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 服を着よう、という提案をしてから、目の前の女の子がいかに常識を持っていないかがよくわかった。

 まず、俺が差し出した男ものの服を見て、「これは何ですか?」と疑問を口にしたのだ。この服を目の前にして服と認識しないとは、一体どういう文化圏から来たのだろうか。俺は頭を抱えながらも、この国ではこういう服を着るのだという事を何とか説明して納得してもらう羽目になった。勿論その間女の子は裸である。ここまで堂々と見せつけられると、満足を通り越して胃もたれを感じるレベルである。

 次に、服の着方がわからなかったため、一から順番に服を着せてやる羽目になった。下着などは女ものなど当然ないため俺の下着を貸したが、トランクスを吐いた女の子というのもなかなか斬新な組み合わせだった。短パンをはいているようにしか見えなくて、色気も何も感じなかったけど。

 そんな感じで苦労してから服を着せ、一応客人みたいなものだからお茶でも出そうと思い、二人分のお茶を淹れてから部屋の真ん中にあるちゃぶ台に向かい合って女の子と座った。こっちに引っ越してきて、ちょうど片付けが終わったころだったので部屋の中は割ときれいだったのがよかった。俺は部屋の掃除が苦手なので、もう少し時期が遅かったらとても人をあげられるような部屋じゃなかったかもしれない。

 そんな部屋に、図らずも女の子と二人きりになってしまったわけだ。正直に言うと、高校までそれほど女の子と絡んだことのない俺は、こんな状況で女の子にどう接していいか地味に悩んでいたりする。しかもそのきている服がブラなしのワイシャツにチノパンという俺の服だから、どこか気まずい思いをしていたりもした。すこしサイズが大きいので、袖から指先しか出ていない。裸を直接見るより眼福を感じるのはなぜだろうね。

 などとまた現実逃避をしている場合ではない。とりあえず、この状況をどうにか進展するために俺は口を開いた。

「えーと、俺は深田直人っていいます。今は一人暮らしをしていて、今年からこの近くの大学に入学した大学一年生です」

 無難な自己紹介をして、よろしく、と頭を下げる。相手が年上かもしれないので、一応敬語にしておいた。そんな俺の軽い挨拶に、女の子は正座のままきれいに頭をさげて、よろしくお願いしますという丁寧な言葉が添えられる。まるで御殿様に謁見するお姫様のようなふるまいだった。そんな光景見たことないけれど。

 そのまま顔をあげて、相手も自己紹介してくれるのかなと思ったのだけれど、相手の口から出てきたのは自己紹介ではなく、疑問符だった。

「その、それで直人様。大変申し訳ないのですが、ここは一体どこなのでしょうか?」

 やっぱりか、と俺は頭を抱える。服を着せてる間はいろいろと大変だったから頭の隅に追いやっていたが、これは結構大変な事件に巻き込まれているのではないだろうか。それでも、なにかしら説明しないことには事態は進まない。とりあえず俺はここの住所を説明してみた。この子がどこから来たのかはそれからだ。しかし……。

「はあ、つまり、ここはどこなのでしょうか」

 返って来たのは、そんな疑問だった。ここに至って、俺の脳が急激に危険信号を発し始める。住所を述べたということは、県名まで言ったということ。どう見ても日本語をしゃべっているこの子が、外国から移り住んできていない限り、県名を聞いてどのあたりなのかわからないとは思えない。しかし、目の前の女の子はさっぱり自分の位置を把握していないようだった。

「いや、その、ここは愛知県です。日本の、真ん中あたり。東海地方の、名古屋とか豊田とかがある県です」

「アイチケン? ナゴヤ? どこですか、それは」

 一応追加説明を試みるが、なおもきょとんとして女の子は首をかしげるばかり。ええい、可愛いしぐさすれば何でもかんでも許されると思うなよ! どんだけ常識知らずなんだよ。

 そんなツッコミは脳内で済ませて、俺は困った表情で頭をかく。これ以上説明のしようがないのだが……。

「えーと、あなた、外国から来た方ですか?」

 流暢な日本語喋ってるけど。それでも一応、確認を取ってみる。まあ、国際化が進む昨今では日本語をペラペラしゃべれる外人がいてもおかしくはないしな。しかし、女の子の反応はまたしても同じだった。

「ガイコク? どこですか、それ? 私がいたのは『都』です」

 また出た、都。一体どこなんだそれは。都とか明らかに日本語の場所を指す言葉だぞ。

「えーと、東京とか、京都にいたっていうこと?」

「トウキョウ? キョウト? ここでは都のことをそう呼ぶのですか?」

 埒が明かん! 俺は心の中でちゃぶ台返しを見舞ってから、とりあえず攻める方向を変えてみた。

「じゃあ、ちょっと質問を帰るんだけど、今まであなたは、その都ってところで何をしてたの?」

 いつの間にか敬語ではなく普通に話してしまっていたが、そんなことは些細なことである。今はとりあえず現状把握が先決だ。

「はい。都で帝釈天様にお仕えしておりました。私はそこで下女として働いており、主に餅つきを担当して居りました」

 ……なんの暗号だ?

 タイシャクテン? 餅つき? なにそれ、なんかの呪文ですか? それを入力すれば続きからゲームが始められるとかそういうやつ?

