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契約完了

 事件(?)は数時間前にさかのぼる。

 バイトから疲れて帰ってきた俺は昼近くまで寝ていた。学期末のテストも終わり大学の春休み。安眠を妨害するものなんてない。――はずだったのに携帯が急に鳴り始めて起こされたのだ。


(……ったく誰だよ休みの日に)


 とはいえもうすでに正午を過ぎている。普段は電話なんて全然かかってこないのになぁ。

 もしかしてバイト先からか? 実は今日シフト入ってた? 遅刻!?

 店長穏やかそうに見えて仕事には厳しい。電話までするってことは……。 なんか嫌な汗かいてきた。

 慌てて携帯電話を探し番号を確認する。よかった(?)、知らない番号だ。


「ったく、びっくりしたじゃないか。」

 少し安心して、電話を取る。


「……もしもし、戸山ですけど」

「あっ戸山君、情報処理研究室の佐々木だけどちょっと話があるんだ。大学の研究室まで来てくれるかな?」

「……? はい。わかりました」

 佐々木っていうのは佐々木教授のことだ。俺の学年の主任を勤めている。三十代という教授にしてはかなりの若さで、学生に(成績評価も甘く)人気がある。就活などの悩み相談も受けているらしい。

「あー研究室の配属に関することかな」

 ――なんて気楽に思い、俺は大学に向かった。



 情報処理研究室の扉を開ける。佐々木教授は部屋の一番奥、パソコンの前で作業をしているみたいだ。

 教授は俺に気がついたようで椅子を回転させ、こちらに振り返る。

「とりあえずその辺の椅子に座ってよ」

 その辺と言われても話をするんだから教授近くの椅子――どうみても一つしかないよな。


 椅子に座り、教授と対面。

 ……? 教授の顔もだろうか、なんか重い空気になっている気がする。あれっ、配属の話ではない?

 教授の口が開く。


「……ちょっと戸山君、ドイツ語のテスト受けなかったよね。それで四年に上がるための言語の単位が一つ足りないんだ」

 佐々木教授は俺に向かってそう告げた。


「……え?」

 そんなものは受講した記憶がない。言語は出席だけで単位のもらえると噂の英語を受けていたし、落としたとは考えられない。

 というより言語自体が違うんだから……受講登録のミス! 進級ぎりぎりしか単位をとってないツケがきてしまったってことか……。

「待ってください! 英語の授業出席してたんですがそっちの単位はないんですか?」

「登録してないと出席自体、確認されてないよ。登録して始めて、出欠を確認するシステムになっているからね。入学当初の説明でもしていたはずだけど。受講登録確認は絶対してくださいって」


「……はい、そうでした」

 今思えば登録の仕方も三年目になって慣れて大丈夫と高をくくってたなぁ。はぁー……自分のせいか。

「とはいえ留年も関係してくるし、今回は温情で三日後に追試をしてくれるそうだから、まだあきらめないでがんばれよ」

「そうですか……。がんばってみます……」

 俺は研究室からとぼとぼと退出した。


「はー、追試か……。しかもあの鬼とまで言われる厳しいドイツ語の教授の……。追試してくれるだけでも奇跡だよな」

 三日後とはいえほぼ始めてのドイツ語……。

「まあいつものように何とかなる――いや無理だ!」

 三日のがんばりでどうにかなるなら、鬼なんて噂が立つはずがない! 

 もし追試がだめなら留年確定。そんなの親にばれたら仕送りがストップするかもしれない。


 生活困窮。大学中退。人生真っ暗!?


 平穏な毎日が急に崩壊していくような気がした。そして無意識のうちに家に向かってダッシュしていた……。



 俺が願いを言った後、数十秒の沈黙が続いている。

「えっと――」

 ようやく目の前の悪魔が沈黙を破った――

「あの、聞き、まち、がい、かも、しれ、ない、から、もう、一回、言っ、て?」

 ――が、なぜか声が震えている。

「だーかーら、単位があと一つ欲しいんだって。進級――いや俺の人生がかかっていてさ」

 俺ははっきりと願いを言い直す。


「……はあ?」


 悪魔はあきれきったような声を出した。

「私はね、自分の体を傷つけても構わないくらいどうしようもない思いを感じてここに来たわけ。今回はどんな恨みがあるんだろう、どんなどす黒い欲望があるんだろうと思って、ワクワクしながら出てきたのよ。それが何?留年しそうで単位が欲しい? まーたとんでもなくしょーもない願いを言ってくれたのね」

「なっ、しょうもないだと! こっちは今ある世界が壊れたと思うくらい衝撃的なことだったんだぞ」

「ふんっ、こんなことで自分の世界が壊れるとか、どんなお気楽人生歩んできたのよ。あんた基準じゃ人類はもう百万回は滅びてるでしょうね」

 よくわからないけどすごく批判をされてる。えーと、人類が現れたのが五百万年くらい前だから五年に一回は滅ぶのか、滅びすぎだろ。大人にもなれねえよ……ってそんなことはどうでもいいか。

「悪魔に人生なんて語られたくねーよ。俺にとっちゃ今が一大事なんだ。で、どうなんだよ、叶えられるのか?」

「あーはいはい、お安い御用。まあ姿現しちゃった時点で願い聞き入れたようなもんだしー。こんな簡単なことであんたの人生少しいただけるならもうどうでもいいや」

 うわー、やる気なさそうだなー。


 ……いやまて、けだるそうなしゃべりの中に不吉なワードがあったぞ。


「……人生いただくってどうゆうことだよ」

 俺は少し不安になる。

「別にあんたを殺すとかじゃないって。願いが多かったり、無茶だったらそれも考えるんだけど。しょーもない願いだしねー、少し大切なものを奪うだけ。……まあそんなことはどうでもいいじゃん。たいしたことないから! それより具体的に単位取るってどうするの?」

「ああ、三日後のテストに受かればいいだけだ。ただそれが今の俺ではどうしようもないんだ」


「そう、やっぱあんたってバカなのか」

「……なっ!」

 さらっとひどいこと言いやがって。ちょっと言い訳くらいさせて……いや登録忘れとか、どちらにせよ罵倒されそうだ。やめておこう。

「まあいいわ。こんな依頼さっさと片付けてあげる。あんたの名前は?」

「戸山一人、雨戸のの戸に山は日本のそこらじゅうにある山、一人ひとりと書いて一人かずとだ」

「ふーん、バカっぽい名前ね。画数も少ないし、小学生の低学年で習うような漢字ばかりじゃない」


「俺の名付けの親に謝れ!」


 なんてことを言うんだこの悪魔は。日本人の名前の半分くらい(?)は小学生でも書ける漢字だろ。日本人の半分くらいを敵に回したぞ。……ただやけに日本の教育事情に詳しいな、見た目は日本人離れしているが。


「戸山一人……契約完了っと。それじゃ一回私はしょーもない依頼の内容とバカな依頼主の書類を作りにあっちの世界に戻るから。三日後また呼んでねー。今度はパソコンの前で私の名前を呼んだら出てくるわ」

 悪魔はパソコン前の奇妙な空間に消えようとした。


「お、おい、ちょっと待て! ……まだお前の名前聞いてないぞ!」

 あわてて呼び止める。

「あー言ってなかったっけ? 私の名前は『ルナ』。じゃあまた三日後にねー、はぁー」

 

 最後に深いため息を残し、悪魔は部屋から去っていった。


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