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Chapter3「愛は同じように愛されたいと願う」

Chapter3「愛は同じように愛されたいと願う」 


 ――組織はあらゆる点において必要悪であるに過ぎない。

 ――最良の場合でも目的のための手段であり、最悪の場合にはそれ自体が目的となる。

                                アドルフ・ヒトラー


 ――今日から君が、「アイザック・ヴァレンタイン」、だ。


 真っ白な部屋。文字通りの、真っ白な部屋に、風間樹は居た。

 天井、床、ベッド。何から何に至るまで、白。

 きっと監獄と言うのは、こう言う物なのだろう。いや、今居るこの場所が、きっと監獄に違いないのだが。

 ――信じるのです。

 天井のスピーカーから流れる、女性の声。

 ――霊帝様を信じ、神を信じ、我々は新世界へと導かれるでしょう。

 ここに閉じ込められてからどの位立つだろうか。時計も、窓さえないこの部屋で、この教会の説教を聞き続けるだけの時間を、あとどの位続ければ良いと言うのだろうか。

「君が、アイザック・ヴァレンタインか。こんな若い男だったとはな」

 今の自身の服装は、白く、煌びやかな格好をしている。つまりは、そういうことだ。浴びせられた言葉に、風間は、その憔悴しきった顔を向けた。

「ちがう」

「今更誤魔化さずとも良い。アキラ君が連れてきたのだ。相違無いのだろう?」

 ガウンの重たく、装飾塗れの格好をした、小綺麗ながら、髭を蓄えた中年男は、そう言った。

「カーディナル、アキラ……」

 話は、少し前(とは言ってもどれぐらい前か分からないのだが)に遡る。「食事をしよう」とアキラに持ちかけられ、飲み物を飲んで、異常な睡魔に見舞われ、気がつけばここに居たと言うわけだ。

 ――アイザック・ヴァレンタインとして。

「君、名前は? 勿論、アイザックなど偽名だろう?」

 意外にもこの男は話せるらしい。風間はゆっくりと頷いた。

「風間です。風間樹」

「私は、霊帝、アーカム。いや・・・・・・有馬修司だ」

 風間は、はっとした。と、同時にこの男の格好に納得も行った。

「風間君。君には教会がどう映る?」

 嘘を付くべきか、否か。いや、嘘など付いても意味は無い。きっとレイもそう言うだろう。それにこの男は別段憤慨しないだろう。

「……最低最悪の偽善者集団です」

 風間の答えに対し、何故か修司は、笑った。

「だろうな」

「否定しないんですね」

「できないよ。それにするつもりもない」

「娘にも同じ事を言われた」

 娘。無論、風間は彼女を知っている。

「シオンにも?」

「娘を知っているのか?」

「ええ、まあ……」

「そうか……」

 そう言って、霊帝は遠い眼差しを浮かべた。きっと過去に想いを馳せているのだろう、と風間は思った。

「娘には、随分と嫌な想いをさせ続けてきた。シオンがあんな性格になったのも、私の及ばぬ力の所為だったのだろう」

「いえ。彼女は立派ですよ。あなたは自信を持つべきだと思います」

「ふっ。敵にそんな事を言われるなど、思ってもいなかった」

 それもそうだな、と風間は自嘲する。が、全て本当の言葉だった。

「俺は……これからどうなるんです?」

 すると霊帝は、難しい顔をした。当然と言えば当然か。

「……すまない。私とて、教会の全てではないのだ」

 つまりは、そういうことだ。組織は一人の力で回っているのではない。そしてこの男は、どちらかと言えば、組織に振り回されているのだろう。

「気に病む必要は、ありません」


             ***


 それは、皮肉な事だった。

「かつてこの宇宙の、とある惑星に、ネフティスと、マスティマライダーという生命体が宿った。そんな中、マスティマライダーはネフティスを捕食しなければ生きていけないという奇妙な性質を持っていたのだ。やがて、マスティマライダー達はネフティスを食いつぶした。その惑星に、自分達しか存在出来なくなる程に」

 それと、同じ事を、人間は繰り返す。

「ネフティスという食料が減少した後、マスティマライダー達は自らの身体機能を、変身デバイスへとその意識を移すことで、最小限に減らすことにした。だが、ネフティスの消費は、止まらなかった。遂にはそのネフティス達が惑星から姿を消してしまうほどに。そうして、宇宙へと飛散したネフティス達追うように、マスティマライダー達も宇宙を放浪し始めた。最初こそ、その数は多かった物の、彼らは次第に数を減らし、地球へとやってきた頃には、最初の半分にも満たされなかった」

 アキラの話を、じっと聞いていたベアトリスは、この遺跡に埋もれたALICEの化石のような物体達を見る。この物体の全てに、長い、それこそ途方も暮れる時間を放浪してきた意識達が、眠っているのだろう。

「地球に降り立ったネフティス達が最初に目を付けたのは、恐竜だった。ある程度進化した生命体でなければ寄生できないという彼らの性質から、そうなった。やがて爆発的に進化した恐竜達は、あっけなく以後の時代から姿を消してしまう。分かるだろう?」

「マスティマライダー」

「ああ、そうだ。マスティマライダー達は、地球上の恐竜達を滅ぼした。全てね。そして、深い眠りに就いた。人型の知的生命体、彼らの本来の肉体を模した有機デバイスが崩壊する程永い時間を」

「そして、その時はやってきた」

 宇宙を放浪していた、他のネフティス達の襲来。

「かねてより予見されていた情報を、私の祖先達は、ずっとそれを守り通してきた。

そして、遂に父は教会を産みだした。この世界を支配するためにね。なんと勝手な言い分だ。自分の力ではなく、神の力を、我が物にしようとしたのだ」


「――そうだ、最早我々人類こそが、”マスティマライダー”となりつつあるのだ」


「そんな不条理が、赦される筈がない。いずれマスティマライダーとなった我々は、彼らと同じ過ちを繰り返し、やがて滅びを迎えるだろう。だったら私は、教会を、この狂った世界を、滅ぼそうと思う。そして、ネフティスに、世界を委ねるのだ」