 状況を整理するために聞いたはずなのに、余計にわからなくなった。目の前の女の子から出てくる単語はどれもが意味不明なものばかりで、まったく状況がつかめない。

「よし、わかった。じゃあ、何でおれの部屋の前にいたのかはわかる? あそこにつくまでの記憶とか、なにか思い出せることはない?」

 もうやけくそ気味に、とりあえず質問を重ねる。このさい変なパスワードとか増えてもいいから、少しでも情報を集めておこう。

「その、それが、私自身なぜあそこにいたかはわからなくて。ただ、帝釈天様にあるお願いをした覚えはあるのですけれど」

「お願い?」

 そのタイシャクテンとやらがどんなのかはわからないが、どうやら人のようだ。そして、この子はそいつに何かしらお願いをしたと。

「はい。下界に降りて、もっとたくさんの人とふれあいたいと」

 ゲカイ? 外科医? また変な単語が出てきたが、とりあえず無視。いちいちかまっていたら話が進まないので、俺は黙って先を促す。

「そのとき、帝釈天様は言いました。『下界はここより辛い場所。悪い人間が大勢いるがそれでもいいのか』と。私はかまわないと言いました。都から、下界の様子を見ていて、確かに悪い人はたくさんいますが、同時に良い人もたくさんいることを知っていたので」

 もう、女の子の話している事は半分も理解できていなかった。それでもとりあえず、この子はどこかに行きたくて、それを止められたという事はなんとなくわかった。

「えっと、そのゲカイ? っていうところはそのタイシャクテン様にお願いしなきゃいけない場所だったの? お金が足りなかったとか?」

「お金?」

 またも首をかしげる女の子。俺は地雷を踏んだことをすぐに悟った。

「ああー、気にしないで。で、行きたい場所には自力で行けなかったの?」

「はい。私にもよくわからないのですが、下界と都はとても隔たった場所だったようで。私がお願いできる範囲では、帝釈天様しか下界に降りれるすべを知ってらっしゃる方はいませんでした」

 どうやらここに来るのは相当難しい場所から来たようである。となると、日本国内でなく、やっぱり外国から来たのかも。それも、アメリカとかみたいに飛行機で簡単に来れる、っていう環境じゃなくて、それこそ出国するのが難しいような場所。

 少しだけ方向性が見えてきたところで、俺は女の子の話の先を待つ。しかし、

「そしたら、あとは気づいたらあの場所に」

 最後その言葉で、女の子の話は終わってしまった。マジか。もう少し情報がほしかったんだけど。でもとりあえず、この子は何やらとんでもない事件に巻き込まれているらしいことはわかった。

 さて、どうしようか。家にあげちゃったのはいいけど、これは俺一人で片づけられる問題でもなさそうだし、まずは警察にでも連絡するか。

「えっと、ちょっと電話かけてくるから、テレビでも見といて……って、テレビってわかるよね?」

 服の着方も知らなかった事を考慮して、一応尋ねてみたが、女の子はきょとんとしているだけだった。やっぱり、とうなだれて、俺はテレビのリモコンを使い、部屋に備え付けたばかりのテレビのスイッチを入れる。

 すぐに、画面にニュースが映し出された。よく見る女性のアナウンサーが画面の向こうで何やら熱心にこちらに語りかけている。どんなニュースか何気なく画面に目を写した時に、わあー、と女の子がテレビに張り付いた。

「え、え? なんですか、これは? 板の向こうに人がいたんですか?」

 そのはしゃぎっぷりに思わず俺はびっくりする。板って……そりゃまあ、薄型テレビなんて豪勢なものを買ってはもらったけど、そんなにびっくりするのか。どんな文化レベルの国から来たんだ? マサイ族か?

「と、とりあえず、俺外で電話してくるから、そこでそれでも見てて」

 テレビに夢中な女の子に、無駄と思いつつ一応声をかけておく。案の定、こちらの言葉は耳に届いていないようだった。テレビの裏側に人がいないか確認までしちゃってるし。

 まあいいか、と思い玄関に向かおうとしたところで肝心のケータイがないことに気づき、机の上にあったケータイを取りにもどる。するとそのタイミングを見計らったように、ケータイが着信を知らせるために小刻みに震えた。こんな時間にだれだ? メールではなく電話のようで、画面を確認してみると実家の姉からだった。女の子がテレビに夢中なのを確認してから、俺はそっと玄関に向かう。扉を開けて外に出てから、電話に出た。

「もしもし?」

「もしもし、直人? あんたテレビ見た?」

 開口一番、電話から聞こえてきたのはそんな言葉だった。おいおいなんだよ。韓流ドラマ好きなのは知ってるけど、そんなものの話し相手になる気はないぞ。

「テレビ? なんの話し?」

 長話を聞かされる羽目にならないといいけど、と思いつつとりあえず要件を促す。しかし、電話から聞こえてきたのはドラマの話題などではなかった。姉の話しを聞いていくうちに、俺の頭から血の気が引いていく。

 姉の話が終わる前に、俺はすぐにユーターンして部屋へと戻った。まだテレビに張り付いていた女の子を無視して、その画面を見つめる。

 そこには、真ん丸な真っ白い月が映し出されていた。

 しかし、普通の月ではない。

 クレーターというクレーターがなくなった、何の凹凸もない、正真正銘の真ん丸な月だった。


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