始まりの始まり
タイトルが少し臭くてすみません。
タイトルつけるセンスがないので、どうかご容赦ください。
月乃が月のクレーター? その事実が、俺の言葉を失わせていた。
帝釈天の言葉が正しいとすれば、俺たちが今まで見上げていた月の模様は今目の前に立っている月乃だということになる。そして月乃がここに来たから、その模様も見えなくなってしまった。見えなくなったという事は、模様を作っていたクレーターがなくなったことを意味している。帝釈天の言っている原理はいまいちよくわからないが、月乃の存在と月のクレーターはリンクしている、あるいは同一のものということになる。
「あの、直人さん? 大丈夫ですか?」
黙り込んでしまった俺を見て、今まで説明を聞いていただけの月乃が心配そうに尋ねてきた。その無垢な瞳に、俺は思わず尋ね返してしまう。
「いや、大丈夫かって……。今の帝釈天の説明聞いてて何とも思わないの? すごい事件の当事者なんだよ?」
「? そんなに大変なことなんですか?」
そんな危機感ゼロの言葉に、俺は肩透かしを食らった気分になる。いや、大変な事だけど……。
「だって、君は世界中で大騒ぎになってる事件の当事者なんだよ?」
「ええ? だって、私は帝釈天様にお願いしてただここに連れて来ていただいただけですよ? それが大事件なんですか?」
その無自覚な言葉に、俺はまたも言葉を失った。この子まさか……
「えーと、月乃、さん? 今の帝釈天の話理解できた?」
「はい。つまりは私は違う世界からここに連れて来ていただいたという事でしょう?」
それきり月乃の言葉は出てこなくなる。だめだ、根本的な問題を理解していないっぽい。
「あの、一応聞くんだけど、クレーターの問題は?」
「ああ、それ、先ほどから気になっていたんですよ。クレーターってなんですか?」
その言葉に、俺はがっくりと肩を落とす。やはり大切な部分を理解していなかった。気になってた事を口にできてうれしそうにしてるとこ悪いんだけど、こっちはそれどころじゃないから。
そんな俺の肩に、後ろから手がおかれた。振り返ると、帝釈天が先ほどよりも楽しそうな笑顔を俺に向けていた。
「なんか、楽しそうですね」
げんなりした俺の言葉に、帝釈天は肩を揺らして笑う。
「うむ。なかなか楽しいやり取りじゃった。かみ合わない話しほど、見ていて面白いものはないの。ただ話しを戻すと、月乃と同じようなスタンスで構えてほしいという事をわかってほしい」
はい? と俺は表情だけで聞き返す。いやいや、こんなおとぼけ状態で構えてちゃだめでしょ。月乃は可愛いからゆるすよ。でも俺は可愛くないから世間に許してはもらえない。いつだって損な役回りや責任は男性に押し付けられるのだ。世の中の女の子はうらやましいな。
「まあ、そんな顔をするでない。今回の件で、おぬしが何かしら疑いをかけられたりすることはない。考えてもみなさい。誰が今の突拍子もない話を信じるんじゃ?」
まあ、言われてみればその通りである。俺はいろいろとありえない現象を目の当たりにした当事者だから幾分か信じられた話しでも、この現場に居合わせていない他の人にしてみればただのバカ話である。仮に俺が警察にこの話しをしたとしても、ラリッて頭がおかしな人だと思われるだろう。検尿コップを差し出されて病院送りにされるのが落ちだ。
「つまりはそういう事じゃ。そういうわけで、ここからようやく本題に入ろうと思う」
そういうと、帝釈天は一つ咳払いをして間を開ける。なぜかその咳払いで、今まで俺の中にあった妙に深刻な空気がなくなった。いや、俺を取り巻いていた空気がリセットされ、ゼロになった、そんな感じだ。
「まず、これから月乃はこの世界でしばらく暮らすことになっておる。その間の世話を、おぬしに頼みたい」
え? 今なんかすごい言葉が聞こえたような気がする。月乃の世話?
