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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Dark Alchemist~血の紅玉~

作者: L


―正義とは何だ?

―神の教えとは何だ?


昇る気泡に虚ろな目を向け問いかけるが、答えなど返ってくることは無い。


―自分の人生とは一体何だったのだろう?

―正義の名の下に何の罪も無い人々の命を奪い続けてきた自分の人生とは一体…。

―例え、それが知らなかったこととはいえ、それは許されることではない。

―だから、私は……。


また一つ気泡が目の前を通り過ぎ、昇っていく。

湧き上がる気泡が奪ってきた人々の命の灯に見える。

それは自分の犯した罪を決して忘れるな、そう語りかけているような気がする。


―忘れない。

―忘れることなど決してない。

―罪は償う。

―今も、そして、これからも…永遠に。


自分の、この選択が、間違っているとは思わない。

絶対に。

思い出すのは、選択の日。

彼の足元に縋り付き、子供のように泣きじゃくり懇願した悪魔の願い。

決して忘れることのできない自分という愚か者の懺悔。

そして、審判者のように自分を冷たく見下ろす紫の光。






薄暗い部屋は悪臭に満ちていた。

湿気と(かび)、そして薬品と油と獣の臭い。

部屋に窓は無く、臭いは行き場をなくし部屋に淀み留まっている。


そんな部屋の入り口に男はいた。

外は雨でも降っていたのか全身びしょ濡れ。

足元に水溜りを作っている。

服はよれよれでひどく汚れており、雨に濡れていても鼻をツン突く悪臭がする。

しかし、この部屋の悪臭に比べればまだマシなほうなのかもしれない。


浮浪者、に見えなくもないその男は、よく見るとまだ若い。

年のころは二十代半ばくらい。

雨に洗われても汚れている焦茶の髪と濁った碧い瞳。

全身から隠しようも無い悲愴と疲れが滲み出ている。

そんな青年は部屋の入り口に立ったまま微塵も動かない。

ただ、青白いその顔で前を見つめる。

青年の視線の先、部屋の中央には唯一この部屋の明かりである燭台が机の上で静かに室内を照らす。

机の上には、何かの実験に使う器具と様々な異国語で書かれた本が所狭しと置かれ、そして――椅子に座っているその人物が頬杖をつき、入り口に立つ青年を無感情に見つめていた。


「……私は罪を犯しました」


前を向いたまま青年は震える声で告げる。

それは、雨に打たれた寒さからくる震えではない。

心の奥深くにしまいこんでいた記憶を無理やり引き出すその恐怖からくる震え。


「…紅玉、というのをご存知ですか?」


それは問いかけであったが、独白でもあった。

青年は返答を期待しているわけではない。

ただ過去を振り返る。


「教会が専売している宝石です。…その深い紅は世界の三大色にまで数えられ、その鉱山と精製方法は教会しか知らず教会の主要な資金源の一つとなっています。しかし、その鉱山の場所と精製方法は教会でも秘匿とされており、私のような下級騎士では知ることさえできないモノです」


青年は一息入れると、


「しかし、私は見たんです……」


ぽつりと青年は震える声で呟く。


「ずっと……ずっと紅玉の原料は鉱石だとばかり思っていました。でも、紅玉は鉱石から出来ているわけではなかったのです!!」


青年が膝をつき叫ぶ。

その瞳を見開き、涙を浮かべ語る。


「教会はずっと悪魔狩りをしてきました。悪魔の末裔、悪魔と契約した者、悪魔と交わり出来た子供、悪魔と関係した全ての者を捕らえ裁いていた。私も教会の命に従い、彼らを捕らえていました。捕らえられた彼らは、処刑地で裁かれる。そう思っていた。でも!そうではなかった!!あの日、私は見てしまった……」


その日も悪魔と関係した者たちを捕らえてきていた。

中には乳飲み子を抱く若い母親や、まだ年端もいかぬ子供さえいた。

不憫と思った。

しかし、悪魔と関係していた者たちに情けをかけることは許されなかった。

彼らは翌朝、日が明ける前に処刑地へと送られている。

そうずっと聞かされていた。


しかし、その日はいつもと違って眠れなかった。

宿舎を抜け、フラフラと気分転換に教会内を歩いていた。

すると、今日連行してきた悪魔と関係していた者たちが数人の騎士に連れられてどこかに向かっていた。


こんな夜中にどこへ?