             ***


「ご苦労様。随分疲れただろう? ゆっくり休むと良い」

 遺跡に戻ってきたレイとナクアを、アキラはニヤリと笑って出迎えた。

「風間の姿が見えないのだが」

 周囲を見回し、レイが言う。と、アキラはとぼけた様子でこう言った。

「ああ、彼は別室で休んで貰っているよ」

「嘘だな」

 レイの指摘に、「ああそうだ」と言わんばかりの表情で肩を竦めるアキラ。

「あいつは、どこに居る?」

「大丈夫さ。心配するな。それにしても君ともあろう男が……情でも移ったのかい?」

「戯れ言を」

「教会さ」

「何?」

「彼には……アイザック・ヴァレンタインになって貰った」

 アキラのその言葉で、レイがあっという間に激昂していくのが、ナクアには見て取れた。

「貴様……っ! 最初からそれが目的で!」

 アキラに掴みかかるレイを、ナクアは胸に手を当て、固唾を飲んで見守る。一方、アキラの後方に控えていたベアトリスは相変わらず笑顔だったが。

「止めろ。今頃手厚い保護を受けている所だ。それに君とて、今手を出してもどうしようもない事ぐらい分かるだろう」

「レイ。抑えて」

 いよいよ拳を振り上げようとしたレイの手を、ナクアが掴む。釈然としない様子ではあったが、これ以上は時間の無駄だと判断したらしいレイは、両手を引っ込める。

「明日。仕掛ける。『アインソフ・ノヴァ』の打ち上げと同じタイミングでね。全勢力をぶつける」

 皺になった服を伸ばしつつ、アキラが言う。

「・・・・・・本気なのか?」

「私が本気じゃない訳が無いだろう?」


             ***


 ――池袋・霊帝教会本部、『カテドラル』

 中心にそびえる高層ビルこそ無事ではあるが、その周囲を取り囲んでいるドーム状の建造物は、あちこちにヒビが入り始めていた。


 それはあっという間の出来事だった。

「長谷川隊長!第五,第六ブロックまでを制圧されました!!」

 ストレージを装着した隊員の声に、同じく、水色のロイヤル・ストレージを身に纏う長谷川は、少しだけ身震いした。

 カテドラルは大きく分けて一八個のブロックの分かれている。

 霊帝や、カーディナル達が集まる第一ブロックを中心として、バームクーヘン状に第二、第三、そして長谷川達の今居る、第四ブロック、と言う具合だ。

 無論、各ブロックには警護の為のNKが多数配備されていて、ハセガワ達の部隊もそれらと同様である。

「早すぎるぞ!? どうなってんだ!?」

 しかし、それにしても早すぎる。一八ブロックからの報告があってから、僅か一〇分足らずの出来事だ。

「分かりません! ですが、報告によると、白と黒の……マスティマライダーが現れたと!」

 なるほど。マスティマライダーか。それならば納得がいく。ノヴァ以外のマスティマライダーの存在を長谷川は知らなかったが、居てもおかしくはない。が、となれば最早自分達に手に負える存在ではないだろう。

「マスティマライダーだと!? ノヴァ様はどうしたんだ!?」

「こちらに向かっていますが、別ルートから侵入した敵機に阻まれています!」

 教会の入り口は、基本的に一つと外部に言われている。別ルートの存在を知るものは少ない。となればやはり敵は内部者ということになるのではないか。

「支配権限で止められるだろ!?」

「恐らく敵マスティマライダーの支配権限の作用が、ノヴァ様を上回っているのではないかと……」

「くそったれ!!」

 マスティマライダーが持つ、支配権限。救援が来るのはすぐだろう。そんな長谷川の淡い希望は呆気なく絶たれてしまう。

「第五ブロック、突破されました!! 隊長!! こちらに向かってきます!!」

「総員! 構えろ!!」

 小隊長である長谷川の指示に、残り二名の隊員達がライフルを構える。周囲を見渡せば、同じように幾つかの小隊も、皆同じようにしていた。


 そして、その時は来た。青一色のモニターが、真っ赤に染まり、点滅を繰り返す。

「マスティマライダー……!!」

 大量のNKを支配権限によって引き連れた、漆黒の騎士。マスティマライダーネビュラ。

 天使か悪魔かと問われれば、長谷川は間違い無く、悪魔であると答えるだろう。

「撃て!!」

 あの大量のNKの中にはきっと同胞達も含まれているのだろう。しかし、それを気遣う余裕など、今の長谷川達には無い。

 ライフルの銃弾と銃弾がぶつかり合い、火花を散らす。が、敵のNKの数は、明らかにこちらを上回っていた。じょじょに押されていく味方の叫び声が、長谷川のヘルメットの中で幾度となく反響した。

