対面
「え…」私は現実が受け入れられず、固まってしまった。
「どうぞ」院長は涼しい顔で彼を招き入れる。
「はっ、失礼します」
私は思わず彼を凝視してしまった。
スラリとしたモデルのような体型、ダークブラウンの艶やかな髪はサラサラ。赤茶色の瞳は美しく、きめ細やかな肌、ぽってりとした唇。
…間近で見ると、ホントにイケメン。
そう、彼こそが私の隣のクラスで神谷くん、神谷くんと女子にきゃあきゃあ騒がれている謎の転校生、神谷春樹。彼も私と同じ側の人間だってことは知ってたけど…。
「す、すみません。院長先生、これはどういうことですか?彼と私が…ぺ、ペアを組むってことですか」
面食って慌てて問うと、そのことは彼もまだ聞いてなかったようで「…は」と目を見開いている。
「そうですよ、これからは極力二人で任務を遂行して下さい。取り敢えず、初のペア任務は明日にします。今日はお互いの自己紹介をして下さい」
院長は口元に微笑みを讃えてそう言った。
(…目が笑ってない。)
これは本気なんだ…いや、この人は元から冗談なんて言う人じゃなかったよね…と、自分で自分にツッコミを入れながら「…分かりました」としおしお頭をさげる。
院長は軽く頷きながら神谷くんの方を見た。
「で、貴方は?…まあ勿論決定事項だから文句は受け付けないけど」
神谷くんは渋々と言った調子で、「分かりました」と一言。
「ではもういいですよ、下がりなさい」
満足そうに頷きながら院長はそう言って口を閉じ、デスクの上に山積みの資料に目を落とす。
「…はっ、失礼します」
二人で敬礼して部屋を後にする。
「………………………………」
廊下を歩いている間、何も言わない神谷春樹。
男子棟のエレベーターと女子棟のエレベーターの分岐点で別れようとした時、
「…神谷春樹。一年五組、出席番号六番。…スナイパー」と、ボソリと喋ったのを聞いて振り返る。
「…へ?」
「……自己紹介。命令だから」
目が面倒臭いと訴えてる。命令でなければやる気などない、と言っているようだ。
「あ、…黒澤連翹です。一年四組。担当は近距離暗殺で…主に銃剣」精一杯の声で言うと、彼は「…ふーん」と私を見つめた。
「あ、あの、何か…?」赤茶色の瞳に吸い込まれそうになり、思わず聞くと「…ま、宜しく」とそっけなく言われた。
じゃ、また明日。そう言って彼は背を向け、エレベーターに向かっていく。
「さ、さようなら…?」戸惑いつつも返してエレベーターに向かう。
エレベーターに乗りながら、思わず溜息をついた。…まさか、こんな形で彼と繋がるなんて…。それにしても、どうして院長生生は私達をペアにしたんだろう。新たな疑問を抱えつつ、部屋に戻った。
「おっ帰りー」「むー、乙」「お疲れ」「お帰り」「おぉ、おつー!」
なんだか声が増えている。
「あれ、ほんとに早いね。お疲れ」
「んー、まあねー。今日は案外早く片付いたから」そう言いながらポテチを口へ放るのは、長い髪をポニーテールにまとめている里緒奈。
「そうだったんだ。仁香と梓も?」
黒いマフラーを巻きながら聞くと
「私は簡単な任務だった」物静かでエアリーショートがよく似合う仁香。
「イエス、ウチも楽だった」とにかく明るくておちゃらけた喋り方をするのは、クリンと丸くて大きい目、ツインテールの梓だ。
「ところでさぁ、汀と真弓は今日随分のんびりしてるけどいいの?」仁香の下のベッドでゴロリと寝っ転がりながら梓が聞く。
「あ、今日は私達無いから」
「えーーーっ、ずっる!」
「はあ?いっつも頑張ってるからよ」
しっかり者の真弓、そして何処か抜けた感じがするのは小柄な汀。
―――そして、私、黒澤連翹。この六人がルームメイト。
え、何のって?