「世話じゃ。月乃はこの世界の生活に当然疎い。その月乃の生活を助けてやってほしい」
マジで? 俺は自分の耳を疑う。なんだこのライトノベルにありがちなラブコメ展開。謎の美少女の世話? これで便宜的ではあると言え、月乃とお近づきになる理由ができた。それ以上に、一緒にいる理由ができた。やばい、テンションあがってきた。テンションあがって何がやばいかってもうやばい。やばすぎてやばい。
「して、世話の方法じゃが、とりあえず今日の所はこの部屋に月乃を泊めてもらわねばならん」
同居生活キタ―――――!
俺は思わず頭の中でガッツポーズ。と、思いきや、からだでも知らず知らずのうちにガッツポーズをしていた。いや、これはガッツポーズしちゃうでしょ。せずにはいられない。
そこで俺は我に帰り、帝釈天と月乃の視線が突き刺さっているのを感じた。月乃はまだきょとんとしているが、帝釈天は微笑ましいものでも見るように無言で笑顔を浮かべているだけ。いや、そんなすべてを受け入れそうな顔で見つめられると逆に恥ずかしいんですけど。
俺は一つ咳払いをして、それから? と帝釈天の先を促す。俺が咳払いをしても、先ほどのように空気が変化する感じはしなかった。おかしいな。
「まあ、月乃を泊めるのは今日一日限りじゃ。明日からは、月乃は隣の部屋に移ることになる」
「となり?」
俺は思わず聞き返す。隣には確か他の住人が住んでいたはずだ。それなのに移るっていうのは無理なんじゃないか? つか、移るな。同居生活がたった一日だけとか悲しいだろ。
「隣の住人は明日の朝にはいなくなっておる。それと入れ替わりで、月乃が普段の生活で使う日常品が部屋には用意される。じゃから明日からは、月乃にはそちらの部屋で過ごしてもらうことになるじゃろう。一つ言い足しておけば、隣の住人は存在が消えるわけではないから安心してもらって大丈夫じゃ」
今さらっと怖い発言が聞こえた気がする。存在が消えるって、そんなことやろうと思えばできるみたいな言い方だったな。つか、隣の住人がいなくなるって、何がどうなったらそうなるの? 神様反則過ぎるでしょ。
俺の内心の疑問をよそに、帝釈天は説明を続ける。
「月乃がこちらで暮らす期間は四月三十日まで。それ以降は現世にも我々の世界にもいろいろと問題が出てくるからの」
ん? 四月三十日っていうと、一ヶ月もないぞ。て言うか、ずっと月乃がこの世界にいるわけじゃないのか。
「あの、帝釈天様。私はずっとこちらの世界にいれるわけではないのですか?」
俺と同じ疑問を、月乃が帝釈天に投げかける。帝釈天は俺から月乃に視線を変えて、しっかりとうなずいた。
「残念ながら、それは出来ぬ。おぬし、下界に行きたいと願った事は覚えておるか?」
帝釈天の疑問に、月乃はうなずく。先ほど月乃が言っていた下界という言葉は、どうやらこの世界の事を示すらしい。
「本来、月にある天上界の者が下界に来ることはあってはならん事じゃ。しかし、今回は特別におぬしをここに連れてきた。わしなりに考えて、それが必要だと思ったからじゃ。わかるの?」
はい、と月乃は真剣な表情でうなずく。いや、帝釈天なりに考えてって、それけっこう曖昧じゃね? どう考えて月乃を連れてきたんだよ。
帝釈天はちらりと俺の方を見たが、すぐに視線を月乃に戻す。その意味ありげな視線は、俺の心のツッコミを見抜いたようなものだった。いや、おそらく見抜いているだろう。この爺さんならそれくらいやりかねないと、俺は思うようになっていた。
「しかし、本来してはならない事をしているのは事実じゃ。それを永久にというのは無理な話。言わばこれは妥協点じゃ。期間つきならば、禁忌を犯すのも少しは見逃す。そういうわけじゃな」
帝釈天の言い聞かせるような説明に、月乃はうんうんとうなずいた。そして、最後の言葉を吟味するように目をつむってから、少し悲しそうに、それでもしっかりとうなずいた。
「はい、わかりました。つまり来るべき時が来たら、私はまた月に帰らなければいけないわけですね」
「そういうことじゃな。納得はできたかの?」
「はい、わかりました」
そのしっかりとした返事に、俺は内心がっくりする。わかっちゃうのか。そこで我がまま言って永遠にこの世界にとどまるとか、そういう流れになってほしかったんだけど。いや、まあ期間付きでもこんな可愛い子と一緒にいれるのはうれしいけどさ。
