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新生活、スタート

 大学一年生の春。まだ大学に入学したばかりの俺は今、人生最大と言っても過言ではない困った状況におかれていた。

 一人暮らしの自室に、今日初めてであった女の子と二人きり。しかもその出会い方が、自室のまで全裸で眠っていたところを連れ込むといった、傍から聞いたら犯罪丸出しの方法である。そんな女の子、月乃は今床で寝息を立てて眠っているが、これから一体どうすればいいのだろう。


一、起こす

二、しばらく様子をうかがうため放置

三、襲う


 俺の頭の中で三つの選択肢が出てくる。一はちょっと無難すぎるな。起こした後でどうするかという問題も残る。二はこれからどのようにキャンパスライフを送っていくか計画も立てれるため理想かもしれないが、はたして俺の理性がそれを許せるのだろうか。となると、理性のかせを取っぱらって三か。うむ、なかなかおもしろそうな選択肢だな。エロゲーだったら確実にイベント発生だぜ。いやっほぅ!

 そう心の中で決めたはずなのに、俺の体は女の子を放置してパソコンへと向かった。勉強机の上に鎮座したノートパソコンの電源を入れて、インターネットを開く。心の奥底では欲望が選択肢の三を主張しているが、俺の理性はまだ健在だったようだ。まあ、夢のような体験をした後、犯罪者として地獄の人生を送る羽目になったら本末転倒だしな。うん。

 俺は自分の理性に感謝しつつ、パソコンを操作して大手通販サービスのサイトを開く。そこの検索欄に「女性 服」という文字を打ってエンターキーを押した。ほどなくして、様々な商品が画面上にずらりと並ぶ。さすが有線光ファイバー。回線速度が速くて助かる。

 俺がこんなページを開いたのは、月乃用の服を購入するためだ。帝釈天は月乃にさびしい思いをさせてはならないと言っていたのだから、これからは基本月乃と行動を共にすることが多くなるはずだ。後々どうなるかは分からないが、おそらくはじめのころは月乃と大学に行くことにもなるだろう。そんな時、さすがに俺の服を着せて隣を歩かせるわけにはいかない。俺は画面をスクロールしながら、手頃な女性用の服がないか探してみた。

「つか、今の女子ってどんな服着るんだ?」

 正直俺はファッションに疎い。自分の持っている服でさえ、チェックのシャツやジーパンなどファッション性に欠けるものが多い。そんな俺が女の子の服でどれがいいかなどわかるはずもなかった。

 どれを選べばいいのか悩んでいるところへ、う~ん、という妙になまめかしい声が聞こえた。勢いよく振り返る俺の首。そこには、眠そうに眼をこすりながらおき上がる月乃がいた。やば、なんかエロい。

 俺の頭がピンク色に染まりかけている間、月乃は完全に体を起して周りを見回した。まだ意識がはっきりしていないのか目が半開きである。しかしその視線が俺に移った時、一気に意識が覚醒した。

「あ、直人さん。おはようございます」

 寝起きなのにやたら元気な声で挨拶してくる。そして何かを探すように周りをきょろきょろ見回した。

「あれ、帝釈天様は?」

 どうやら月乃は自分のおかれた状況を思い出したようだ。しかし、すでにこの部屋に帝釈天はいない。

「帝釈天ならもう帰っちゃったよ。次に会うのは四月三十日じゃないかな」

 そう答えながら、俺は勉強机の上にあるカレンダーを見る。今日が四月十五日。あと二週間後である。

「ええ! もう帰られたんですか? まだ私、この世界の事なにも教わってないです」

 心底残念そうにする月乃に、俺はとっさに危機感を覚えた。帝釈天に会えなくて、寂しさを感じたら月乃が死んでしまうかもしれないのだ。

「いや、それなら俺が説明するから。それに、少し経てばまた会えるし」

 言いながら、寂しさを紛らわせる言葉じゃないなと自分で後悔する。それでも、月乃の反応は思ったよりも良かった。

「本当ですか? じゃあ、さっそく質問したいことがあるのですが」

「いいよ。何でも聞いて」

 笑顔でせがまれて、俺は思わずうなずいてしまう。女の子耐性がないとついつい言いなりになってしまうな。こんなんでこれからやっていけるのか、俺。

「あの板は何ですか? なんであの中に人がいるのでしょう?」

 月乃が指したのは、つけっぱなしになったテレビだった。なんとなくその質問が来ることは読めていたので、俺はすらすらと答える。

「あれは、遠い場所の景色を映す板。テレビって言って、ここじゃない場所にいる人が話してる様子を今は映してる」

 へえ~、と月乃は感心したようにテレビを見る。月から来たから当然だが、テレビも知らないとか結構深刻だぞ。もっと予習をさせてから連れてこいよ、帝釈天。

 そんなことを言ってても始まらない。それより、まずは目の前の問題を片付けよう。俺はテレビに夢中になっている月乃を手招きして呼んだ。

「ちょっと、こっちきてくれる?」

「はい、何でしょう」

 テレビを熱心に見ていた視線を外して、俺の方によってくる月乃。その月乃に、俺は目の前のパソコンを見せる。画面には、さまざまな女物の服が並んでいた。

「服を買おうと思ってるんだけど、えーと、どれがいい?」

 ちょっと突拍子もない質問だったか? と不安に思ったが、月乃の関心は服には向かなかった。正確には、その画面にも興味のベクトルが向いていなかった。

「うわあー。なんですこれ? たくさんボッチがついてます。なにやら変な記号もたくさん……あの、これはどういったものなのでしょう?」

 月乃が興味しんしんなのは、パソコンのキーボード。そのボタンを押そうと今にも手を伸ばしてくる。俺は変な捜査をされてはたまらないと、すぐさまパソコンを離脱させる。いかん。テレビよりも高度な機械類を見せるべきじゃなかった。

