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Chapter4「誰が為に鐘は鳴る」

   Chapter4「誰が為に鐘は鳴る」



 ――いつも変わらなくてこそ本当の愛だ。一切を与えられても、一切を拒まれても、変わらなくてこそ。

                                       ゲーテ


 高層ビルの最上階。新宿一帯を一望する事が叶う窓に手を当て、その男はいつもと同じように、そこにいた。

 背後から聞こえた軽やかな足音の持ち主に対し、その男――アキラは静かに言った。

「ようやくお出ましかい? ベアトリス?」

 アキラの言葉に、ベアトリスは「クスリ」、と笑った、ような気がした。

「知っていたのですか?」

「ああ。当たり前だろう。私を見くびって貰っては困るよ」

 くすんだ髪の色、浅黒く変色した肌、そして何よりも、その背中から食い破るように生えた、蝙蝠のように禍々しい、羽根。

「まるで――悪魔だな」

 ふとアキラの漏らした感想に対し、悪魔はこう答える。

「いいえ。神です。貴方の望んだ、神です」

「そうだね。君のように高度な知性を獲得したネフティスこそ、私の待ち望んでいた『神』そのものだ」

「ここで果てて頂きたいのです。我々がこの惑星を我が物とする為に」

 しかし、アキラは神と目した相手をして、首を横に振った。

「いや、私とて楽には死ねないよ」

 そう言って、アキラは机の上に置かれていた一本の大剣を構える。それは、地下の遺跡で、錆び付いたマスティマライダーを張り付けにしていた、あの剣だった。

「Σウェポン……。弐式(戦闘形態)を持たぬアスターの、戦闘用デバイス。なるほど、本気なのですね」

「ああ。私も本気でやってみたくなったのさ。ネフティスと、マスティマライダーの、生存競争って奴をさ」

 アキラが踏み出すと同時に、ベアトリスの異様に伸びた爪が突き出された。が、アキラはそれを予測していたらしく、僅かに体を右に反らして、回避しながら、右手に構えた大剣を大きく薙いだ。

 大剣の切っ先が、ベアトリスの左腕を、ばっさりと切り落とす。

 アキラは素早く伸ばした左手で、切り落とした左腕をキャッチする。そして、未だ青い血液を噴出している、それを、口の中へと放り込み、噛み砕き、飲み込んだ。

「夜天を包む、幾億の光。我は、星々」

 ALICEの形をした携帯端末を、大剣のグリップに取り付けられたくぼみへと放り込み、アスターのその姿が、まるでネビュラ達の弐式のように、羽を生やした天使を彷彿とさせる物へと変貌させた。

 しかし、その羽はまるで金属で出来ているかのように、重々しく、鈍い光沢を放っている。

 そんな、自らの宿敵である姿を目前にして、悪魔は、それでも尚、笑っていた。

「かつての我々ならば、その姿に恐怖した事でしょう。ですが、今の我々は、違う」

「ほう?」

 ベアトリスの言葉に、機械仕掛けの天使は首を傾げる。

「我々も進化したのです。人間と言う、高度に発達した媒体を得ることによって」

 そう言ってベアトリスは、天使の眼前で青い端末を掲げ、ひらひらと弄んだ。

「それは……予備のアスター。いつの間に……?」

 特別な機体として、『彼ら』が産み出したらしい、ネビュラや、その構造を解析し、地球の技術を流用して教会が産み出したノヴァと違い、アスターは『彼ら』にとっても汎用的な物であるため、アキラが持つそれ一つではなかった。