そんな俺の落胆をよそに、帝釈天は再び俺に向き直る。
「さて、そういう事じゃ。直人よ」
いきなり名前を呼ばれて、俺は少しだけ緊張する。この爺さんは、どうやらしぐさや言葉で人の心境までも操れるみたいだ。先ほどの咳払いといい、自分でもわからないくらいすんなりと俺の気分が切り替わる。なんだか相手の掌の上で転がされているようで面白くない。
「最後におぬしに重要な話しがある。心して聞くがよい」
ごくりと生唾を飲んで、俺は無言でうなずいた。なぜか緊張が先ほどよりもます。そんな俺の様子を確認してから、帝釈天はおもむろに手を差し出して、一度パチン、と鳴らした。こぎみよい音を聞き取ってから、今度は何をしでかすのかと一瞬身構える。しかし、俺の体や心の状態に一行に変化は訪れなかった。
なんだ? 何か魔法をかける失敗でもしたか?
そう疑問に思った時だった。どさりと音がしたので隣を見てみると、月乃が気を失って倒れていた。一瞬何が起きたかわからなかった俺は、一瞬体が固まってしまったが、すぐに我に返って月乃に駆け寄る。
「お、おい。大丈夫か?」
「騒ぐでない。少し、月乃に聞かれてはまずい話しなのでな。ちょっと眠ってもらっただけじゃ」
あわてる俺に、帝釈天がゆっくりと説明をする。その落ち着いた声に、俺も不思議と気分が落ち着き、冷静に月乃の状態を観察できるようになった。たしかに、月乃の胸はゆっくりと上下しているし、耳を澄ませば寝息も聞こえてくる。本当に寝ているだけのようだ。
「さて、月乃のことで一つ重要な話しをしておこう。その子の少し特別な体質の事じゃ」
「体質?」
俺が落ち着いたのを見計らって、帝釈天が話し始める。俺は月乃をそっと寝かせてから、帝釈天に向き直った。
「さよう。おぬし、兎はさみしいと死んでしまうという話しを聞いたことはないかの」
今日何度目かになるかわからない突拍子もない問に、俺は無言でうなずく。そんな根も葉もないうわさ話なら、どこかで聞いたことがある気がした。
「実は、月乃もその例にもれぬ。この子は、さびしさを強く感じると死んでしまうのじゃ」
その言葉に、俺は背筋が冷たくなるのを感じた。月乃が、死ぬ? 今目の前で寝息を立てている少女が死ぬ所を想像して、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「勿論、すぐに死ぬわけではない。しかし、体調不良を起こし、徐々に弱っていくことは確かじゃ。そして、その寂しさがピークに達した時に月乃は死んでしまう。厄介な体質じゃ」
「どれくらい寂しさを感じたら、月乃は死ぬんですか?」
話しの内容が厳かなせいか、俺の口調は自然丁寧語になる。なぜだか、目の前にいる人間が死ぬという想像は俺に恐怖感を与えた。
「どう表現すればいいかわからぬ。感情を量や数値で表現することはできんからの。ただ、見るからにつらそうなサインは月乃自身がだすはずじゃ」
俺は一度月乃に視線を向ける。今目の前で穏やかに寝ている月乃が、つらそうな表情やしぐさをする所を想像して、俺は嫌な気持ちになった。その嫌な気持ちを払うように、帝釈天に尋ねる。
「どうすれば、月乃がさびしい思いをせずに済むんですか?」
「それも、一概には言えぬ。一人でいても、さびしい思いをせずに済む時は案外あるものじゃ。誰かとメールでやり取りをする。テレビをみて気分を紛らわす。おぬしにもそういった経験をしている時はあまりさびしいと思わないのではないか? あるいは、家にいるときは一人でも、学校に行けば友達がおる。そんな、誰かとつながっているという意識があれば、人は案外寂しさを感じないものじゃ」
帝釈天の言葉は曖昧で、俺が求めているような答えにはなっていない。確かにそうだが、いざ月乃がそういう状態になった時どう対応すればいいのかわからなければ対処のしようがない。
そんな俺の心を読んだのだろう。帝釈天は人差し指を一本あげた。
「一つ。一番簡単な解決方法は、そばにいてやることじゃろう」
そばに、いる。
そんな、聞いてみれば当たり前の言葉を聞いて、俺は少し不安になる。本当にそれだけで、寂しさが解消されるのだろうか?