「うわああああ!! 駄目だ! 体が!! 隊長!! 助けて下さい!!」

 と、その時、部下の一人からの叫び声が聞こえた。どうやら敵にコントロールを乗っ取られてしまったらしく、その場に固まってしまっていた。

「村上!! くそっ!!」

 救出に行こうにも、大量のNK達がそれを阻む。やがて、NK達に飲み込まれた村上隊員の反応はレーダーから消えて無くなってしまった。

 悲しみに暮れる暇は無い。即座に正面を向き、敵NKへと発砲を開始する。が、

「渡辺!?」

 後方からの発砲。即座に振り返ると、部下の渡辺隊員がこちらに銃口を向けている。

「すみません、隊長! 機体のコントロールが……」

 渡辺の機体はコントロールを乗っ取られてしまったのだ。長谷川は彼からの銃撃を回避しつつ、どうするべきかを悩んだ。

 例え乗っ取られたとしても、味方を撃つことは出来ない。かと言って、止める手段を、自分は持ち合わせていないのだ。

「これは……!? ノヴァ様!?」

 が、その時だった。同じように長谷川の機体も、自らのコントロールを離れ、自動的に動き出す。そのライフル矛先が向かったのは、何と渡辺の方であった。

 どうやら、ノヴァの支配権限にコントロールされたらしい。だが、自らの味方を、部下を撃つと言う行為は変わらなかった。

「やめろおおおおお!」

 長谷川の叫びが届くはずもない。

 彼のストレージは渡辺の銃撃をいとも簡単に回避したかと思った次の瞬間、彼に生じた隙を狙ってありったけの銃弾を叩き込んでしまった。

「渡辺!! おいしっかりしろ!!」

 崩れ落ちた部下からは、何の返答も帰っては来ない。

 まるで疾風のように駆け抜けていった、マスティマライダーと、大量のNK。最早、第四ブロックには生者など、長谷川位しか残ってはいなかった。

「マスティマライダー、めぇ……っ!!」

 長谷川は、憎んだ。自分達を単なる道具として扱う、マスティマライダーと言う存在を。それはネビュラも、ノヴァも同じ事だった。


             ***


 『カテドラル』第一ブロック。円卓が鎮座するこの場所に、四人の老人達と、霊帝、ロイドもとい、有馬修司の姿があった。

「ようやく、アインソフ・ノヴァの打ち上げの手はずが整ったか」

 『アインソフ・ノヴァ』によって産み出される、彼らの完全なる世界。枢機卿の老人達はその到来を、今か今かと歓喜し続けていた。

「今やNEXLは滅び、我々を邪魔立てする者もおらぬ」

「これで、我々の時代が到来するのだ」

「さあ! 今こそ我々の宿願を!」

 後は彼らが円卓の中央に備え付けられた、モニターのスイッチを押すだけで、その宿願が果たされようとしている。

「皆様方!」

 その時だった。シスター・アンナが青ざめた表情で部屋の中へとやってきたのは。

「何だ!?」

 老人のリーダー格が叫ぶと、アンナは最も離れた場所の修司へと目配せした。アンナの視線に気付いた修司は、こくりと頷いて、説明を促した。

「先程、NEXLの部隊と見られる者達がカテドラルに押し寄せ――」

「残念でしたね」

 が、その言葉は、二体のNKを引き連れた、赤茶けた髪色の男に遮られる。

「アキラ! 貴様!!」

 老人の一人が叫んだ、次の瞬間、アキラは右手を挙げ、発砲を命じる。一斉に席を立とうとした老人達だったが、その最後は呆気ない物だった。

「気付くのが遅いんですよ。あんな惚けた少年がアイザック・ヴァレンタインの筈がない。考えれば直ぐに分かることです」

 最後に一人残されたリーダー格の老人に向かって、アキラは静かに言う。

「何故だ!? 何故こんなことをした!? そのままにしていれば、この教会の、いや、世界の支配者に――」

 老人の体が、飴細工のように、ぐったりと崩れ落ちた。

「滅び行く世界の支配者など、形だけの支配者など結構です」

 煙が立ちこめる拳銃を構えたアキラは、吐き捨てる様に、そうきっぱりと答えた。もっとも、その言葉が彼に聞こえるはずはないが。

「さて叔父上。最後はアナタの番です」

 アキラはゆっくりとその銃口を、今度は修司へと向け、無慈悲にも引き金を引いた。

「ロイド様! 危ない!」

 が、その銃弾が修司に当たることはなかった。

「アンナ……」

「ロイド様……どうか……生きて……」

 自らの盾となった女性を抱き抱え、修司は悲しげな表情を浮かべる。それから、アキラを方へと視線を向け、こう言った。

「いつか、こういう日が来ると思っていた」

「叔父上も人が悪いですね。私をわざと泳がせていたと?」

「元々兄が産み出した組織だ。君にはそれを壊す権利がある」

「なるほど」

 心底、意外そうな顔を浮かべるアキラを見据え、修司はこう尋ねた。

「最後にひとつだけ聞かせて欲しい。君の、NEXLの掲げるネフティスさえも救うと言う信念、それは真実かね?」

「ふふっ。まさか。有り得ませんよ、そんなこと」

「そうか……」


             ***


 シオンが第一ブロックへと到達した頃には、全てが手遅れだった。

「やあ。遅かったじゃないか」

 惚けた調子でいるアキラに対し、シオンは眉間に皺を寄せ、全身に怒りのオーラを纏っている。それは彼女が武装している『アリーヤ』の装甲を貫通させる位の勢いだった。

「来るな! シオン」

「……っ!」

 父に近寄ろうとしたシオンを、彼自身が咎める。周囲にはNKで武装したNEXL隊員で囲われていた。

「可哀想だから最後に父親の顔を拝ませてあげようと思ってね。ずっと待っていたんだよ」

「ちょっとアキラ。約束が違うじゃない」

「ははは! いやいやそんな約束をした覚えはないよ? アイザック・ヴァレンタインはしたかもしれないが、生憎今の私はアイザックじゃあない」

「減らず口を!」

「もういいぞ。やれ」

 無慈悲な、乾いた言葉を合図に、シオンは駆けだした。

「シオン!」

「父さ……」

 が、間に合わなかった。周囲のNKの一体が、彼の腹部を打ち抜いたのだ。

「――っ!」

 崩れ落ちていく父の姿に、シオンの全身が、大きく波打った。

「シ、オン……」

「父さん……」

「すまなかったな」

 最後の力を振り絞り、か細い声を放つ父の姿を見て、シオンの頬に冷たい涙が伝う。

「あ、ああ……」

「風間君を、助けるんだ……彼なら……この、世界を……」

「最後まで、勝手な……」

 言いたいことなら、沢山あった。して欲しい事も、沢山あった。

 たった一八年と言う時間は、シオンにとっては短すぎた。平均のそれと比べ、遙かに。

「……どうして、父まで殺したの?」

「邪魔だったからさ」

 くぐもったシオンの声に、相変わらずアキラは陽気に答える。

「悲しんでいるのかい?」

 シオンの胸が、熱を帯びたように、カッとなった。

「つくづく、君はおかしいよ」

「おかしいのは、あんたでしょ?」

 ゆらりと、その体を、長剣をアキラへと向けるシオンに対し、それでも彼はその調子を崩すことはないらしい。

「へぇ。何故だい?」

「矛盾している。破綻している。結局あんたは、ただ自分の生まれを呪っただけじゃない。やりたくないことを、嫌なことを、全部壊しただけよ。壊して、壊して、ただ、それだけ」