そういえば理由を言ってなかったか。
…私達は、防衛省管理下児童養護施設「方舟」の子供。物心ついた時にはこの部屋で、このビルで、食事をして遊んで…そして、政府の依頼を受けて殺しをしてきた。
私達は殺し屋。只の殺人傭兵で、政府の命令に従うだけ。でも、私達にとってそれは生活の一部であり、生きる意味であり、そして私とこのルームメイトなどの仲間を繋げているのだ。
嫌だと思う理由も、断る理由もない。むしろ、そんなことでもしたら私達はここにいる意味がない。生きてる意味がない。
「私、行ってくるね」
と、ドアを開ける。
「帰る頃には寝てると思うから気をつけて」
わかった、と苦笑いしながら出る。いつもの事だ、寝ぼけた汀が武器を手当り次第投げてくることに気をつけろという意味である。
(……気をつけるって言っても。)
殺し屋としての私達の制服は、黒いネックの長袖に、女子はベルトとショートパンツに靴まで繋がったタイツ。全て特殊な生地で出来ているため軽くて空気抵抗が少ない。
「おっす、行ってら」
エレベーターを降りると、お風呂から上がったらしい、スウェットにハンドタオルという格好の青山くんにばったり会った。
「あ、うん」
青山くんは私の尊敬する人間の一人でもある。
クラスでは「方舟」だとも気づかれないくらい元気で明るく、何かの行事ではリーダーを任される。
すごいな、なんて思って何時も彼を尊敬している。私にはクラスの中心にいる彼が眩しく映っていた。
「そーいや、お前の。修理から返って来てたぞ」頭をタオルで覆い、男子棟エレベーターの方へ向かいながら言った。
「え、あ。ホント?ありがとう」慌てて礼を言うと彼は振り向いて笑った。
ドキン。
………え。何今の…。
健康的な肌、短く綺麗に襟足で刈られた短髪。青山くんの振り返る姿が私の脳内でスローに再生される。
…なんだろ。
自分の感じたことのない気持ちだった。まだ、自分に知らない感情があるのか。
(…………。)
耳が熱くなるのを感じる。
「じゃ、俺戻るわ」
そう言って彼は背を向け、ひらひらと手を振った。
広間の舞台に上がり、中央の僅かなへこみを足で押す。
ウイィン…という機械音とともに床の一部がスライドして地下へつながる階段が現れる。
暗殺術として体に染み付いた技、ナンバの為、私達は足音というものがない。階段を下りて、ひんやりとした地下に降り立った。
「おやおや。連翹さんじゃないですか。今日もお仕事?」
薄暗い地下の中央にある丸テーブル。そのスポットの下でナイフの手入れをしながらこちらに話しかけてきたのは、
「……テュエールさん。こんばんは」
「よそよそしいですねえ」
薄笑いを浮かべているのは、フランス語で「殺し屋」のテュエール。
本名は不明で、生まれも育ちも全くわからない謎の人だけど、日本人離れした顔立ちでとっても美男子。年齢も不詳だけど、少なくとも私が覚えている限りでは、全く見た目が変わらない。
「そうだ、修理の終わった武器、さっき黃楽さんが置いてきましたよ。ほら」と言って、丸テーブルを示した。
「あ、有り難う御座います」
テーブル上を見ると、種類も大きさも違う様々な武器がきちんと並べて置かれている。
「…あった」
真ん中辺りに置かれている銃をとる。私の相棒、Mk.22だ。
暗殺部隊でよく使われ、M&Wのバリエーションの一つであるMk.22は、スライド音が殆ど無いサイレント銃。しかし、サプレッサーを取り付けるためにも、連射ができないという欠点がある。
――――でも私はこの銃を使い続ける2つの理由がある。
ひとつは、私は一発で必ず仕留めるから。
ここだけは、消極的かつ引っ込み思案の私が胸を張って言えること。
もうひとつは……。
…この銃は、名前も顔も知らない母親の唯一の形見だから。私は親も暗殺者だったということしか知らない。でも、この銃で私は今日まで仕事してきた。一回のミスもなく。
ロックされたトリガーを軽く引いてみる。
弾をまだ入れていないので幾分か軽い。
「そういや、あしたから連翹さんもペア任務なんですってねぇ、しかも相手はなぞの転校生、
神谷春樹くん。…大変ですね」
彼が言うと、あまり大変そうには聞こえない。
「そうですねー、あはは」
軽く笑って、武器庫を出た。
謎な人はたくさんいるが、この人は特に謎が多い。ほんと、二人きりになるのは御免だ。
―――――午前零時過ぎ。
高層ビルの屋上から都市の灯りを見下ろす。
一陣の風が吹いて、マフラーが柔らかく揺れた。
……ここは、白葉市の「壹」地区。白葉市は、壹から拾の地区に分かれおり、数字が小さいほど裕福な人々が暮らしている。
因みに、白葉学園は「弐」地区にあり、「方舟」も同じ地区内にある。
富裕層のみが暮らし、夜に活気づく「壹」は夜景が美しく輝く金の街。
「今日の仕事は…」
制服の内ポケットのひとつから薄い紙切れを取り出す。
「…うわぁ」
思わず顔をしかめる。
明日は重要な任務なのだから、普通は簡単なものを出すはずなのに。
よりによって、思いっきり殺すやつじゃいか。
ひとつため息をついてから、紙をライターの火で燃やす。
深呼吸。
よし。
行くか、この、美しくも醜い街へ。