「先程教会にて探し出してきました。勘の良い貴方の事です。これがどういう意味を持つか、お解りですよね?」

「天敵の力さえも、我が物とするつもりか。それが、進化の、頂点と言う事か」

「はい。我々が待ち望んだ、マスティマライダーの有機デバイスの代用となるまで進化した、人類という種族。この惑星こそ、正に楽園となるべき場所なのです」

「じゃあ、私は……どうするべきかな? 人間代表として? それともマスティマライダー代表として迎え撃つべきなのだろうか?」

「どちらでも結構です。最早この地球上に、我々と対抗できる者は、貴方だけですので」

「なるほど」

 天使と悪魔は、窓を突き破り、空へと飛び立った。

 ぶつかり合う、大剣と爪。だが、アキラはその力が、今一歩及ばぬ物であると悟った。

「流石に強いな」

「当たり前です。我々が幾千億の時間を放浪していたか分かりますか? 分からないでしょう? 我々も、我々自身が忘れるほどの長い年月でしたから」

「だろうね。捕食者から逃れるべく、宇宙の各地を彷徨い続けたんだ。その心中、お察しするよ」

「ええ。この苦しみ、戦いの記憶に比べれば、人類がこの地球で行ってきた生存競争など、余りに陳腐です」

「確かに、そうかもしれないね。私達人類も、マスティマライダーと同じだ。もう既に十分、マスティマライダーだったと言う事か」

 だからこそ、マスティマライダーの有機デバイスとなる資格があるのだろう、とアキラは思う。

 長い生存競争を経て、人類は、地球上の多くの生物の人生を、弄んだ。それは、同じ人類のそれさえも。

 きっとマスティマライダー達もそうだったのだろう。優れた能力を有するネビュラ達のような上位種と、それ以外のアスター達のように。

 今、アキラは、アスターは、その報いを受けている。

 この惑星と、マスティマライダー達の代表者として。それは人類代表者として、人々の原罪を背負った、かつてのイエス・キリストのように。

「私は、破れる運命にあるのだろうな」

 そうアキラが口にすると同時に、悪魔の爪がその腹部を貫いた。

 墜ちていく、天使の身体。

 だが、その身体を、禍々しく、巨大な何かが包み込んだ。

 まるで全身に目があるかのように、その巨体に埋め込まれたネフティスコアを見て、アキラはそれが一体何なのかを、一目で把握した。

「『アインソフ・ノヴァ』……? そうか、人類としての私を裁くのは、同じ人類である君達か」


             ***


 崩壊していく、夜の街、東京。全てはあの、全身にネフティスコアを埋め込んだ巨人が引き起こした出来事だった。

 高層ビルが呆気なくなぎ倒され、次々に火の手が上がる。

 今や人々はネフティスのように咆吼を上げ、混乱の渦に巻き込まれていた。

「ふふ。どうだい? 自分を騙した人間がこうなる姿を見るのは? 気分が良いだろう?」

 瓦礫となったNEXLの本部へとやってきた風間とシオンは、そこに倒れ込む、赤茶けた髪の男を見つけた。

「一体、何が……?」

 今や見る影もないアキラに、風間は問いかける。最早怒りなど、微塵も感じなかった。

「ベアトリスだよ」

「なんだって?」

「彼女が、最後の敵だ」

「そんな、馬鹿な」

 風間は耳を疑った。当たり前だろう。何故、彼女が。

「嘘じゃない。彼女はネフティスとして、知性を持った。最早人間では無い。最強の、ネフティスだ」

「やっぱり、芽衣は死んていたんですね」

 しかし、不思議と納得が行くのも、又確かだった。

「ああ。そして私は、人類と、マスティマライダーの代表者として戦って、そして、破れた。だからこの惑星は、間もなくネフティスの物となる。だが……」

 アキラは自らの傍らにあった大剣を、風間達へ向かって投げて寄越す。

「受け取れ」

「これは?」

「人類として戦うか。マスティマライダーとして戦うか。君が決めるんだ」