「そうだよ」

シオンの指摘に、アキラは、それが当然だと言わんばかりに頷く。

「そんなの、子供のやることよ。自分のわがままで勝手に全部壊しただけじゃない」

「私が子供だって言うのかい?」

「ええ。さっさとお家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってなさいよ」

 流石のアキラも、これには苛立ったらしい。彼は眉間をぴくりと波立て、NK達にこう命じた。

「……やれ」

「……っ!!」

 銃口をこちらへと向けたNK達の動きを予測したシオンは、バックステップで距離を取る。続けざまに放たれた弾丸を、右へ跳んで避け、そのままNKの一体に向かって長剣を突き立て、壁に向かって叩きつける。

「哀れな人間よ、アンタは!」

 だが、一体を封じた程度で終わるはずがない。背中に向かって放たれた弾丸を天井に向かってジャンプして避け、そのままの慣性でNKの頭部を蹴りたぐる。

「流石だね。二体のストレージを、たった一機で圧倒するとは。でもそれもここまでだ」

 その様子を見て、ふと笑ったアキラは、ALICEの形をした携帯端末を懐から取り出す。そして、何かの肉片を口の中へ放り込み、噛み砕いて、飲み込んだ。

「夜天の輝き、幾億の願い。我は、星」

 白い閃光が輝く。ノヴァのそれよりも、弱々しい光だが、シオンにはそれが何を意味するのかが、分かっていた。

「マスティマライダー……。まだあったの?」

「もっとも、戦闘力はネビュラやノヴァに遠く及ばないけどね」

 武器さえ持たない、シンプルなシルエット。マスティマライダー、アスター。

 その姿を目にした途端、シオンのNKが操作を受け付けなくなった。

「うっ……」

「さて、ここまでだ」

 倒れたストレージのライフルを手に取り、その銃口をシオンへと向け、アキラは勝ち誇ったように言う。

 万事休す。そう思われたかに思えた次の瞬間、シオンのNKが、突如コントロールを取り戻す。

「シオン! 早く行って!!」

「ナクア!?」

 次の瞬間、アキラが放った銃弾を避け、シオンは部屋から脱出していった。


             ***


「何をしている、アキラ!」

「別に。ただの余興さ」

 黒い騎士の言葉に対し、心底つまらなさそうな声で、白い騎士が答える。

「貴様は……」

「それより早く行ったらどうだい? 妹が待っているだろう」

「……言われなくても、行く」

「ああ、存分に殺し合うといい。邪魔立てはしないよ」

 部屋を出て行く最中、レイは、このアキラと言う男に協力したことを、少しだけ後悔した。


 全身に感じる、マスティマライダーの気配が、レイの全身の毛を逆立てる。その反応は一歩、また一歩、歩むごとに、より強い物へと変わっていく。

「レイ……」

「何だ」

「――本当に、良いの?」

「だから何がだと言っている!」

 何故か悲しげに語るナクアに対し、レイは足を止め、怒りの声を上げた。

「……私は、サヤが嫌い」

「俺もだ。だから……殺す」

 最初は、妹を救う為に始めた戦いの筈だった。しかし、皮肉なことに、その目的は、いつしか形を変えてしまっていた。

 教会の意志を、忠実過ぎる程、忠実にこなし、ネフティスの思念に取り付かれ、無関係な人々を自らの糧としてしまう程までに。

「違うの。確かにサヤは嫌いだけど、それだけじゃない」

「……どういう意味だ」

「アナタを、苦しませるから。アナタを、戦いに駆り立てた人だから、嫌いなの」

「……餌の分際で、ふざけるな」

 マスティマライダーは、その能力を行使するために、餌を必要とする。ネフティスと言う、餌が。

 そして、その餌を、最も効率よく摂取するべく、その身に、通常とは違う、より強力な、『マザーネフティスコア』を埋め込まれた者達。

 それが、『餌』と呼ばれる、彼女達の存在意義だった。

「俺は、俺自身の意志で戦ってきた。それは昔も、今も……何も変わらない」

「いいえ。あなたは変わったわ。自分を殺すことで、変わった」

 吐き捨てる様に言うレイに対し、ナクアはきっぱりと告げる。

「私は、あなたにサヤを殺して欲しくない。だって、そんなことをしたら……あなたは本当に自分を殺してしまうから」

「俺は、そんな事……」

「するわ」

 ナクアの言葉に、レイは逡巡する。

 いつも、そうだった。何のことはない。自分に嘘を付いてきたのは、風間だけの事ではないのだ。

「……そうかもな」

「だから、約束して」

「何をだ」

「――サヤは、私が、殺す」

 ナクアの言葉に、

「なんだと?」

 と、レイは驚愕した。

「私が、殺す」

「本気で言っているのか?」

「ええ。私はいつだって本気よ」

 いつもの軽い調子で言うナクアに対し、みっともなく土下座して、「頼んだ」と答えられれば、どんなに楽なことか。

 ――いや、そんな事は、絶対に出来ない。

「約束は、しない」

「レイ・・・・・・」

「これは俺の問題だ。貴様はひっこんでいろ」

「嫌よ」

「何故だ」

「もう、あなただけの問題じゃないもの」

「どういう意味だ」

 ナクアの言う言葉の意味が、レイには一ミリ足りとも理解出来ない。もっとも彼女も分かって言ったのだろう。一呼吸置いてから、ゆっくりと、

「私達は、マスティマライダーなの」

 軽やかに、

「私達が、マスティマライダーなの」

 優しく、

「あなたの辛さを、私に、預けて」

 そう言った。

「貴様……餌の分際で何を……」

 いや、レイとて分かっている。餌とか、ネフティスとか、そんなことなんてどうでも良い。それぐらいの長い年月を、自分達は過ごしてきたのだから。

「ええ。確かに餌よ。だけどね、私は、生きているの。生きて一緒に、戦ってきたの」

「・・・・・・分かった」

 ゴクリと唾を飲み込んでから、レイは絞り出すように答える。

「ありがとう……レイ」

「……だが、サヤは、俺が殺す」

 それだけは、曲げられない。

「……そう」

「いや、だが、その……少しだけ、助けてくれ」

 恥ずかしそうに、蚊の鳴くような声で、レイが言う。恥ずかしいのかもしれない。いや、恥ずかしがっているのだと、ナクアには分かった。だから、少しだけ上機嫌に、こう答えた。

