襲撃犯との取引
「こ、ここは……?」
木下さんが寝ぼけた顔で目を擦る。
赤穂さんと同じく小柄な体躯なのでただの子供みたいだ。こうして落ち着いている様子はとてもさっき俺を襲ったやつには見えない。
「俺の家だよ。さっきのこと覚えているか?」
「……あっ…………」
木下さんの目がどんどん赤くなっていく。
「す、すみませんでした! 周りが全然見えなくなって……関わりのない人まで巻き込むつもりは……」
目に涙を浮かべ謝る姿。決して偽りの言葉ではないだろう。
「悪魔の『力』の怖いところね。願いを叶えるためなら他は見えなくなっちゃう」
ルナが俺の横でつぶやくが、当然木下さんには聞こえていない。
「あ……あの、なんてお詫びをしたら……。や、やっぱり警察は呼びますよね……」
木下さんはふるふると震える。
まったく悪魔の話題には触れようとしないところからルナのことは覚えていないようだ。
「俺も襲われただけで、怪我はしていない。それに反省はしているようだし、警察を呼びはしないつもりだ。ただし、こちらからの質問したいことがいくつかあるんだよなー。それに答えてもらえると助かる」
「もっと強気で『質問に答えろ』でもいいんじゃあ……」
赤穂さんがポツリとつぶやいたので、彼女に耳打ちをする。
「だってそんな言い方慣れてないし、なんか格好つけてるみたいで恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしがってることの告白のほうが恥ずかしいですよ?」
「そうか?」
赤穂さんはやれやれといった顔をして、木下さんの方に向き直った。
「……こほん。えーとなんにせよ、質問に答えてください。いいですね?」
「うん……答えれる範囲なら……」
微妙な言い回しだけど、仕方ないか。ふざけていると思われかねない、木下さんが呼んだあの悪魔の話なんてできないだろうから。
「じゃあまず、狙ったのはあのボロアパートの住人ってことでいいんだよな?」
「そうです……」
「なんでそこまでして狙ってたんですか?」
「それは……」
木下さんがしばらく黙る。
「……理由はあるけど言いたくありません」
目を逸らしながら答えられた。
「ふーん、まあいいや。事情なんて何でも」
「ちょっと! いいんですか、そんな適当で?」
赤穂さんに怒られてしまった。
「いいだろ別に。聞いたところでこっちの気がめいるだけじゃん。あのアパートの住人ってことだけ分かればいいさ。でもあのボロアパートかー、今は誰も住んでないのに……相手は管理人さん?」
「え!?」
木下さんが驚いた表情を見せる。
「そんなはずは……確かに一週間くらい前にあのアパートに入っていくところを……それに今日だって部屋に明かりがついていたじゃないですか!」
「落ち着けって。よく聞けよー、ついさっき赤穂さんが気になってあのアパートを見に行ってたんだ。その明かりのついた部屋にいたのは空っぽの部屋を掃除している初老のおばさんだったらしいぞ、なっ」
俺は赤穂さんの方を見やる。
「そ、そうですよ。引っ越されたばかりの部屋を掃除しているようでした」
ちょっと赤穂さん、言葉が引きつってるなー。
赤穂さんがさっき見に行ったってのは嘘。実際は俺が木下さんと対峙しているときに、カレンが狙った相手が気になって部屋をのぞいていたらしい。夕食を食べていたとき、カレンが言うには「あの人管理人さんみたいだねー。本当に狙う相手は最近引っ越したみたいだよー」とのこと。
「まぁ気になるんなら後日確認して来ればいいさ……ただもう今回の一件を思い出すようなことはしない方がいいと思う。まだ殺そうとした相手を狙うつもりか?」
「もうしません! …………ただまた見かけてしまったら――という不安もあります……。私は自分の気持ちを抑えれるか……」
木下さんの声は徐々に小さくなっていく。
恨みかどうかは分からないが、思いってのはそう簡単には消えないか……。
「うーん、そんな暗い表情をされると俺も不安になるなぁ…………そうだ! それなら一つ案が思いついた! 警察ごとにしない代わりにこちらからの要求を一つ呑んでもらう!」
「ち、ちょっと先輩! なに急にエッチな方面に事を運ぼうとしてるんですか! ナニをしてもらうつもりですか!?」
「いやいや! 要求ってエロ方面じゃないから!」
赤穂さんは俺のことをどう見てるんだよ!そんなエロいやつに見えんのか?
「じ、じゃあいったいどんな事を……」
木下さんがおびえたように聞いてくる。
そんなに怖がられるとショックなんだけど……。
「俺と隣にいる赤穂さんが働いているバイト先に来ること。そしてそこでバイトを始めること。これだけさ。店長には俺の紹介で――と言っておくから」
「へ?」
「え?」
赤穂さんと木下さんはきょとんとした顔になる。
傍にいるルナからは「自分を襲ったやつを誘うなんてバッカじゃないの!」と非難された。
「そ、そのくらいならいいですけど……むしろいいんですか? その……私なんか……」
「オーケー、オーケー。ちょうどバイトの人数も少ないかなーとか思ってたし。憂鬱に悩んで変な気を起こす暇なんて与えてやらないようにするんだよ!」
まっ、それだけが理由じゃないんだけど。
バイト先には店長がいる。店長なら何があっても何とかしてくれる気がする。何気に面倒見がいいし、木下さんのことも見てくれるだろう。それにもし万が一木下さんがまた過ちを起こそうとしたなら、しっかりと説教してくれるだろう。これは俺にはできないことだ。
「はぁ……わかりました」
木下さんは疑問の残る表情をしながらも、納得はしてくれたようだ。
「よし! 決まりだな! じゃあまずは……」
携帯のアドレスを交換。
少ない電話帳欄に一つ新たなアドレスが追加された。
「じゃあ、ええと……明日と明後日は店長がいないから、三日後に清水書店で面接ということで。もう今日は遅いし、そろそろ帰っていいぞ」
「あっ、はい」
木下さんが立ち上がる。
「そのまま帰すのも不安です。だから私も木下さんに付いて行きます。あっ、戸山先輩はいいですよ。私ちょっと木下さんとお話もしたいですし」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫です、ねっ」
赤穂さんがカレンの方に目配せをする。
「まかせてー。実梨ちゃんを危険な目にはあわせないからー」
カレンがぐっと親指を上げて俺のほうに向く。
うん、ルナよりしっかりしていそうなカレンなら安心できるな。
「何かちょっと失礼なこと考えていない」
ルナが横で小突いてきたので木下さんに聞こえないようにつぶやく。
「気のせい気のせい。自意識過剰だって」
「それはそれで失礼だからね!?」
木下さんと赤穂さんが玄関に向かう。
俺も見送りに玄関まで付いて行った。
「ねえねえ実梨ちゃん。一つ聞き忘れてることがあるよー」
カレンが赤穂さんの肩をトントンとたたきながら言う。
「えっ……ああっ! 戸山先輩のびっくり発言ですっかり忘れてました。ええと、木下さん。もう一つ私から聞きたいことがあるんです」
「何をですか?」
「思いつめていた内容。それを誰か他の人に相談していたりはしませんか?」
「ええと……」
木下さんがほほに手を当て、思い出そうとしているようだ。
「……いつも相談していたのは人じゃないし……コホコホ、なんでもないです。……あっ、そういえば一人だけ……」
「誰ですか?」
「それは――」
木下さんの挙げた人物にカレンだけがなぜかうなずいていた。