「ただ、そばにいるだけでいいのか? なにか楽しい話しをするとか、そういったことは?」
「それもあればいいかも知れぬ。しかし、誰かがそばにいてくれるだけで案外人は寂しさを感じぬものじゃ。寄り添ってくれる相手が、一人だったとしてもな」
どこか含むところがあるような、最後の一言だった。こちらに向けられた視線もどこか試すような雰囲気がある。つまりあれか。俺が一人だけそばにいてやればとりあえず月乃は無事に過ごせるっていいたいわけだな。
「と、重要な話しはここまでじゃ。わしはそろそろ行くが、何か聞いておきたいことはあるかの?」
それまでの重苦しい空気がウソのように、帝釈天は明るい声で言う。今までの流れからすれば俺の気分も明るくあるのだろうが、今回はそうならなかった。
「じゃあ、一つだけ」
だから俺は、自分一人だけ重苦しい空気を引きずったまま帝釈天に切り出す。そのまじめな声色に、帝釈天もまた雰囲気を元に戻す。無言でうなずき、先を促された。
「なんで、月乃をここに連れてきたんですか?」
何か考えがあると帝釈天は言っていた。さっきは月乃の手前はぐらかしていたが、今ならはぐらかす相手の月乃がいない。だからこの機会にと、俺は帝釈天に尋ねる。ふむ、とうなずいて、考えあぐねるように帝釈天は顎をさすった。
「なぜこの子が、月におったかおぬしは知っておるか?」
いきなり変な質問を投げかけられて、俺は首をひねる。しかし、すぐに首を横に振った。
「この子はの、わしが下界にいた時、己が身を犠牲にしてわしを助けたのじゃ。もうかなり昔の話しじゃがな」
そんなこと俺が知るはずないだろ、とツッコミたかったが、その言葉を俺は呑み込んで先の話しを待った。帝釈天はそんな俺の反応を確認してから、再び口を開いた。
「その礼として、わしはこの子を月の都へと連れて行った。永遠の命が与えられ、不幸が全く存在しない、月の都に」
そんな世界の話しをされても、俺にはそこがどんなところか想像ができなかった。不幸があるから幸福があるのであり、永遠に幸福ならばそれはすでに幸福ではなく当たり前になってしまう。永遠に幸福が続くなんてことはありえないのではないだろうか。
そんなちょっと哲学的な思考に入りかけた俺を、帝釈天の咳ばらいが現実へと引き戻す。俺の思考は中断され、帝釈天の話しに自然と集中できるようになった。
「しかし、この子はそんな月の都を出て、この下界へ降りたいと言ったのじゃ。選ばれたものだけが住める月の都ではなく、もっとたくさんの人びとがいる下界へ行きたいと言ったのじゃ。
思えば、この子は昔から月での生活に満足していなかったのかも知れぬ。月乃を月へ連れていったのも、この子が望んだからではなく、わしが勝手によかれと思ったからじゃ。人に遠慮する性格のこの子は、自分が贅沢をさせてもらっているのに、再び下界へ帰りたいとなかなか言い出せなかったのじゃろう」
帝釈天の顔が少し憂いを帯びるようなものになっていた。そこには、先ほどまで漂っていた得体の知れない神秘的な雰囲気はなく、昔の自分を悔いているだけの、一人の老人が経っているようだった。
「じゃから、わしはあの子に尋ねたのじゃ。下界へ帰りたいのか、と。そしたら、申し訳なさそうにうなずくものでな。わしはあの子の願いを聞き届けたのじゃ」
「なら、何で下界にいられる期間を限定したんですか。そんなふうに思うなら、一生この世界で暮らせるようにしてあげればいいんじゃないんですか」
「おぬしらの世界に与える影響が大きすぎる。何度も見せたじゃろ?」