「ええ。勿論よ」

 その言葉に、レイは、少しだけ穏やかな気分になった。先程に比べ、幾分体が軽くなった気さえする。

「・・・・・・俺は、ずっと一人だと思っていた。いつも一人で戦っていると、勘違いしていたらしい」

「フフフ」

「笑うな。真面目に聞け」

 ナクアは、サヤとは違った。人の命を弄ぶような真似も、ネフティスが人間の進化の形などとも言わず、何度も感じただろう、ネフティスとしての飢えに、必死に抗ってきたのだ。それは、並大抵の人間が出来ることではない。その事を、レイは、悲しい程、知っていた。むしろ、知っていたからこそ、ずっと何も言えなかった。

 一〇年に及ぶ長い年月を、ただ、ただ、黙って自分に従ってきた彼女。だからこそ、レイはこれまでの月日を、努めて無関心に過ごしてきたのだ。

「ずっと、誰の手も借りずに、戦ってきたつもりだった」

 そんな気持ちこそ、レイが自分自身に付き続けてきた、最大の嘘。

「だが、それは、違った」


             ***


「樹!」

 スピーカーから、エンドレステープのように流れ続ける説教が、もう何度ループした頃合いだろうか。数えることすら諦め、床に転がっていた風間の耳に、聞き覚えのある少女の声が入り込んできた。

「し……お……ん……?」

 風間は、ぐったりとした表情で少女を見る。

「一体何が……?」

「アキラが、裏切ったわ」

「……そうか」

 シオンとアキラは初めから手を組んでいたのだろう。が、その協力者さえも、アキラは裏切った。なんて最低な奴だろか、と風間は赤茶けた髪の男を脳裏に浮かべ、苛立った。

「きっともうすぐ、ここにも敵がやってくる。急がないと」

 シオンの手を取り、ゆっくりと立ち上がった風間だったが、

「うっ」

 その肩を、シオンは苦痛を歪めた表情で押さえる。

 よく見れば、真っ白い筈のブラウスに、どす黒い血が滲んでいた。

「やられたのか!?」

「こんなのやられた内に入らないわよ」

 苦し紛れの顔で、なんとか笑顔を作るシオンが、風間には痛々しくてならなかった。

「……無理するなよ」

「はあ? 無理なんてしてないわよ」

 そうは言った物の、シオンは辛そうな顔で肩を押さえ続けている。

「嘘付くなよ」

「嘘なんて……ついてないわ……」

 そして何よりも、その吊り気味の目が、赤く腫れ上がっているのが、風間には分かった。

「泣いてるじゃないか」

「泣いてない」

 肩を押さえるのを止めたシオンが、ゆっくりと出口に向かって歩き出したので、風間はその後ろに付いていく。

「……何があったんだよ……?」

 風間の問いかけに、やや間があって、

「父が死んだわ」

 と、彼女は短く答える。

「え……修司さんが……?」

 風間の脳裏に、修司の顔が浮かぶ。例え敵でさえも気遣う程に優れた、人格者の顔が。

「ふふ。おかしいわね。ずっと嫌いだった筈なのに。憎んでさえいたはずなのに。なんで私、泣いてるんだろ? きっとアレね。体がそうしなさいって演技しているのかも」

「……泣いて、良いんだよ」

 強がるシオンを、風間は優しく説き伏せる。あれだけの良い父親に恵まれた人間を、風間は知らなかった。だから、彼女、泣いて良いと考えた。それだけの権利が、彼女にはあると。

