふざけんな、バカ娘。シンデレラちゃんは頭から足の先まで全部私のものだ!!)
私には互いに牽制し合っている醜い二人の姿が見えたのです。
お互いの腕を握っています。力強く。
「シンデレラ。新しいお母さんだよ」
ついに、義父の口から母が紹介されました。
「えっ……」
あ、シンデレラが傷ついた。
計画通り……ニヤリ
「う、嘘ですよね、お父様。だって、お父様はお母様をあんなに愛して……」
「すまん……母さんのことはもう愛していないんだ……」
苦しい表情でシンデレラに告げる義父。
だが私は、義父の背中から漏れ出る本音を見た。
(嘘です。今でも母さんのこと凄い愛してる!! めっちゃ愛してる!! でもね、ショコラさんヤバイの、変態なの。このままじゃシンデレラ食べられちゃう、マジで! だから目の届く範囲で監視するために再婚します。シンデレラのために、パパ頑張るからね!!)
という思念が伝わってきました。
そもそも補足すると、義父は酒にも賭博にも溺れていません。
酒は酔っ払った母さんを介抱した時の臭いが服に移っただけだし、金は母さんの多額の借金を義父が全て肩代わりしたからです。
義父は、かなりの真人間です。
「そんな…嘘だと言ってお父様!!」
ですが、事情を知らないシンデレラに伝わるわけもなく。
とまぁ、こんな感じで。
私達は家族になりました。
あと、家族になるにあたって母と姉に言われたことは。
「いいこと、シャーリー?」
「もし、私達のシンデレラに話しかけたら……」
「「容赦なくデストロイ!!」」
です。
なので、シンデレラのことはずっと無視し続けました。死にたくないので。
そして、義父は母に振り回され続けたせいか、不規則で爛れた生活習慣のために、脳溢血でこの世を去りました。
義父は、かなり頑張りました。
シンデレラを母からの毒牙から守りきったのです。
でも、義父が亡くなってから母と姉は暴走しました。
愛と憎しみは紙一重。
二人はシンデレラに憎しみを与え始めたのです。
いじめという方法で。
そして、現在に至ります。
「はあ……」
さて、今日の報告はここまでにしますか。