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悪魔がバイト先まで付いて来た

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……。


「ん……」

 目覚まし時計を探る。確かこの辺に……あれ? ない……?。

 音を頼りに時計を探す。

 座椅子の傍に置いたはずの時計は、なぜか机の上に移動していた。表示されている時間は――。

「九時四十五分!? バイト遅れる!」

 バイトが始るまであと十五分しかない! ちゃんと余裕を持って九時に目覚ましをかけておいたのにどうして!?

 ベッドの方を見ると、珍しいことにルナは先に起きていた。

 こちらを見ながらニヤニヤしていることに気付く。まさか……こいつ俺が寝ている間に目覚ましの時間変えたな! 問い詰めたいのはやまやまだけど、そんな時間はない!


 俺は適当にパンを持って家を出発する。これは昼用だ。食べながら向かうとかは無理! 全力で走ればぎりぎり間に合うくらいだから他のことをする余裕なんてない!

 ルナはというと、今日は俺に付いて来るみたいだ。なんか楽しそうに横から何か話しかけてくる。

「ねーえ、私に頼むことがあるんじゃなーい?」

「そんな暇はねえ! 急いでるんだよ!」

 がっかりしたみたいに肩を落とすルナは独り言をつぶやきはじめた。

『……まだまだ! 昨日あれだけ考えたんだから! 次こそは……』

 とはいえ聞き耳を立てるほど余裕はない。全速力で通りを駆け抜けていく。


 ――はぁ、はぁ……着いた。ぎりぎりセーフ。

「……おはようございます店長、はぁ、はぁ……」

 この一言だけだと店長に興奮しているようにも思えるな。断じて違うわけだけど。

「うん、おはよー! ぎりぎりなんてめずらしいねー。あれ?」

 店長が首をかしげる。あどけなさが出ていて非常にかわいらしい。

「どうしたんですか?」

「えっ、ううん、なんでもない! そんなことより早く着替えて準備してきてね! あと……」

 店長が何かを取りに行く。

「はいっ、ターオルっ。汗はちゃんと拭いてね。本に湿気はアウトだから!」

 タオルを受け取り、更衣室へ向かった。


「ふー」

 バイト前からすでに疲れきっている。日ごろからもっと運動しておくべきだった。

 ザッと汗を拭き、制服に着替える。

「ふーん、ここがバイトしてる本屋なんだ。店の雰囲気はまあまあなんだけど、ゆったりしすぎてるせいか、逆に落ち着かないのよね」

「本屋ってのはどこもこんな感じだよ――ってなんでルナがここにいる!? 男子更衣室だぞ!」

「別にいいじゃない。どうせ誰にも見えないんだし。それに裸になるわけでもないんでしょ?」

「そりゃそうだけどさ。別に外で待っててもよかったんじゃないか?」

「え、あー、ちょっと確認したいことが……まあいいじゃない」

 なにかはぐらかそうとしているみたいだけど……。

「俺の制服姿を早く見たいんなら、恥ずかしがらずに言ってくれてもいいんだぞ」

「はあ? 何言って……まあそういうことにしておいてあげる」

「マジで!? どうよこの制服姿。仕事できる感じがするだろ?」

 正直ノリで言っただけだったんだけどな。

 せっかくなのでちょっと調子に乗ってみる。

「あーはいはいそうね、えーと戸山の制服姿……全然似合ってないわね」

 投げやりな感じがするのは気のせいだろうか。

「そんなことないだろ。このシンプルなデザインに似合う、似合わないはないはずだ!」

「いやその胸の辺りにあるにっこりしたマークがなんとも合わないというか……そもそも戸山って笑顔できたっけ? あんまり見ていない気がするんだけど。そんなんで接客できるのかしら?」

「バカにするなよ? 二年もここで働いてるんだから余裕だ! ほら――」


 に、つ、こ、り(無理やり)。


「ぎこちなすぎるでしょ」

「う、うるせーな。レジとかはほとんどやらないし、いいんだよ」

 普段は他の作業をしているからな。もちろん「いらっしゃいませ」とかの挨拶はするが、ずいぶん前に店長から「普通の表情でいいからねー」と言われたので無理な笑顔作りはしなくなった。

 ただ俺にも向上心がないわけではないので、大学の後輩が入ってきたことを知り、たまには実践するようになった。しかし、ずいぶん前赤穂さんに「ああいう人がタイプなんですか? 男ですよ?」と言われ、その理由を聞いたのを期に素の表情を貫こうと決心した。どうやら笑顔と言うよりにやついているように見えたらしい。それもガタイのいい男に対して……。

