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出会い

 自室の前に全裸でいた女の子は、膝を抱え、座ったまま身動き一つしなかった。ちょうどマンションの廊下? の壁に背中を預け、俺の部屋の扉と向き合うような形で顔を伏せている。からだの微妙な動きから、どうやら眠ってしまっていることもうかがえた。うつむいた状態で横顔は見えないが、腰までありそうな長い髪の毛と、か弱そうな体つき、小さいながらもふくよかな胸からも、それが少女という事が想像できた。膝を胸元に抱えるようにしているため、胸の肝心な部分は見えず、ヌード写真のように何ともエロティックな雰囲気を醸し出している。丸見えというのもいいが、見えそうで見えないというのもまたいいんだよな。ふむ、状況を理解できずに脳が暴走を起こしているようだ。

 とりあえず、どうしようかと悩む。今は夜の八時ごろで、幸いマンションの廊下には俺しかいない。まあ、このまま見て見ぬふりをしてこの場に放置、という手もある。十八年間鍛えてきた本能はそれが賢明だという信号を送り続けているし、こんなあからさまなトラップ臭のあるものにかかわりたくはない。しかし、問題は俺の部屋の目の前にこの子がいるということである。

 もしこのまま放置し、女の子が目覚めなければ、新しいご近所さんたちから奇異な目で見られる事は間違いない。いや、奇異な目どころか、犯罪者を見るような目で見られる可能性もある。大学にいる間の最低四年間はここに住む予定なので、それはすこぶるよろしくない。肩身の狭い思いなどと言う言葉では表せないほどの苦しみをいだきながら大学生活を送ることになるだろう。

 となれば、危険信号を発している本能に逆らい、とりあえず声をかけてみることにしよう。なんでここにいるのかを聞いて、もしよかったら部屋に連れ込んで、服とか貸してあげて……ふむふむ、完全に俺が好きなライトノベル的な展開ではないか。よし、とりあえず声をかけよう。ライトノベル的なボーイミーツガールを期待しているわけではなく、あくまでご近所様に変なうわさが立てられるのが嫌だという理由だ。そうだ。これはあくまで正当な行動。決してこの子とお近づきになりたいという下心などない。

 まあでも、顔を見てブスだったら考え直そう。やっぱり本能を重視することも大切だしね、うん。

 そんな本音全開の思考をたどってから、俺はかがんでその子の髪の毛のカーテンをあげた。するりと触った髪の毛は櫛が簡単に通りそうなほど柔らかく線が細くて、そしてその顔は……。


 どこからどう見ても、美人だった。


 細いまゆ毛。やはり眠っているようでその瞳は閉じられていたが、長いまつげから開いた時もさぞきれいだろうということが予想される。鼻はスッと筋が通っているようにきれいで、唇は少し湿り気を帯びており、触れればプリンのように柔らかそうだった。まずい、あまりの美貌に思考が追いついていかない。顔が悪い時のことばかり考えていて、顔が良かった時の対応を考えていなかった。とりあえず先ずは……眠っているうちに胸とか胸とか胸とか触っておくか。うむ、欲望が暴走し過ぎて脳の肝心な部分が動いてない。そんな自己確認だけが完了する。

 そんなことを考えている間に、女の子がかすかにうめき声をあげて、そのまつ毛が震えた。お、と思った時にはゆっくりとその瞳が開き、焦点のあっていない目がふるふるとさまよう。その目が俺に向けられ、ゆっくりと焦点があった。

 時間が、固まったような気がした。

 開かれた目は想像していた通り、ぱっちりとしていて大きい。吸い込まれるような、黒い瞳がろくに光もないのに輝いているように見えた。その瞳に不思議と見いってしまい、俺の脳と体を完全に凍らせてしまう。

 どれくらいそうして見つめあっていたのかもわからない。一秒か、一分か、それとももっと長かったのか。固まったままの俺の思考を再び動かしたのは、目の前の少女ではなく、遠くから聞こえてくる階段を上る音だった。他の住人が帰って来たのだ。

「まず・・・」

 先ほどまで変な妄想を撒き散らしていた脳が、一気に現実的なベクトルの思考を生みだしていく。

 今他の住人にこんなところ見られるのはまずい。非常にまずい。完全に誤解されること請け合いだ。一瞬、この子をどうすればいいか相談するのもありかとも思ったが、相談に乗ってくれるよりも通報される可能性が高い。となると……。