俺の責めるような質問に、帝釈天がテレビを指し示す。その先には、今夜何度見たかわからない真ん丸な月が映し出されていた。
「こんな状態が続けば、おぬしらの世界は大混乱じゃ。わしの力を以てしても、せいぜい時間を稼げるのが四月三十日まで。月乃には申し訳ないが、その日以降はまた月に帰ってもらう」
帝釈天はそういいながらも、視線はずっとテレビに映し出された月に向けられていた。その表情からはやりきれない気持と、苦悩がうかがえる。その表情を見て、俺はどこか諦観めいた気分になった。
この世界にはどうしようもないことだってあるのだ。あとになって昔を振り返り、あの時こうしておけばよかった、あんなことをしなければよかったと思う事はたくさんある。誰が悪いというわけでもないのに、なぜだか不幸な結果が訪れる。そんな時、人は運命といったものを信じてしまうのかもしれない。最善の手をうったつもりでなお、あらがえない、避けられない不幸というものはあるのだ。
過去のある記憶が、俺の中で一瞬よみがえる。今のあきらめに近い感情の根源となる、嫌な思い出だ。帝釈天とは大分異なる体験だが、俺も自分の運命という奴を恨めしく思う体験をしたことがある。
だから俺は、帝釈天に何も声をかけることができず、ただその姿を見ていることしかできなかった。この老人は、一体どんな思いで今、月を見つめているのだろうか。
しばらく、そんな時間が続いた気がする。帝釈天も俺も、全く動かず時間だけが流れていた。そんな時間を断ち切ったのは、帝釈天のため息だった。まるで自分の中の悪い感情をすべて吐き出すようなそのため息をついた後、帝釈天はまた笑顔で俺に向き直った。
「まあ、そういうことじゃ。悪いが、しばらく月乃を頼んだぞ」
その表情は、ここにやってきた時よりもはかなげに見えた。その笑顔に、俺はしぶしぶながらもうなずく。しかし、俺がうなずいた瞬間帝釈天はニヤリとその笑顔の質を変えた。まるで、してやったりというような、そんな笑顔だった。
「では、話しはこれで終わりじゃ。わしはそろそろ行くから、あとは月乃の事をよろしく頼むぞ」
そういって帝釈天はくるりと背を向けた。そこまで来て、俺の思考が帝釈天の態度を理解する。まさかこいつ……
「おい、不幸な境遇装っておいて騙しやがったな!」
「だましてはおらぬ。ただ勝手におぬしが月乃をあずかることを承諾しただけじゃ」
このじじい! あの空気じゃ断る方が無理な話だ。まんまと話しに載せられた格好の俺に、帝釈天が肩越しに振り返ってムカつく笑顔をみせてくる。
「言い忘れておったが、月乃の生活費はおぬしの口座に自動的に振り込まれるからの。その金をどう使うかは月乃と相談して決めることじゃな」
勝手に話し進めてんじゃねえ!
とっ捕まえてやろうと思って俺はかけだすが、俺の手が届く前に帝釈天の姿は音もなくきえた。まるで幽霊が消えるように、その姿が透明になったと思った時には、その姿はどこにもなかった。
残されたのは、手を不格好に付きだしたまま無言でたたずむ俺と、寝息を立てて寝ている月乃。そして、クレーター消失のニュースを流し続けるテレビだけだった。
「いや、マジで?」
帝釈天が消えてから、いきなり降って湧いてきた現実感が俺を襲う。見知らぬ女の子と、二人きり。しかもしばらくは、ほぼ毎日行動を共にしなければならない。
俺の大学生活は、いきなり先行きが見えなくなってしまった。
やっと説明終わりです。
次回から二人の生活が始まります。