言い訳聞きます
大学からの帰り道。ルナは申し訳なさそうに俺のすぐ後ろに付いてくる。
「……何かの間違いだったのよ。英語なんていままでやったことないし、英語での願いにはちゃんと話せる子が呼ばれるし……。英語以外ならできたはずなのよ。国語でも算数でも理科でも――たぶん……」
背後からぶつぶつと言い訳をつぶやいているのが聞こえる。俺に聞いて欲しいのか?
他の教科なら――とは言うが、まずダメだっただろう。口から出てくる科目は明らかに小学校で習うものだ。
えーと、そろそろ認識を一つ正すべきか。
「あのー、今さらなんだけどあのテスト英語じゃなくてドイツ語だから」
「えっ? そ、それを早く言いなさいよ。ドイツ語ならで、できたわ」
「嘘ならもうちょっとましなのを頼む」
何語かすらわかってなかったのに見栄を張るなよ。あと表情に出過ぎだから。
「それになんで英語もできないんだよ。悪魔だろ、西洋発祥じゃなかったっけ?」
「違うわよ! 今何語でしゃべってると思ってるの!? 私は日本生まれの日本育ち。他の言語なんてまったく知らないわ!」
落ち込んでると思ってたらいきなり逆ギレされた。やれやれ最近(?)の子(悪魔)はほんとすぐ怒るんだから。
「ふーん、日本育ちね……。それにしては見た目も名前も日本離れしてるように思うけどな」
「バッカじゃないの。人間とは違う種族だし、見た目が異なるのは当たり前でしょ」
英語とドイツ語を間違えたやつにバカと言われたくはない。
「それにフルネームは斉藤流奈。『流れる』に奈落の『奈』で流奈よ。ふふっ、日本らしい良い名前でしょー」
……うわっ、なんか悪魔が一気に身近な存在に思えてきた。名字が特に。それに名前も……月と書いてルナって読むのならまだイメージが合うんだけどなぁ(ちょっとキラキラネームっぽいけど)。
……うん、名前のことは悪いけど忘れよう。片仮名で『ルナ』――これが一番しっくりくる。
「あー、まあ覚えやすいな」
もう名字や漢字は記憶からばっさり消去。
「それにしても大学に向かったときと違ってやけにおしゃべりじゃないか。テスト前に話せてればこんなことにならなかったんじゃないか?」
「う、うるさいわね。蒸し返さないでよ。戸山としゃべる時間なんてもったいないと思ってたの!」
そんなに俺を嫌ってたのか。結構ショック……。
「ただ、今はちょっと言い訳をさせて欲しいというか、気を紛らわしたいというか……」
ルナの声はだんだん小さくなっている。なんだちょっとかわいいところも――
「……別に私がいつしゃべってもいーじゃない。私は基本おしゃべりなの。てかそんな私を話す気にさせなかったのがそもそも悪い!」
――ないな。また逆切れかー、まったく最近の子は(略)。
「それであんたはこれからどうするの? ……願い叶えられなかったわけだけど……」
「まあ別に。終わったものはどうしようもないし、特に変わらず来年を待つつもり。仕送りなくてもバイト増やせばなんとかなる気がしてきた!」
「はあー、それなら何で私を呼んだのよ。まあいいけど。なんかあんたちょっと変だし。考える方がバカみたい」
あの時は初めてのことで動揺してたし……まあ気の迷いってやつだ。
「逆にルナの方はどうするんだ?」
「とりあえず今日のこと報告するために一度自分の世界に帰るわよ。あんたとの契約は……どうなるんだったっけ? 今まで失敗したことなんてなかったから知らないのよねー。とりあえず上司に聞いてみるつもり」
「え!? 上司? 会社みたいなものでもあるのか?」
「会社……派遣……そんなところね。願われたらすぐ直行しなくちゃいけないから、ほんと大変よ!」
ああ、だからこの前、確認だけのために呼び出したとき機嫌悪かったのか。悪いことしちゃったな。
「それに戸山みたいな変な人に当たることもあるからね」
「悪魔に願うくらいなんだから大抵変な奴だろ? 俺が変ってのは異論を唱えたいけど」
悪魔と契約したのは置いといて、私生活見てもらえれば分かってもらえるはず。
まあ、いままで普通と言われたことはないけど……普通すぎるから言う必要がないだけだよな!
「え? あんたくらいよ。他はみんなまともだったわ。ただちょっと『変』っていう基準が違うかもね。でも……」
ルナは動きを止め、こちらをジトーっと見る。
「あんたからはなんか変人のオーラが出てる気がするのよね……」
何その特殊なオーラ。
「ってかオーラなんて見えるのか!?」
「え? 見えないわよ。ただの表現よ、表現」
「あっ、そう」
ならなんでじっと見た後、一歩距離とってるんだ? 見えないけど何か感じ取った? ……そんなわけないか。ただの考えすぎだよな。
「あっ、そういえば向こうの世界(――って言えばいいのか?)に戻った後はどうなるんだ? もう会えないのかなーなんて思ったりしたんだけど」
「わからないわ。ただ私としてはもうあんたと会うなんてお断り。全然黒い欲望なさそうだし、つまらなそうだし。別の願いを叶えにいきたいかなー」
つまらない……か。
まあ確かに面白いこと言ってと振られても何も思いつかないけどさ。面と向かって言われるとグサッと心に来る。
「むう……俺としてはルナがいてくれたほうが知らない世界が広がっていくようで人生楽しくなりそうなんだけどなぁ」
「何言ってるのよ。私のような存在と会わない方が人間にしたらいいことなの。わかってる?」
「わからん」
即答。
「ふーん、まあいっか。あんたと会うことももうないかもしれないし。それに上司から『もう一回行ってこい』って言われたら別のところに向かえるよう泣きついてやるんだから」
ルナはぶっきらぼうに答える。
そこまで言わなくても……あっ。
気がつくといつのまにか自分の住むアパートの前までたどり着いていた。
結構話し込んでしまったな。近所の人に見られてないといいけど。延々と独り言を話す不審者情報が町内で出てないことを祈る。
「ただいまー」
玄関の扉を開けるとすぐにルナはパソコンに向かう。異次元の世界に通じる空間は出かける前から開いたままだ。
「それじゃあねー」
一言だけ残し、去っていった。
もうちょっと別れの寂しさとかは……ないの? そりゃないか。