「ごめん、こっちへ」

 俺は急いで自室の鍵を開け、女の子の手をつかむと、強引に部屋の中へと引き込んだ。冷静に考えれば完全な拉致行為であり、悲鳴を上げて抵抗されてもおかしくない行動だったのだが、なんの抵抗もなく、すんなりと女の子は部屋の中に入ってきた。すぐさま俺は扉を閉め、鍵をかける。扉を閉めかけるときにちらっと見えたのは、まさに階段を上りきった住人だった。

 扉を閉めてからも、息をつめて耳をそばだてる。ここのマンションは多少造りがいいので外の音は聞こえにくいが、それでも耳を扉にあてればかすかにもの音くらいは聞こえる。

 外からは何も騒がしい音は聞こえない。俺の家の前まで誰かが来て、インターホンを押す様子もない。俺はおそるおそる閉めた扉を開け、廊下の様子をうかがった。そこには、無言の扉がずらりと並ぶ、いつも通りのマンションの廊下があるだけだった。

 安堵のため息をついて、後ろ手にゆっくりと扉を閉めてから、とにかく危険を回避したことに安心……しかけたところで目の前の現実が目に映った。

 全裸で、一糸まとわぬ姿で、あられもない姿で、俺の目の前に立つ少女。こちらの様子を、ただ不思議そうに見つめているその少女。その少女の体に、自然と目が引き寄せられてしまう。ほう、これが本物のオパーイ……。

「あの……」

「はいっ!」

 いきなり声をかけられて、テンパりすぎて現実逃避しかけていた脳みそが正常に機能しだす。目の前の女の子は、ただ不思議そうにこちらを見ながら首をかしげていた。そんな仕草も、いきなり部屋に連れ込んでしまった事と、裸を見てしまった(というか見ている)負い目から、何か問い詰められるのではと身構えてしまう。しかし、女の子の口から出てきた言葉は俺の予想していたものとは違うものだった。

「ここは一体、どこなのでしょうか?」

 その言葉を聞いた途端、俺の体から嫌な汗が出てきた。一気に、犯罪の色が濃厚になる。ここがどこかも把握していない少女が、全裸で一人、マンションの廊下に放置されている。見たところ、どうして自分がここにいるかもわからないようだ。それほど強いショックでも受けたということだろうか。なんにしても、勢いで部屋に連れ込んでしまっただけでは済まないような、そんな雰囲気がする。

 ただならぬ空気に緊張感を高まらせる俺だったが、そんな俺を置いてきぼりに女の子はなおも続ける。

「私、気づいたらここにいて。先ほどまで『都』にいたはずなんですけど……」

 ミヤコ? その言葉を聞いて俺の思考が一旦停止する。ミヤコって、都のことか? それってどこだ? 東京か? 日本で都っていったらあそこくらいしかないし……っていやいや。東京を都とは呼ばないだろう。となると、京都とか? あそこならまあ、都って呼んでも東京よりは違和感ないし。いやでも、さすがに都とは呼ばない気がする…。

 混乱してフリーズする俺は、ほかに何か情報が得られないかと女の子の次なる言葉を待つ。しかし、女の子も首をかしげてそれ以上なにか話しかけてくることはなかった。

「えと、都って、どこのこと?」

 とりあえず、もっとも疑問に思った事を尋ねてみる。しかし、女の子はなおも首を傾げたままきょとんとしていた。くそ、いちいちかわいいな。

「都は都です。どこと言われましても……」

 その返答を聞いて、俺は目がしらを抑えた。いかん。地味に頭痛くなってきたかも。こりゃいろいろと身元を確認するのに時間がかかりそうだ。とりあえず、何から聞いていけばいいか。都の場所なんて聞いてもわからなさそうだし、かといってどうして俺の部屋の前にいたのかを聞いても答えは帰ってきそうにない。どこから来たのか……は都って答えるんだろうな。となると……。

「とりあえず、服着ようか」

 理性的に、そろそろ限界だしな。




これから少しの間、投稿していこうと思います。もしよろしければ、終わりまでお付き合いください。

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