「えっと、これはパソコンって言うんだけど、なんて言えばいいのか。とにかくいろいろなことができるものかな。で、あんまり変に触ると壊れちゃうから、ちょっと触るのは我慢してね」

「そうなんですか。ところで、いろいろとは例えばどういうことができるんです? お餅もつけるんですか?」

 いや、なんでそこで餅つきが出てくるの? そりゃパソコン自体を槌の代わりにすれば餅はつけるかもしれないけど。世界初、鈍器としても使えるパソコン! みたいなうたい文句が俺の頭の中に浮かぶ。いや、需要ねえだろ。

「ちょっと餅はつけないかな。もっとこう、文章を書いたり、テレビみたいに遠くの影像を見たりできるんだけど」

「これも遠くのものを映せるんですか? でも、てれびにはないボッチがたくさんついてます。これは何ですか?」

 だめだ。この子に付き合ってたら本題に入れない。高等機器の説明はまた後にして今は片付けるべき問題を片付けよう。

「ごめん。それは後で説明するから、とりあえず今はこの中から着たい服選んでくれない?」

 俺はパソコンの画面を月乃の前に無理やり付きだす。月乃は少し驚くが、すぐに画面を見てくれた。しかし、問題はそこで終わらなかった。俺は、自分の考えがいかに甘いかを、月乃の次の一言で思い知らされることになる。

「あの、服ってどれのことですか?」

 ………はい?

 月乃の疑問に、俺は体が固まってしまう。いや、いくら画面に映っている物だからといって、どれが服かはわかるでしょ。

「え、ここに映ってる、これとか、これとか」

 俺はパソコンの画面に映し出されている服を一着ずつ指差していく。しかし、月乃は首をかしげるばかりだった。

「それが、服ですか? この服もそうなのですが、私が都で着ていた服とは少し違います」

 月乃が今着ている服を引っ張って説明する。その言葉を聞いて、俺は月乃に服を着せようとした時を思い出した。あの時も服の着方がわからないと言っていたが、まさかこれだけの種類の服を見ても、それを服だと認識すらできないとは。

 俺はどうすればいいのか頭を抱える。服を服だと認識できなければ、例えかったとしてもそれを着てもらう事ができない。また俺は裸を見ながら幼児のお母さんよろしく服を着せてあげなきゃいけないのか。俺の理性の限界を試すゲームとしか思えん。

「じゃあ、月ではどんな服を着てたの? まさか裸だったわけじゃないよね?」

「裸ではありません。ちゃんと帝釈天様にお召し物をいただいて、それを着ていました」

 その答えに、俺は安堵する。初めて会った時は裸だったから、月では全裸で過ごしていた可能性も考えた。さすがにそれはなかったか。

「私が着ていたのは帝釈天様が着ていたような服です。色はもっと赤系統のものが多かったですが、形はあれと似ています」

 その言葉を聞いて、俺はまさかと思う。全裸は全裸で問題だったが、それはそれで問題だ。俺は念のため、パソコンを操作して一枚の写真を月乃に見せた。

「まさか、着てた服ってこういう奴?」

「あ、はい。こんな感じです。こちらの世界にはないと思っていましたが、ちゃんとあるなら安心しました」

 月乃は自分が求めていたものを見つけられて大満足のようだが、俺は逆に頭を抱えたくなった。帝釈天が着ていたのは袴。そこから連想して、女性物の着物の画像を月乃に見せたのだが、それが大当たりだったらしい。しかし、和服か……。

 目の保養にはなっても、さすがにそれで外は歩けない。祭りなどのイベントがある時ならまだしも、毎日はちょっと無理がある。

「一応聞くけど、着るならこういうのがいいよね?」

「はい。というか、この服は少し軽すぎる感じがします。腰の部分も緩いですし、落ち着きません」

 そりゃ帯がないから腰の部分はゆとりあるけどさ。むしろ洋服ってそこが売りなんじゃないのかな。いや、そんなこと言っても始まらない。でもとりあえず

「悪いけど、この服は却下で」

「ええー! なぜですか?」

 月乃がショックを受けて尋ねてくる。そんな月乃に俺はにべもなく言った。

「こんな服着てる人こっちではいないから目立っちゃうんだよね。だから悪いけど、この中から好きな服選んで」

 俺はそう言ってパソコンを先ほどの画面に戻し月乃に見せる。月乃はしょんぼりして画面を見るが、やがてふるふると首を横に振った。

「こういう服は今まで見たこともないので、選べません」

 表情だけでなく声までも落ち込んでいる事がよくわかる。選べないという言葉は本当だろうが、選ぶ元気が出ないということもありそうだ。素直でわかりやすいのはいいが、そんな顔をされては困ってしまう。そんなに和服が諦められないのだろうか?