 と、そこまで言ってからアキラは首を振った。

「いや、違うか。君は、あくまで人類として、そしてヒーローとして戦うつもりなんだな。時に、アイザック・ヴァレンタイン」

「アキラさん……」

 今や風間は、名実共に、アイザック・ヴァレンタインだった。

「行け。君が作る世界を見たかったが、どうやら私はここまでらしい。当然か。人間としても、マスティマライダーとしても、破れたのだからな」

「俺は……」

「行きましょう。樹」

「シオン……」

 燻る風間の手を、シオンが引く。

「時にアイザック・ヴァレンタイン。シオンを頼むよ」

 そんな二人の様子を眺めていたアキラは、不意にそんな事を言い出す。

「え、あの……」

「早く行くわよ」

 もっとも、シオンにとっては余計なお節介と言った所か。

「ありがとう、ございました」

「礼などするな。早く行け」

「はい」


 NKに跨がり、遠ざかっていく二人を見つめ、アキラはふと呟く。

「私は、一人か」

 だが、既に彼の言葉に応える人間は居なかった。

「元より、そういう存在だったな」

 薄れ行く意識の中、アキラはこれまでの人生を夢想する。が、その中で真に心を許した人間など、一人も居なかった。


             ***


 大勢の人々の死体を踏みつぶしながら、そんなものを気にも止めず進み続けるアインソフ・ノヴァと、

「芽衣……いや、ベアトリス」

 それを先導する悪魔に向かって、ロイヤル・ストレージを装甲した風間が呼びかける。その手には先程アキラから受け取った大剣が握られていた。

「うふふ。どうしたの? 樹君? シオンも? ただの人間如きが、今更何をするつもり?」

「話し合いに来た」

「話し合い?」

 風間の言葉に、前進を止めたベアトリスは、大きな笑い声を上げた。

「何が可笑しい?」

「だって、話し合いよ? 馬鹿にして欲しくはないわ。我々は今、この惑星を住みやすく改造している最中なのよ? そしてこれは我々ネフティスの総意なのよ」

「だからこそだ。NEXLの、人類代表として話がある」

「ただの凡夫如きが、人類代表を気取るなんて、おこがましい。所詮他人から譲って貰っただけの力しかない癖に」

「確かに、俺に力はない。だけど、今の俺は、アイザック・ヴァレンタインだ」

「うふふ。違うでしょ? 正直に言いなさい。貴方は、樹君は、単に芽衣が忘れられないだけでしょう?」

「違う」

 尚も笑い続ける悪魔の指摘を、風間は真っ向から否定した。

「ふうん。じゃあこうされても、それが言えるかしら?」

「あぐっ!」

「シオン!?」

 ALICEのような物体を持った悪魔が、その右手をかざすのに呼応し、装甲していたシオンが突如として、苦しげな声を上げた。

 そう。今やベアトリスはマスティマライダーの支配権限の力さえも我が物としたのだ。

「やめろ!ベアトリス!!」

「さあ。早く私を撃ちなさい、樹君。早くしないと、……分かるでしょ?」

 ニヤニヤと、人を食ったような表情を浮かべるベアトリス。

「い、つき……」

 シオンはモニター越しに風間を見つめ、苦しげな声を上げていた。

 何を、迷う必要がある。

 風間はΣウェポンの剣先を、左右に分離させると、その中心から露出した砲身をベアトリスへと向けた。

「な……っ!?」

 砲身から放たれたエネルギー弾が、ベアトリスの肩を打ち抜く。

「お前は、もう芽衣じゃない。”ただのネフティス”だ。自分が進化したなんて勘違いしている、愚かなネフティスだよ」

「何を、言っているの……?」

「現に、見てみるんだ。君の傍らに居る、その巨大なネフティス、いや人間達を。彼らは苦しんでいる。人間として、苦しんでいる。分からないのか? 君は一人ぼっちなんだよ。ネフティスの思念に取り付かれてしまった、ネフティスのような、人間のような、曖昧な存在でしかない」