 その気持ちが伝わったのか、背中越しではあるが、その肩が上下するのが見て取れた。それでも彼女は歩むことを止めない。NKに跨がって、まだ戦う気なのだ。

 その時だった。

「見つけたぞ!!」

 突如響いた声。

「は、ははは……。なんだよおい。シオン様ぁ……。そいつアイザック・ヴァレンタインじゃないか……。なんだよ、お前らグルだったのかよぉ……」

 見れば、外壁を突き破って、こちら側にやってきたらしい、一体のロイヤル・ストレージが姿を現す。その水色のカラーリングに、風間は見覚えがあった。

「ぶっ殺してやる!! どいつもこいつも!! もう何もかも終わりだ!!」

 セクターで出会った、あの時の面影など微塵も感じさせぬ声で、その男――長谷川は喚き散らす。

 そしてその銃口が、シオンへと向けられる。

 はっとする風間だが、生憎今の自分はNKを持ち合わせていない。このままでは、シオンはあの銃弾の餌食となってしまうだろう。兎に角、風間は、駆け出そうとした。

 が、

「あ、うわ……あれ……?」

 ストレージのライフルが、真っ二つに下ろされていた。恐れを成したらしい男は、来た道へとしっぽを巻いて逃げ去っていった。

「樹」

 妖精のようにしなやかなNKが、風間の名を呼ぶ。

「シオン?」

「泣くのは全部終わってからにしましょう」

「そうだね」

 見れば先程男がやってきた外壁から、ぞろぞろとNKがやってくる。どうやら、先程の男が呼んできたらしい。

 さて、この大量の数をどうするべきか。そう風間が逡巡していると、

「風間!」

 漆黒の騎士が、紫色のNKに乗って、やってきた。

 NKに跨がったまま、白銀の長剣を振るい、ネビュラはそれらを一瞬にして、なぎ払っていく。

「レイさん!」

 しかし、それでも尚、敵はぞろぞろと這い出てくる。丸腰の状態に焦りを感じる風間に、レイは乗っていたNKから降りると、それを風間へと差し出した。

「お前の機体だ。受け取れ」

「これは・・・・・・」

 NK、『ロイヤル・ストレージ』。とは言え、ただのそれではない。あの少年が残した、命の結晶。それを搭載した、この世でたった一つの、特別なNK。

 風間はそれを素早く装着し、シオンの『アリーヤ』と共に敵のストレージのライフルを、ホイールを的確に狙い、次々に行動不能へと陥れていく。


 程なくして、撤退していく彼らの様子を見てから、風間はレイに問いかけた。

「レイさんはこれから、どこに……?」

「俺は、やることがある」

 やることと言えば、あれしかないだろう。

「……カイさんですね?」

「そうだ」

 漆黒の騎士は、風間とシオンに背を向け、ゆっくりと歩き出す。

「お前達は早くここから脱出しろ。もうすぐアキラがカテドラルごと爆破させる」

 それはつまり、レイは死ぬ覚悟でカイと戦うつもりだと言う事だ。

「待って下さい」

 風間は、レイを呼び止める。戦う事を止めさせるわけではない。それはきっと、この人が待ち望んだことだろうからだ。

 ならば、だからこそ、聞きたいことがあった。

「なんだ」

「俺には……分からないんです」

 この戦いによって、教会は勿論、この所業を問いだたされるであろうNEXLも、やがて朽ち果ててしまうだろう。そして後に残されるのは、ネフティスと、自分だけだった。

「この先どうするべきか、分からないんです」

「大丈夫よ」

 ナクアの言葉が、直接脳裏に響いた。いかなる原理か風間の窺い知る所ではないが、それは確かに彼女の声だった。

「ナクアさん……」

「あなたなら、あなた達なら・・・・・・大丈夫」

「そうだな」

 ナクアの言葉に呼応するかのように、レイが答える。そんなことは今まで無かったので、風間は少しだけ意外に思う。と、同時に、この人達の絆を、確かに感じた。

 今までいがみ合ってばかりいた二人だったが、その心は、深い部分で確かに繋がっていたのだろう。

 風間は少しだけ優しい気持ちになった。

「例えそれがどんな道でも構わない。自分が、自分自身に納得出来る結果になるなら。そしてその歩むべき道を、お前は既に決めている筈だ。ああ。お前になら、必ず出来る。行け」

「レイさん・・・・・・」

「俺はお前のヒーローにはなれないが、お前は、お前自身のヒーロー位にはなれるだろう?」

 その言葉に、風間は素直に同意した。

 これまで自分は、ただ誰かを救うことばかり考え続けていた。でも、それはきっと違う。あるべき未来を見定め、歩み続けたその先で、結果的に人々が救われる。だた、それだけの事なのだ。

「……はい」

「俺は……誰のヒーローにもなれなかった。自分の為にも、他人の為にも戦えなかった。お前は、そうはなるな」

 レイは、歩き出す。決着を付けるべき、相手が待つ場所へ向かって。

「それでも」

 だから、言おう。

 この人が、正しかったのだと。誰よりも、正しい行いをしてきたに違いないと。

 胸を張って、その相手と戦えるように。

「――それでも、あなたは、僕にとっての、ヒーローでした」


             ***


「――ご機嫌よう、お兄様」

 黒い長髪に、青いドレスの女性が放ったその言葉に、レイは何も答えない。そんなレイの反応に深い溜息をついてから、彼女はナクアの方を見る。

「ご機嫌よう、ナクア」

「ええ。ご機嫌よう」

 聖堂。そう呼ぶに相応しいまでに、荘厳で、厳格な雰囲気を醸しだす、その場所に、彼らの姿はあった。

「待っていたよ、レイ。……この場所、覚えてるか?」

 赤い、帯のようなカーペットが真っ直ぐに伸びていて、レイ達と、そしてカイ達を対角線上に結んでいる。

「ああ」

 カイの背後に浮かぶ、長さ三〇メートルにも及ぶステンドグラスを見つめ、レイは静かに呟いた。

 かつて、幾度となく繰り広げられた、模擬戦闘。ネビュラとノヴァが評価試験の為にカスケード、ストレージと戦いながら、時に、直接ぶつかり合った、因縁の場所。

「嬉しいよ。レイ」

 あの時から、殆ど変わらぬ笑顔を浮かべ、カイは言う。

「僕は、ずっと君が好きだった。でも、嫌いだった」

「ああ、俺もだ」

「いつも何をやっても、君の方が上だった。教会に与えられた物、力だけで生きてきた僕と違い、君は自分の力で、全てを手に入れ、成長してきた。そんな君に、僕は嫉妬したよ。いつだって自由に生きる君の姿に、憧れてさえいたのかもしれない」

 ステンドグラスから差し込む光を見つめ、カイは語り続ける。

「僕は自らを不自由にすることで、その力を、高みへと誘った。だがレイ、君は全くその逆。自らが信じた道のみを突き進んだ」

 カイがどれ程までそう考えていたのか。レイには痛い程分かりきっていた事だった。

「果たして、その二つの力。一体どちらが、より高次な存在となるのかを、今ここで、決しようぜ」

「ああ。いいだろう」

 上空から出現した、白銀の長剣を構え、レイは言う。

 それに対抗するかのように、拳銃を構えるカイ。

「それでいい。それでこそ、レイ。お前のあるべきだ!!」

 ――カイのその言葉が、合図となった。

「起きろ、ネビュラ」

 ナクアと視線を合わせ、お互いに頷き合ってから、その長剣を心臓へと突き立てるレイ。

「輝け、ノヴァ」

 そんな二人の様子を、歪んだ笑みで見つめるサヤの後頭部に銃弾を放つカイ。

 ナクアとサヤが、光の粒子となって、それぞれのデバイスへと吸収されていく。

 そして、

「「弐式セカンドスタイル、戦闘形態へ移行」」

 重なり合う、レイとカイの声。

「「マスティマライダー」」

「ネビュラ」

「ノヴァ」

 弐式。戦闘形態と名付けられたそれは、対ネフティスに作られた壱式とは、全く異なる形態である。

 二体のマスティマライダーの背中から飛び出した、羽根。

 最早、騎士ではなく、天使そのものと見まごう姿は、対マスティマライダーとして産み出された形態である事を物語っている。

 二体の天使は、まるで上空でダンスを踊るかのように、軽やかに舞う。


 ノヴァが放つ銃弾を、ネビュラの剣が切り伏せる。幾度も幾度も。――時に交差しながら、時に離れながら。

「今だナクア!」

「分かってる!」

 永遠かと思われたその応酬に終止符を打つべく、ネビュラの斬撃が聖堂の外壁を切り伏せる。丁度彼らを追い込もうとしたノヴァの前に、その外壁が、迫るように崩れ落ちてきた。