それは単なる好奇心。

彼らの後をつけた。

そして、連れて行かれた先は地下室だった。

常時鍵がかかっているため開くことのない扉がその日に限って開いていた。

扉の隙間から見た光景は――


「…血を……奴らは血を絞り取っていたんです!!」


叫ぶその声が恐怖で震える。

恐ろしい光景だった。

悪魔の徒と蔑む彼らの足を縄で縛り、逆さに吊るし体中に管を刺し流れる血を集めていた。

男も女も子供も関係なく皆一様に同じ姿で血を搾り、集められた血は鉄の器具に流し込まれ、やがて……深紅の宝石となってその姿を現した。


「教会が専売していた紅玉……それは悪魔狩りと称して捕まえた人間の血を絞り取り精製した…血の宝石だったのです!!」


見開いた目から涙が零れた。

騎士として何人もの人間を悪魔として捕らえてきた。

彼らは裁かれたのではない。

殺されていたのだ。

教会の手で。

紅玉を作るために、血を絞り取られ。

それに自分は加担していたのだ。

それが彼の精神を追い詰めた。


「死のうと思った……だが…出来なかった」


青年は崩れ落ち、石畳の床に突っ伏す。


「死のうとすると…彼らの―私が知らず知らずの内に死地へと導いた彼らの顔が私の目の前に現れるんです!!正義を振りかざし、数多の罪無き無垢な人々を。その命を奪い続けたこの私が、簡単に死んでいいはずがない!!生きて、苦しんで!苦しんで!苦しんで!楽に死ぬことなんて許されない、絶対に!!」


蹲り嗚咽を漏らす。

死で贖えるならそうしている。

しかし、この罪は死では贖えない。

天井から縄で吊るされ、全身に管を刺され、血を絞り取られている彼ら。

彼らの血を抜かれた青白いその顔が忘れられない。


苦悶。

苦痛。

恐怖。

絶望。


彼らを殺したのは自分だ。

自分で自分が許せなかった。


「…う…ッ……うぅ」


自らの顔面の肉に爪を立て掻き毟る。

深く食い込んだ爪が肉を抉り、血は悔恨の涙と混じり石畳の床を濡らす。


許さない。

絶対に、自分を。

だが、自分以上に許せぬ存在もあった。


「私は悪魔になりたい」


鉄の味がする舌を動かし、言葉を紡ぐ。


「あの日地下で見た騎士たちは…笑いながら楽しそうに血を……絞り取っていた…あの顔…あの姿こそ悪魔そのものだ!!」


顔を上げ吠える。

今や頬骨さえ見えるほど肉を抉った顔面からはおびただしい量の血が溢れ、血の臭いが部屋の悪臭に混じる。


「正義の名の下に、罪無き人々を殺すあの悪魔たちを殺してやりたい!しかし…私にはそれができない……そんな力は私にはない!…だったら、私は人間をやめて悪魔になりたい!悪魔を殺す悪魔となりたい!!」


血に濡れた床を這い蹲り椅子の元まで行く。


「頼む!あなたなら出来るはずだ、伯爵!!」


椅子に座っている人物の足元に縋り付く。

涙に濡れ、血に濡れたその瞳で懇願する。


「私を…私を悪魔にしてくれ!!」


伯爵と呼ばれた少年は白金の髪を揺らし、石床に這い蹲る青年を紫の瞳で見つめる。

ガラス玉のような綺麗な瞳には何の感情もこもっていない。

凪いだ海のように静かな瞳で青年を見下ろし、


「君がしたいのは復讐か?贖罪か?」

「両方です!!」

「……欲張りだね」


即答した青年に非難の言葉を向ける。

しかし、言葉とは裏腹に少年の口元は楽しげに笑っていた。






コポッコポ、と湧き上がる気泡を虚ろな瞳が追う。

しばらく眺めていたが、やがてそれに疲れた彼はその瞳をそっと閉じた。

次に目覚めるときは、自分は自分でなくなっているだろう。


復讐の徒に。

永劫の咎を背負う罪人に。


これで一体何が変わるのか?

何も変わらない。

ただの自己満足だ。


ひとりの人間が死んで。

ひとりの悪魔が生まれる。

ただ、それだけ。


彼らが罪無き人々から絞り取った血に…自分は彼らから絞り取った血で贖おう。






少年は部屋の隅にかけてあった薄汚れ黒ずんだコートを手に取る。

ハンガーから外す時に長年積もった大量の埃が宙を舞うが、少年は気にせずそのまま薄汚れたコートに袖を通す。

そして横に掛けてあった帽子を手に取ると、ぱんぱん、と数度はたくと頭に深く被る。


それから、ふと思い出したように懐から紙切れを取り出すと、ペンで何かを書き記しそれを机の上に置く。


所々が剥げ落ちてる皮製の旅行鞄と今にも折れそうなステッキを手にすると、明かりの無い暗い室内を出口に向かって迷うことなく歩く。

扉の戸に手を掛けた少年は、一度だけ振り返る。

部屋の中央にある溶液の筒の中で、まるで母親の胎内にいる胎児のように丸まるそれを一瞥すると、少年の姿をした狂気の錬金術師は口元に薄い笑みを浮かべ、扉を開け嵐の夜に身を躍らせた。


紙に記されていた言葉はただ一言。


―血を吸う悪魔(ヴァンパイア)


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