夢想、やがて。
死ぬならば爆死が理想だ。
病室で家族に看取られながら大往生などは最悪の最後だ。
つまり今、その最悪の最後に向かっているのか。残念ながら家族はいないが。
俺、片岡金次は病室で白い天井を見上げながら舌打ちした。
俺はまったく普通の人生を歩んできた。
普通の家庭に産まれ、普通の友人と遊び、普通の学校に通い、普通の会社に勤め、普通の末期癌になり、余命二年を宣告された。そして現在に至る。
くそったれめ、隣のジジィの鼾がうるさくて眠れん。
白いカーテンを金次は睨み、また舌打ちした。
俺の病室は鼾の老人、学生の男が押し込められている。
昨日までは四人だったが、今日の夕方、よく肥えた男が消えて三人部屋となった。
俺は一度も部屋の人間とは喋っていない。誰もこの病室では喋らない。
学生も、老人も、そして今日死んだ肥えた男もだ。
俺の三十七年間はこんな訳の分からん奴等に囲まれ、胃癌だったか肺癌だのよく分からん病気で幕を閉じるのか。くそったれ。
舌打ちが老人の鼾に掻き消された。
なんだ、このジジィの鼾は?鼻に糞でも詰めてやがるのか?
舌打ちが止まらない。
俺は仕方なく眼を閉じて理想の最後を夢想した。
シュチエーションはこうだ。
よく晴れた日の朝、俺は部屋がいくつもあるような城みたいにバカでかい家のバルコニーで白い可愛らしい椅子に座り、よく整備された美しい庭を眺めている。テーブルには砂糖の二つ入ったコーヒーだ。
悪魔のように黒く、盗んだ接吻のように甘いやつを俺は一口飲むと、いつも見ていた風景に違和感を覚える。
辺りを見回しているとサルビアが植えられた鉢の位置が昨日とはずれていることに気付く。
とりあえず鉢を元の位置に戻そうと持ち上げる。
ここからがお楽しみだ。
その瞬間、鼓膜が破けるような今まで聞いたこともないとんでもないロックンロールが流れ、辺りは光り以外見えないぐらいのライトに包まれて、俺は断末魔を歌うように叫び、辺りに飛び散る。
世界最速のライヴはアンコールも無しにパトカーやら消防車が駆けつける間もなく終演を迎えるのだ。
最高だ。最高のラストだ。俺は口の端を吊り上げ笑った。やはり最後はこうでなくては。
こうしている間はジジィの鼾も、部屋に一匹入ってきた蝿も気にならないし、癌のことも完全に忘れられる。
俺は最高の最後に浸っていると、ふと思い付いた。
城みたいにでかい家のバルコニーも無いし、白の可愛らしい椅子も、最高のコーヒーもないが、爆死はできるのではないか?
続く?