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娘と父と

  降りしきる雨の中を全速力で走る。後ろからは未だ男性が追いかけてくる。

 傘を差すぐらいなら前に進め!と制服が濡れるのもかまわず足を動かすが、そんな地味な努力では性別の差を覆せず、私はあっさりと左腕を捕まれてしまう。唯一の救いは雨のおかげで泣いているのがわからないことぐらいかな。



 「や、やっと追い付いた。どうしたの?突然飛び出して!」



 普段通りの優しい声に心が揺れる。感情に任せたらダメだ。今までの関係をくずしたくない。ただ私が我慢をすればいいだけの話なんだ。心の中で必死に感情を塞き止める。



 「女の子なんだからこんな時間にひとりで出歩くのはダメだよ」



 他意もない純粋な心配。だけどその言葉が私の感情を爆発させてしまった。



 「うるさいな!父親面しないでよ!本当の父親じゃないくせに!!」



 あ~あ。


 言ってしまった。







 私の名前は木原きはら祐希ゆうき。ちょっと名前が男っぽいてこと以外は普通の女の子だ。

 あ、そんなことなかった。母子家庭っていうのは普通じゃないんだったっけ。


 父は私が産まれる前にどこか遠くへ行ってしまったそうだ。死んだとかじゃないよ。文字通り遠くへ行っちゃったんだって。

 だから私にとって父がいないってのは全然普通のことなんだ。母はいつか迎えに来てくれるって信じてるみたいだけど、正直捨てられたんじゃないかなって思う。母は少し天然なところがあるしね。でもひたむきに父を信じる母を私は嫌いじゃない。


 そんな私の日課は学校帰りに喫茶店でコーヒーを飲むことだ。

 たまたま見つけた母と同じ名前の喫茶「Saki」これは紗希さきの娘として入らないわけにはいかないと変な使命感で店に突入。そしてどはまりした。

 コーヒーの味に惚れたとかじゃない。いつもミルクと砂糖を欠かさない私にコーヒーの味なんてわかるはずがない。なら何故その店に通うのか。

 

 それは・・・。



 「やぁ、いらっしゃい。祐希ちゃん」



 この店のマスター目当てだ!うん。もうはっきり言っちゃおう。ぶっちゃけ父親を重ねてます。もうね、このマスターが渋くてダンディーで優しくて、この人が本当に父親だったらいいなと思う。

 名前は木原きはら拓也たくやさん。そう、名字が同じなのだ!そしてそして同じなのは名字だけじゃない。



 「ごめんね拓也さん。今日も見つけられなかったよ」



 拓也さんも私の父と同じように家族を置き去りにした過去がある。友達に頼まれ保証人になって、その友達がバックれたってドラマでよくみる話。

 多額の借金を背負わされた拓也さんは妻と子供に迷惑がかからないように、離婚届けを書いて一人働きに出たそうだ。

 それから17年。なんとか借金を全額返済した拓也さんは、娘さんの姿を一目見たくて娘が通ってるであろう学校の近くに店を出したんだって。



 ここで皆こう思ったはず。もしかして拓也さんが父親なんじゃね?って。私も思った。でも、違ったんだなぁ。拓也さんの娘さんは私みたいな男っぽい名前じゃなく、麗華れいかっていう可愛いらしい名前なんだ。うらやましい。



 「また学校で探してくれたの?いいのに。でも、ありがとう」



 「だって早く見つけないと拓也さん学校帰りの女子高生をじろじろ見るの止めないでしょ。いつか捕まるよ」



 「ははは・・・。返す言葉もない。見てもわかるはずないのにね。現に祐希ちゃんを初めて見た時見つけた!麗華だ!って盛大に間違えたしね」



 「私の名前聞いてものすごい落ち込んでたもんね」



 「あの時はごめんね」



 「けど全然見つからないよ。山口やまぐち麗華さん」



 「名字は変わってるかもしれないけどね。むしろ変わっててくれた方が私は嬉しいかな」



 「嬉しいの!?だってそれって、再婚しちゃったっことでしょ!いいの?」



 「置いて行ってしまったのは僕だからね。待ってくれてるなんて厚かましい願いは昔に捨てたよ。彼女が幸せになってくれてるならそれがいいんだ」



 「そういうもん?わからないや。とにかく麗華さんは意地でも見つけてやる!一年は調べ終わったから、次は二年だ!」



 「いいよ。祐希ちゃん。先輩の教室なんて行きにくいでしょ。こんな無理な願いに付き合わなくていいよ」



 「無理じゃないよ!」



 「自分で一番わかってるんだ。女の子が産まれたって聞いたのが最後。それから連絡もとれてない。そもそもこの学校に通ってるかもわからない。彼女の母校がこの学校だったから娘もそうなんじゃないかってだけの希望的観測」



 「だ、大丈夫!きっとこの学校だよ!ほら、そんな顔しないでコーヒーでも飲みなよ!」



 「ふふっ。祐希ちゃんには敵わないな。っともうこんな時間か祐希ちゃんそろそろ帰らないと」



 「うわっ!本当だ!長居してごめんなさい!」



 「それはいいけど、外結構暗いよ?お母さんに連絡しようか?」



 「駄目!!」



 「えっ?」



 「あ、いやあの。お母さん仕事で疲れてるだろうから」



 「そっか。それなら僕が送るよ」



 「それも駄目!!」



 「え!?」



 「いや、あの拓也さんは店があるから」



 「二時間ほど前に閉めてるけど」



 「あぅ。と、とにかく駄目なの!じゃまたね!」



 「あ、ちょっと!祐希ちゃん!」



 急いで店を飛び出す。危ない。危なかった。私が今一番恐れていることは母と拓也さんが出会うこと。相性が悪そうとかじゃなくその逆。相性が良すぎて、いろいろと進展してしまいそうなのだ。

 二人にとってもその方が幸せなのかもしれない。母さんには捨てた父のことなんて忘れて、新しく自分の幸せを見つけてほしいという思いもある。けど、けれども。



 「母さんのことを言えないな」



 いつか父が迎えに来てくれる。心のどこかで私もそう信じてるみたいだ。

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