「せっかくこっちの世界に来たんだから、こっちの服も着てみるのはどう? いつかは帰っちゃうんだし、今だけ着れる服も着とかないと」

 ちょっと強引だが、そんな提案をしてみる。すると、月乃は少ししてからまた笑顔を取り戻した。

「そうですね。せっかく下界に来れたんですから、こういう服も着てみないと」

 思ったよりも簡単に納得してくれたようだ。どうやらかなり単純な性格だと見える。世話をする身としてはこれほど楽な相手はいないからいい。

「でも、この世界の服は私にはわからないので、やっぱり自分で選ぶのはちょっと難しいです」

 月乃が画面に並んだ服を困った表情で見つめる。いや、もしかしたら画面を見ているだけでどれが服なのかは認識していないかもしれない。さっきも画面を見てどれが服かわからないって言ってたし。

「じゃあ、俺が適当に選んじゃっていい?」

「はい。よろしくお願いします」

 そういって月乃は頭を下げ、ちょこんと座っていた。それを確認してから、俺はパソコンの画面を操作して適当な女性物の服を選んでいく。

 正直、服選びだけでこんなに苦労するとは思っていなかった。ただ適当な服を選んでもらってから、それを選択して買うだけだと思っていたが、まさか和服と洋服という種類から選ばなければいけないとは。こんな調子では、これからの実生活の大半を俺は説明に費やすことになりそうだ。それは困るんだけど……。

 げんなりする俺だったが、これはまだ序の口だった。ここから月乃の猛烈な質問攻めが開始されることになる。

 まず、操作しているパソコンのことについて説明を求められた。画面が切り替わったりマウスが動いたりするのを見て、月乃がどのような仕組みになっているのかを尋ねてきたのだ。さきほど一度断っていたためむげにもできず、俺はごく簡単なパソコンの説明をすることになった。

 そして事はパソコンだけでは終わらない。必要なものを注文したあと、まだ今日の夕食を食べていないことに気付いた俺は、とりあえず買い置きのカップめんでも食べようと思った。そのお湯を沸かすときに使うコンロの仕組みから、お湯を入れただけでできるカップ麺の仕組みまで、事細かに月乃に尋ねられたのだ。カップ麺ができる仕組みなど知るはずもなく、わからないと答えたら答えたで、こんどは作り方を知らないカップ麺をどうやって作っているのかということを尋ねられた。そういった数々の質問を乗り越え、月乃も一緒にカップ麺を食べ終わり片付けを済ませたのが

「もう十一時半。バイトの面接から帰って来たのが八時くらいだったから……」

 帝釈天の登場や服の注文の時間を差し引いても、カップ麺を食べ終わるのに一時間半はかかっていることになる。普段ならこの三分の一も時間はかからないはずなのに。しかも

「食べ終わったらまたすぐ寝ちゃうし」

 「おいしい」を連呼しながらカップ麺を食べていた月乃は、はしゃぎ疲れたのか俺が後片付けをしている間に床で寝てしまっていた。月では布団で寝るという習慣はないのだろうか。

「それにしても……」

 冗談抜きで、毎日こんな質問攻めにされてはかなわない。何をするにも時間がかかるし、自分のやりたいことを落ち着いてできない。なにより、説明するという作業は思いのほかエネルギーを使う。これではすぐに俺が疲れ切ってしまう。

「あの爺さんも、大変な仕事を押し付けてくれたな」

 そうぼやいて、寝ている月乃の顔を見る。その顔は何の悩みもなさそうに、穏やかな表情で寝息を立てていた。その顔に見入ることしばし、ふと、俺の中から先ほどの疲れ切った気分が消えた。

 マシンガンのような質問の嵐。尽きることのない疑問。しかしそれは、この世界への興味、好奇心の現れでもあるように思えた。俺が質問に答えることが大変なように、この子も聞いた答えを知識として蓄えていくには相当な労力がいるはずだ。しかし月乃は、そんなことを感じさせない勢いで俺に話しかけてきた。この世界のことを知識として吸収していった。知識が一つ増えるたび、疑問が一つ解消されるたび、とてもうれしそうな顔をして。そして、また次の質問をぶつけてくるのだ。その笑顔は、正直、悪くないと思う。

 もう少し質問が少なくなれば楽になるというのは素直な俺の気持ちだ。ただその一方で、月乃の笑顔を見ていたいという気持ちも俺の中にはある。そんな単純な自分の性格に、男としての性分に、あきれるような気持も少しはある。それでも、俺はその気持ちに逆らわない。月から来たこのかぐや姫の笑顔を拝むため、明日からも頑張って質問に答えようという意欲がわいてくる。

「まあ、ちょっとの間頑張りますか」

 期限は四月三十日。残された時間は少ないかもしれないが、少しでもこの子の笑顔が見れるように、俺は決意を固めるのだった。


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