「カイ」

 サヤの言葉に、カイは両手の拳銃を使い、迫り来る外壁を粉々に砕く。

「嬉しいよ、レイ!!」

 瞬時に外壁を破壊し、ネビュラへと向き直ったノヴァが、両肩の翼を広げる。

「今僕達は、真の意味で、殺し合いをしている。君は、以前のように手加減をする必要も無く、僕は自分の誇りを失わずに戦える!!」

「カイ、お前は……」

 レイは、その言葉に絶句した。かつて二人が戦った、あの日、レイは教会からカイに対して手加減をするように言われていた。それは教会の象徴とされるノヴァに対し、影の存在とされていたネビュラの、暗黙のルールでさえあった。

「レイ! 全力で来い!!」

 元よりそのつもりだ、とネビュラがその翼を大きく広げ、ノヴァへと立ち向かう。

「うふふふふ。お兄様もようやく本気になられたのですね。私、本当に嬉しいですわ」

「サヤ……貴様!」

 長剣から放たれた横向きの斬撃を、容易く回避したノヴァから、サヤの言葉が鳴り響く。

「私も、見たかったのですわ。お兄様と、カイの、本当の殺し合いを」

 ――これが。こんな言葉を、笑いながら言い放つ、この女こそが、自分の妹だというのか。

「お前は、歪んでいる!!」

「いいや。サヤは歪んでなどいないぞ、レイ」

 だが、レイの悲痛な叫びを、カイは説き伏せる。

「サヤ。教えてやれ」

「わかりましたわ」

 次の瞬間、聖堂の外壁が、いや、この空間全体が大きく揺れ動きだした。

「なっ――!? これは・・・・・・?」

「サヤの、力・・・・・・?」

「なんだって?」

 驚愕の声を上げるレイ。だがよく考えてみると、別段不思議な事ではなかった。つまり、自分の妹は、最早人知を超えた怪物になった。ただそれだけの事なのだ。

「――ねえ、お兄様。人が犯す最大の罪って、何だと思われます?」

 揺れ動き、崩壊を始める聖堂。そのステンドグラスをバックに滞空するノヴァが両手は、両手を広げて語り出した。

「何が言いたい?」

「それは、人が子を成すことですわ。例え生まれてくる前に、その身に振りかかる厄災を知っていたとしても、愛情を言い訳にして遺伝子を残そうとする、その厚かましさなのですわ」

 妹の言いたいことは、レイにだって痛いほど分かる。先天性の病気を患い、幼い頃より外へも出ることが出来なかった、己の妹。

「お前は両親を愛していなかったと言うのか!?」

 だが、妹は、決して両親を憎んだりなど、していなかった。そんなレイの気持ちを読み取ったのだろうか、サヤはこう答える。

「ええ。少なくとも、かつてのサヤはそうだった」

「かつてだと? じゃあ今のお前は何者だ!?」

「サヤは死んだのですわ。あの日、あの場所で」

 そんな馬鹿な言い分が。認められる訳がない!

