下
「出てけー」って、化粧品とかハードカバーの本とか、そこらに置いてたものを投げつけた。
そのどれかがマグカップにヒットして、転がるマグからコーヒーが溢れて、ベージュのラグが黒く染まっていくのを、腕を押さえたコウくんは黙って見ていた。
コウくんのその眼差しに、私は感情を高ぶらせながらも、何となくヤバイ予感はしていた。
けれど、どうにもブレーキが効かなくて、少しずつ溜まっていった澱のような暗い気持ちを押さえられなくて、キーキーわめき続けたよ。
滅茶苦茶な事も言った。
それが三日前の出来事。
何となくバツが悪くて顔を合わせないようにしていたから、そうか……。
コウくんがちゃんと見た最後の私の顔は、つり上がった目のヒステリーな姿だった訳か……。
コウくんが突然仕事を辞めたのは一年前。
その内に家賃が払えなくなって、私のアパートに転がり込んできた。
「お互い気を使わずに、気楽に暮らそうね」
彼が越してきたあの日、確かに私はそう言った。
コウくんを元気付けて励ましたくて、そう言った。
コウくんの再就職先は、ずっと決まらなかった。
あ。
もしかして、仕事が決まって……。
出来れば、そうあって欲しい。
私の気持ちが楽になる為にも。
さぁ、この一匙で二皿分完食だ。
美味しくても、流石に胸焼けするね。
時間も時間だし。
頼りないところも、不器用なところも、大好きだった。
大好きだった。
医療機器をリースする小さな会社の事務職で衣食住の全てを賄っている私に、そんなに余裕があるわけは無い。
何をするでもなく家に居続ける(私の目にはそう見えていた)コウくんの存在は、全ての面でどんどん重くなっていった。
私がバンバンお金を稼げる遣り手ウーマンだったり、お金が無くても「何とかなるさー」って、笑いとばせるような包容力があればよかった。
そんな人なら彼が居なくなって苦しいはずなのに、何処かホッとしたりなんて、しないんだろう。
居なくなった彼を探して、駆けずり回るんだろう。
帰宅してメモを見つけて、彼の荷物が無くなっているのに呆然としながら、そうだ!シチューを作ろうと思い立って、夜中煮込み料理を始めたりしないんだろう。
苦しいよ、コウくん。
ごめんなさい、コウくん。
私は探しに行きません。
クリームシチューはまだお鍋に半分も残っている。
ホタテ入りのシチューは、コウくんの大好物。
外は薄日が射してきた。
夜が明ける。