「違う! 私はネフティスよ! 完全なるネフティスなの!」

 風間の言葉を、ベアトリスは真っ向から否定する。が、風間は至って冷静に首を振った。

「いいや。違うさ」

「違わない!」

 痺れを切らしたらしいベアトリスが、その異様に伸びた爪を、風間へと向かって突き立てる。  

 が、その攻撃は、突如としてベアトリスの後方から浴びせられた蜘蛛の糸のような物によって縛られ、その行き先を阻まれてしまった。

「誰だ!?」

「ええ。あなたは、人間の思考に取り付かれたネフティス。いや、ネフティスの思考に取り付かれた人間。曖昧な、揺れ続ける、哀れな存在へと、間違った進化をしてしまった」

 憤ったベアトリスが振り返る。

 そこには、三日月に輝く月を背に、まるで空中を歩くかのように立つ、一人の女性の姿があった。

「ナクア……」

 シオンは驚いた声を上げた。その、糸のような白髪の髪を靡かせる女性は、紛れもなく、ナクアだったからである。

「餌如きが……今更何の用?」

「私は、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」

「へぇ? 餌如きの戯れ言に耳を貸すとでも?」

「貸すわ」

 ベアトリスの言葉に、ナクアはニヤリと口元を歪める。

「私は幼い頃ネフティスコアを埋め込まれてから、ずっと彼らと対話し続けてきた」

「あらそうなの? なら分かるでしょ? 我々のすることの意味が」

 しかし、ナクアは首を横に振る。

「分からないわ」

「・・・・・・聞き間違いかな?」

 低く、怒気を含ませた声を上げるベアトリスに、ナクアは静かに語り始める。

「分からないわよ。だって私達は、共に生きてきた。人間として、ネフティスとして、共に生き続けてきた。彼らは……苦しんでいたわ。人間を喰らった事に。レイの家族を喰らってしまった事に」

「何を馬鹿な事を! 嘘ね。我々は違う! この地球上を支配するべく人間を理解した! その狡猾さ、醜悪さ! その全てを! その上で我々が支配しようと考えたのよ!」

「理解の仕方が違ったのよ。貴方は、貴方たちは、人間を支配することで、人間を理解しようとした。だけど私と、私の身に宿るネフティス達は、人間と共に生きることで、その本質を理解した」