 ……だめだ、いやなことを思い出してしまった。最近はもうそんなことないから大丈夫。


「そろそろ行かないと怒られるな」

 今朝の失態もあったので少し身震いする。店長の怒りはなかなか収まらないからな。この前の説教みたいに長いと数時間にもなる。

 まあ怒ることなんてめったにないけれど。

 自分の持ち場へ向かう。

「あっそうだ。バイト中は邪魔をするなよ」

 ルナに念を押しておいた。


 …………ルナめ。

「さっきの忠告全然聞いちゃいねえ」

 ルナは事あるごとに俺を困らせた。積み重なっている本があったら、俺が通った後にバサバサと崩すし、せっかく並べた新刊の一番上に一つ前の巻を置いたりする。非常に地味な嫌がらせだ。

 結局、赤穂さんからは「珍しくミスが多いですね。今日はバイト休んだらどうですか? ついでに人生も……あっもう一年間休み決定んでしたね」と心配され、店長には「ちゃんと見ておかないとダメだよー」と怒られた。

「売り切れている本はないか、整理されて見やすく並べられているか、などの売り場チェックは欠かしていません。俺が原因じゃないんですよ!」

 ――と反論はしたかったものの、見えないルナのことをどうやっても説明できないので諦めた。

 ルナの嫌がらせに耐えつつ、ようやく十分間の休憩。ルナを連れて店の裏手へ行く。ここなら誰にも見られないだろう。

「あのさあ。バイトの邪魔はするなって言ったよな」

 ルナを問い詰める。

「するなといわれたらしたくなるのがさがってもんでしょ」

 ルナはまったく悪びれる様子がない。

「それに戸山の発言はフリとも思ったのよ。ほらあの『押すな。絶対に押すなよ』ってやつみたいな」

 なんで悪魔が定番のギャグを知っているんだよ!

「そんな体を張ったギャグするか! お前のおかげでいつもの二倍は疲れたぞ」

「私のせいだなんてそんな……責任を押し付けるのはいいけど、私以外にしてよね!」

「ルナ以外のせいにするって、完全にやつあたりじゃないか」

 赤の他人に怒りをぶつけるなんてとてもじゃないけどできない。そもそも人に怒るってどうするのか忘れてしまった。長年怒ることがないと分からなくなるものだ。

「それでいいじゃない」

「そうだよな」

「ようやくわかってくれた?」

 ルナの顔が明るくなる。

「無理に怒る必要なんてないもんな」

「どこで考えがずれたのかしら……」

 一転、暗くなる。感情がわかりやすく表情に出るのはルナの良いところだけどな。その分俺と話していると、疲れるように見えるのがちょっと……。

 確かに話下手だとは思うけど、これでも努力してるんだよ。

「なんにせよフリじゃないんだから邪魔はやめてくれ。俺の評価が下がる一方だし」

 自分に非がないのに怒られるのは嫌だ。ただ悪魔を連れてきたことがそもそもいけなかったと言われれば反論できない。

「えーそれじゃ暇になっちゃうじゃない。つまんなーい」

 子供か! 拗ねるなよ!

「じゃあ手伝ってくれよ。本の入ったダンボールって結構重いんだから……っとこれは願いになっちゃうのか?」

「そんな心のこもってない適当な願いなんて受け入れられるわけないでしょ。もっと心から、どうしても! ってものでないと」

 あきれたようにルナは言う。

「そうか。じゃあ遠慮なく頼めるな」

「聞くだけ聞いてあげる。もちろん手伝わないけどね!」

「なんでだよ! いいじゃんか、部屋貸してるようなもんだし」

「でもほぼタダ働きじゃない。そんな割に合わないことは嫌よ。見返りがあるからがんばれるんだから。戸山だってバイトの給料入らなかったら仕事しないでしょ」

 うーむ、もっともな意見な気がする。でも家賃分ぐらいは手伝ってくれてもいいんじゃないだろうか。

「じゃあ適当に時間つぶしてくれ。監視カメラの死角もあるし、ちょっとなら立ち読みくらいできるだろ」

「そうするわ。気になる人も見つけたから観察も兼ねて、ね……」

 気になる人? 今いるのは店長、副店長、バイト(俺、赤穂さん)だ。男は俺と副店長なんだけど、俺はいつでも見れるから違うだろう。副店長は四十歳だけど、昔はかなりもててたくらいイケメンだったらしい。今はどちらかと言うと落ち着いた紳士って感じだ。

 ルナはおじ様好きなんだろうか。悪魔すら魅了するなんて副店長やるなぁ。

 休憩終わってからはルナの妨害はなく、無事にバイトが終わった。

「おつかれさまでしたー」

 挨拶をして更衣室へ。


 そこで何か作業をしているルナの姿を発見した。まったく……店内にいないと思ったら……何してるんだ?


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