表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カルト・ヤヤンの村

作者: 七夕ハル

 カルト・ヤヤンという村の話。

 カルト家の拓いたカルト・ヤヤン。今は、カルト家の血筋も絶えて権威なき自由を手にした。一方で、新たな力(それも、いかがわしい力)を持とうという人々も出てくる。その人々を村人は『クーシキン』と呼んだ。古サンチアン語で”はぐれオオカミ”という意味だそうだ。誰が最初に、そう名付けたかは、わからない。とにかく、皆が言い始めた。当初、こう呼ばれるのを皆嫌ったが、若者連中の1人、ググニアス・パラメメディアがクーシキン党という厄介なものを作り上げてしまった。変に若者の間で人気のあったググニアスは、国の軍隊生活から帰ってきてから、一種の独裁者のようにふるまった。戦争の後で混乱していたし、多くの戦死者をカルト・ヤヤンは出した。その償いを誰に求めるのか?に関して、ググニアスの考えは支持された。ググニアスという男は、力にあこがれていたが、強いモノに取り入るという発想は、なかったに違いない。終始、国と敵対していた。

 国を支持する村人たちは、バウリム・センを旗印に、クーシキン党と争った。もっとも、村人同士は、お互いを尊敬していたし、誰も戦いなんて望んでいなかった。それでも、ググニアスが死んだ時、内心笑みを浮かべた村人もいただろう。パウリム・センは直ちに、ググニアスの葬式を盛大に行うと、和解を呼びかけた。こうして、国との対立も終わり、平穏な日々がやってきた。ついに鉄の結束を誇ったクーシキン党が瓦解した。



「どうしてる?レナム」

 ベニスレードとレナムが会うのは、ググニアスが死んで、はじめてのことだった。

「どうもしてないわ。私は、いつだって生きている」

「村の争いの元凶が君だってことに誰も気づいていないようだね」

 ベニスレードの言葉を待たずにレナムは、笑い出した。華やかな笑い。ベニスレードは、この笑顔のせいで、女の本性を見抜けなかったのだ。

「私じゃないわ。バウリム・センもよくわかってくれてる」

 レナムは、狡猾な狐のような目をしてベニスレードを見る。その視線は、どこか遠くを見るようで、”どこも見ていない”世捨て人の光だった。その目を見ると、ベニスレードの胸にレナムの苛烈さが突き刺さる。

「次は、バウリムか。いい加減にしろ」

 レナムを止めたいベニスレード。だが、実際問題、どうするか、この男には計画がなかった。この愚直さをレナムは愛し、同時に憎みもしたのだろう。今となっては、2人は最もお互いを知りながらも、最も遠い望みを抱いている。

「あなたが立ってくれれば、私もね不倫なんてしなかった」

夕闇がまもなく、完全な黒に染められる。その時間が迫っているのをベニスレードは、泣きたくなる。バウリムの寝床に行くだろうレナムを、まだ愛していたのだ。でも、その種類の愛を持つため、ベニスレードは不幸になる。普通、愛を持つだけで、幸せになれるという。愛する人の幸福を願うだけで。しかし、レナムが進んでいるのは、破滅への崖道だった。いつ落ちても、レナムは、ただではすまない。それをベニスレードは、わからせようとするのだけれども、決してレナムには通じないのだ。

 バウリム・センは、表向きは国に大幅な譲歩を迫っていたが、その約束を村人にむけて実行する気はなかったようだ。ググニアスを失ったクーシキン党は、もはや、瓦礫の残骸のように朽ちていた。ベニスレードには、クーシキン党を知り尽くしたレナムの入れ知恵だとわかっていたが、何も言わなかった。レナムとベニスレードの間には、まだ唯一希望があった。赤ん坊のジャハティムだ。彼の世話は、乳母がやってくれた。ベニスレードの家にレナムが残していった唯一の宝であった。

 レナムと会うチャンスは、もうベニスレードにはなかった。レナムの周りには、取り巻き連中が、いつもいた。時によっては、バウリム・センがいた。

「こいつが、レナムの夫かい。女に捨てられた男なんて、みじめなもんだな」

 取り巻きたちは、ベニスレードを見ると、いつも笑い出す。こんな侮辱など、ベニスレードにとっては、蚊ほどのこともない。レナムも一緒になって笑う。それが、男を苦しめた。2人の関係は、教会の知るところになり、2人の正式な離婚を司祭もすすめた。だが、ベニスレードは、何も言わずに、首を振った。レナムのほうでさえ、「私がもしバウリム・センのものになったら、彼の次はどうするの?」と思ったのだろうか?ベニスレードとの離婚を持ち出すと、眉をひそめるのだ。

 やがて、バウリム・センは村人にたいして、非道な行いに出る。国のほうで、また始まった戦争に、若者たちを出そうとしたのだ。ちょうど、この頃、名前だけになっていたクーシキン党を立て直す女が現れた。ベニスレードの姪カカーツ。髪飾りのカチューシャをトレードマークに、優れた弁論術で村人の支持を得た。

 バウリム・センは「あの女を村から追放しろ」と命令したが、部下たちは誰も戦争に行きたくないものだから、バウリム・センを見捨てた。そして、その時レナムもベニスレードのもとに帰ってきた。結局、バウリム・センは村から追放された。

「レナム。なんで帰ってきたんだ?」

 あるとき、何事もなかったように夫婦生活を始めたレナムにベニスレードが聞いた。

「私は、あなたの妻ですよ」

 レナムは本当に奇怪な女だ、とベニスレードは思う。ミステリアスな女だからこそ、惚れたのかな。ベニスレードは己が、何故レナムを愛しているのか、よくわからないのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