「本質ぅ? この醜さこそが、その本質でしょうに!!」

 憤るベアトリスに、ナクアは全くその冷静さを失うことはない。

「あなたには、何年経っても分からないでしょうね」

 そう言って、ナクアは両手を広げ、上半身を反らし、その身を夜天に預ける。

「行くわよ、レイ。起きてるんでしょう?」

 月の光が、煌びやかに、その身体を包み込む。

「レイ、さん……?」

 困惑する風間。

 刹那。月の彼方から、白銀に輝く長剣が、槍のようにナクアの元へと舞い降りる。

参式サードスタイル、対異常生命体形態、起動」

 そして、ナクアの身体が、白銀の長剣によって貫かれると同時に、それはやってきた。

 漆黒に輝く、装甲。

「私は、私達は、人間の本質を理解した」

 美しくも、禍々しい、怪鳥のような羽根。

「その本質は、私と、レイを通じて、マスティマライダーとネフティスを、結びつけた」

 漆黒の騎士、いや、天使。

 その姿こそ、正しく、

「これが、守護神……『マスティマライダー』」

 教会の教義にあった、あの、存在。

「風間、シオン。お前達は、アインソフ・ノヴァを止めろ」

「レイさん!?」

 脳裏に響く、ぶっきらぼうな物言いの男の声に、風間は耳を疑った。

「行け。こいつは、俺達が倒す」

「わかりました」


 シオンを連れ、アインソフノヴァの足下へと向かう風間を見送った後、ベアトリスは、その謎の存在を改めて観察する。

「何故?」

 身体が告げる。これは、マスティマライダーだと。

「なんなの?」

 しかし、同時に告げる。これは、ネフティスでもあると。

「その本質って、一体」

「言って分かる物じゃないわ。ねぇ、レイ?」

 困惑するベアトリスに、陽気な声でナクアが告げる。

「俺は分かりたくもない」

 男の声が聞こえた。と思ったのも束の間、白銀の長剣が、ベアトリスの眼前へと迫る。

「ぐっ……! なんなの!? この力……?」

 済んでの所で回避したベアトリスは、即座にその謎の存在へ向かって爪を突き立て、その命を絶たんと画策する。

 ――が、消えた。

 いや、消えてなどいない。自身の後方へと瞬時に移動し、その背中を切り裂いたのだ。

「ネフティスとマスティマライダーが、同調している……? 馬鹿な、こんな事、あり得るはずが! あっ!?」

 異変に気付いたのも、それと同時だった。

 アスターのデバイスを携えていた右手から、じょじょに肉体が崩壊を始めていたのだ。

「アスターの力が……何故だ!? 完全に支配した筈じゃあ……!?」

 狼狽えた声を上げるベアトリス。だが、彼らにとっては、それが意外でもなんでもないらしい。

「支配できるはずがないだろう」

「そうね。マスティマライダーは、ネフティスの捕食者。絶対に敵う筈がない」

 最早、意味が分からなかった。

「じゃあ!何故貴方達は!?」

「言ったでしょ?」

 ナクアの、諭すような声が、脳裏に響く。

「――人間が、それを可能にしたの。人間の、本質が」

 ――あぁ。そうか。そんな単純な事なのか。

 道理で理解出来ないはずだ、とベアトリスは、いや、ベアトリスの体内に流れるネフティス達は気が付いた。

 だが、それに気付いたところで、最早意味は無い。

「遅かった……」

 力はあった。その上時間も、あった。だが、間違えていた。

「それは、負ける訳ね」

 崩れゆく肉体を散らしながら墜ちていく最中、ベアトリスは最後に眼下に居た風間を見つめて、こう言った。

「さよなら。樹君」

 それが、最後の言葉だった。


             ***


「こんな奴どうやって相手するのよ!?」

 頭上にそびえ立つ、巨大な怪物を前に、シオンが叫ぶ。

「相手にする必要は無い!!」

「はぁ?」

 が、風間の言葉はシオンには全く理解出来ぬ物だった。

「戦う必要は無いんだ」

「どういう意味よ」

「彼らは、人間なんだ」

「まさか……」

 風間は両足のホイールと、両肩のタイフェーンを全開に、上空へと、跳ぶ。

 その顔を見据えてから、ゆっくりと大きく手を広げ、

「俺は、君達を、受け入れるよ」

 優しく、そう呟いた。

 そして、それに呼応するかのように、ロイヤルストレージの全身から、優しく、暖かな光が発せられていった。その光の中心点、それは紛れもなく、

「歩君……?」

 ネフティスコアその物だった。

「そうか。そうだよな」

 光が、アインソフノヴァを包み込んでいく。

「それだけの事さ」

 それは、本当の、祝福の光。


             ***


「もう行くの? ウチで紅茶を飲んでから行くと思ってたのに」

 すっかり明け方になった、瓦礫の街。

 シオンは眼前に立つ、白銀の長剣を携えた白髪の女性にむかってそう言った。

「そういえば、そうだったわね」

 ナクアは惚けたような、困ったような顔をして答える。

「待っているわ。だから必ず帰ってきなさいよ」

「仕方ないわね」

 やれやれとした表情で肩を竦めて、溜息をつく。が、その表情は穏やかで、晴れ晴れとした物だった。

「これから、どこに行くんです?」

 背を向けたナクアに対し、ふとシオンの傍らの風間が尋ねる。

「フフフ。あての無い旅よ」

 いつものようにそう笑ってから、シオンはゆっくりと歩き出す。

 きっと、これからも、途方もない道を、彼女は――いや、彼女達は歩み続けるのだろう。

「歩君。あの人達を、お願いできるか?」

 風間が後方に止めていたNKに向かって、そう言うと、その紫色のNKは、独りでに起動し、ナクアの後を付いていくようにして、走り出した。

「ありがとう」


 小さく消えていく彼女達の姿を見つめながら、風間は、傍らに居る、黄色い髪の少女に向かって、こう語りかける。

「シオン。俺はこれから、ヒーローになろうと思う」

「へぇ。それで?」

「だから、その……君はどうするのかなぁって」

 少し笑いながら、惚けたように首を傾げるシオンに対し、風間は後頭部を掻きながら、ばつの悪そうな声で、そう言う。

「ねぇ樹」

 するとシオンは風間の前にやってきて、そのつり気味の目で、彼の目をじっと見つめる。

「な、なんだよ……?」

「一回しか言わないから、良く聞いて」

「あ、ああ……」

 シオンの美しい顔が、風間の視界を、埋め尽くす。そのきらりとした肌の、隅々まで見渡せる程に。

「一〇〇点満点」

 そんな、小さな、本当に小さな呟きが聞こえるまで、風間の思考は完全にどこか違う世界へと飛び去っていた。それもこれも、この唇に残る、こそばゆい感覚の所為だ。

「――さあ。行きましょう。新しい時代の為に」



 ――マスティマライダーと呼ばれる者達が去り、全ては終わった。

 ――だが、それは新たな時代の始まりに過ぎない。未知なる時代の、始まりである。

 ――しかし、何も恐れることはない。恐れずに、受け入れれば良い。

 ――彼らが、それを教えてくれたのだから。


 ――彼らのその後は、誰にも分からない。

 ――だが、私は、私達は彼らが生きていると信じている。ようやく平穏な日々を手に入れたのかもしれないし、もしくはどこかで戦っているのかもしれない。まあ、もっともそれは私の与り知らぬ所だが。

 

 ――故に私は願う。

 ――何時の日か、彼らが、平和な世界で暮らせるように。

 ――その為に、私は、この世界を導いていこうと思う。

 ――例えそれが、どれ程困難な道だとしても。


 ――それをやり遂げるのが、英雄だ。

                       アイザック・ヴァレンタインの手記より



   エピローグ「ネビュラ」


 私は、ネフティスになってしまったのだ。

 もう、人間では無い。

 こんな私を、受け入れる者が、居るはずがない。


「あ、あれ……?」

 白銀の剣が、ゆっくりと抜かれていく。

 不思議と、痛みはなかった。いや、それどころか、全身の疲労が消え失せたかのように、みるみる体がすっきりとしていく。

「あなたは……」


 だが、そこにもう漆黒の騎士の姿は無かった。

「大丈夫かい?」

 突然の声に、振り返る。

 代わりに、そこには、優しげな瞳をした青年がこちらに向かって手を差し伸べて立っていて、その傍らには、ちょっと不機嫌そうな顔をした、蜂蜜を塗りたぐったかのように黄色い髪の女性が立っていた。

「俺は、NEXLのアイザック・ヴァレンタイン。君を、迎えに来た」

 差し伸べられた手を取り、私は安心してしまったのだろう。ゆっくりと、微睡みがやってきた。

 この世界には居たのだ。

 こんな姿になってしまった私を、受け入れてくれる者達が。


             ***


 気を失った少女を抱き抱えてから、風間は首を傾げた。

 ネフティス反応を元にこの街へとやってきたのだが、その街の、住人達全てが、ネフティスの反応は確かにあるのに、その姿は人間のままだったのだ。

「まさか……!」

 はっとなって、風間は夜天を見上げる。

 この夜を、優しく照らす満月。その中に、僅かに、ほんの僅かではあるが。


 ――ちらりと舞い踊る、漆黒の天使の姿が見えたような、気がした。


「まるで、本物の天使ね」

 傍らのシオンが言う。優しい、透き通るような声で。

「ああ」

 そう、優しく返事をした風間は、心の中で、ある言葉を考えていた。

 もしかしたらその考えを口にすると、きっとシオンは自分を馬鹿にするだろう。だが、それでも風間は言わずには居られなかった。

「俺……まだまだ、だな」

 その言葉に、シオンは「はー」と溜息を漏らし、ニヤリと、意地悪い顔を浮かべると、やっぱり風間を馬鹿にした。

「――ええ。五〇点。失格よ?」


 俺の黒歴史小説。あの日俺はクリスマスにデートした女の子にフラれてワインを一瓶一気飲みして、寝起きでフラフラになりながらただひたすら書いていた。なんか知らんが書くことで現実逃避したかったんだろうな、うん。


 いやーしかし今見るとひっでーな。恥ずかしくて吐血しそう。中二病全開すぎる。若かったな俺。

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