「ふざけた事を!」

「ああ、哀れなお兄様。サヤを救おうとしたばっかりに全てを失うだなんて。いい? お兄様。あなたが守り抜いてきたのは、ただの怪物なのですわよ?」

 確かに、そうなのかもしれない。必死に、必死に苦しんで、それでも妹を助けようと、その代わりのネフティスと人間達を殺戮してきた日々。

「……それでもお前は、俺の妹だ」

 例えそれが間違いだとしても、否定など、出来るはずがない。

「本当に、哀れ」

 そう言って、ノヴァは右手を掲げ、指を鳴らす。

 と、同時だった。聖堂の外壁が、音を立てて崩れ落ちてきたのは。

「ぐわああああ!」

「レイ!!」

 崩れ落ちたステンドグラスが、漆黒の天使の翼を射貫く。その傷みは、まるで自らの肉体の一部であるかのように、レイに訴えかける。

「これで終わりだ、レイ!」

「カ・・・・・・イ!」

 ネビュラへと、その銃口を向けるノヴァ。だが、ただ黙って喰らうわけにはいかない。ネビュラは渾身の力でノヴァへと飛びかかると、その右肩の翼を長剣で切り落とした。

「何ぃ!?」

 同時に、ノヴァもネビュラの肩翼を打ち砕く。

 翼を失い、地面へと落下していく二体の天使に、崩れ落ちた外壁が、あられのように降り注いだ。


             ***


 体が、重い。どうやら瓦礫の下敷きになってしまらしい。

「破損状況は……?」

「稼働率、六〇パーセントまで減少。いえ、尚も減少中」

「かなり不味いな……」

 ナクアの言葉に焦りを感じるレイ。向こうも手負いとは言え、これ以上の長期戦は避けるべきだろう。ともすればやはり短期決戦。

「次の一撃が、最後か」


             ***


 一方のカイも、下敷きとなることは防いだものの、ただで済まされた訳では無かった。

「くそっ……思った以上にダメージが酷いな……」

「お兄様方も思った以上にやりますわね。ですが、向こうのダメージの方が酷いはず」

「いいや。何のリスクも無しに勝てる相手ではない。レイはそういう奴だ」

 今まで幾度となく繰り返された戦い。そして、共に戦い続けた記憶。カイは知っているのだ。レイの持つ、強靱なるバイタリティを。

「これで、終わらせる」


             ***


 瓦礫の山と化した聖堂の上に、一体の天使が居た。

 その名は白銀の天使、マスティマライダー、ノヴァ。

「見つけた」

 ノヴァには、宿敵が居た。

 今正に瓦礫からその姿をみせんとする、漆黒の天使、マスティマライダー、ネビュラ。

「レイいい!」

 全身を顕わにした、その漆黒の天使に向かって、ノヴァは、何度も、何度も銃弾を撃ち続けた。

 自らの想いの丈を、銃弾に込めて。

「な、に……?」

 だが。

 だが、どういうことだろう。自らの腹部を、白銀の長剣が貫いている。

 ――ああ。そういうことか。

 ネビュラは、レイは、肉体を棄てたのだ。――最後の一撃を、ナクアが操る長剣に託して。

「はは、ははは……相打ちか」

「ああ。それに、丁度良い……もうマスティマライダーは、必要ない」

 力なく崩れ落ちるノヴァの元へとやってきたレイは、長剣の柄を握る。最早変身さえまま成らぬ二人の姿は、天使でも悪魔でもなく、ただの人間だった。

「それも、そうだな……」

 レイは最後の力を振り絞ると、カイの肉体から、その長剣を引き抜いた。


             ***


 瓦礫の山の上で、太陽の光が差し込んでいた。

「……レイ……」

「な、く……あ……」

 血塗れとなったレイの体を抱き、ナクアは言う。

「これで、本当に良かったの?」

「これで、良かったんだ」

 決して手の届かぬ太陽を見つめ、レイは言った。

「今まで、ありがとう……雫」

 有馬雫。それは、今まで決して誰にも話さなかった、自らの本名だった。

「――っ!?」

 何故、それをレイが知っていたのか。

「じゃあな」

「待って――っ!」

 だが、それを聞くよりも先に、レイのその身体は、光の粒子となって、宙へと飛び去ってしまった。


 頬を塗らす。

「泣いてる……私、泣いてるんだ……」

 この身体となってから、一度も流れることのなかった涙が、止めどなく溢れている。

「ふふっ、ふふふっ」

 だが、哀しいことに、この女性は涙を忘れてしまったらしい。

「サヤ……」

 何故、自分達は同じ境遇にありながら、ここまで違う存在となってしまったのだろうか。

「まだですわ」

 サヤは、狂ったように笑い続ける。まるでそれ以外の表情を忘れてしまったかのように。

「まだ! まだ終われませんのよ!! こんな……こんな終わり方! 私は絶対に認めませんわ!」

 揺れ動く大地。先程、聖堂を瓦礫とさせたあの力を、彼女は今一度使うつもりなのだろう。

「サヤ! もう止めなさい!!」

「私は、人間を超え、ネフティスを超え、その頂点に登り詰める!! ナクア! あなたはここで消えなさい!!」

「レイ……」

 もしも、今。彼女の兄が見ていたら、どう思うだろうか。ナクアは白銀の長剣を握りしめ、きゅっと口を結んだ。

「え……?」

 鼓動が、聞こえる。

「まさか……」

 白銀の長剣の、宝玉が、まるで心臓のように、微かにではあったが、確かに脈打っている。

 まさか、これは――。

「あああああああああああああああああああ」

 と、その時、絶叫が谺した。

「サヤ!?」

 見ると、サヤはその口元から青い血液をこれでもかと言わんばかりに吐き出している。いや、口元だけではない、鼻、目、耳、体中の穴という穴から血液を垂れ流し続けていた。

「あは、あはは……」

 元来、マスティマライダーの餌として産み出されたナクアとサヤは、純然なネフティスではない。故に、過剰なまでにその力を行使した、当然の結果だと言えるだろう。

「さあ、早く私滅ぼしなさいよ」

 乾いた笑みで、サヤが言った。忘れた涙の代わりに、青い血液の涙を流しながら。

「早く、殺してよ・・・・・・」

 しかし、ナクアは答えなかった。

 ――哀しかったからだ。自分自身も、ただ少し道を違えただけで、この哀れな女性にも成り得たのだから。


「――じゃあ私が、殺してあげる」


 その声は、上空から聞こえた。

「ガハッ――」

 短く悲鳴を上げたサヤの身体が、ぐらりと崩れ落ちる。

「サヤ!?」

 駆け寄って、抱き留めたナクアは、その身体に突き刺さった、瓦礫の柱を見た。恐らくネフティスコアを貫かれている。もう助からないだろう。

「あは、あはは……。そっか。ワタクシは、ずっと勘違いを……」

 サヤは上空を見つめ、そう呟いた。そこに居る、”悪魔”に向かって。

「ええ。サヤ。アナタは勘違いをしていました」

「ベアトリス……っ!!」

 太陽をバックに、蝙蝠のような禍々しい翼を広げ、まるで全てを支配したかのような表情で佇む、その悪魔。

「そう。本当に進化していたのは、この私」

 シスター・ベアトリスが、そこに居た。

「どこに行くつもり!?」

 自身に背を向け、何処かへ飛び去ろうとする彼女に、ナクアは呼びかける。

「そこで見ていなさい。人でも、ネフティスにも成りきれない哀れな存在、ナクア。最早あなたに用はないの」


             ***


 幾度かの戦闘を繰り広げ、ようやく安全な場所へとやってきた風間とシオンは、装甲を解除して、崩落したカテドラルを見つめていた。

 今や、カテドラルがあった池袋は混乱した人々によって、暴動さえ起きつつあった。

「『ヒーローはどんな人間も助ける』、だっけ? 矛盾しているわね。ネフティスだって元は人間じゃない」

「ああ。そうだね」

 レイに言われた事と同様の言葉を、シオンは言った。

「あんた。これからどうするの?」

「分からない。でも……」

 彼は、こう言った。「自らに嘘は付くな」と。そして、自らの道を歩み続けろと。ならば、そう、答えはとっくの昔に決まっているのだ。

「ネフティスになった人達も、救いたい。今では、そう考えてる」

 風間の言葉に、シオンは口に手を当てて、小さく笑った。

「笑うなよ。確かに、無理かもしれない。でも、諦めたくはないんだ」

「違う。面白くて笑ったんじゃないの。なんか、NEXLらしいなって。それにあんたらしい、答えね」

 シオンは首を振って、そう答えた。

 ――元来人間であった感染者を『絶対悪』と決めつけるのは如何な物か。

「元々NEXLは、そういう組織だったけ。忘れていたよ。でも俺は、もうヒーローじゃない。なれないよ。あの人達みたいには」

 そう答えた風間に対し、シオンは親指を噛んで逡巡し始める。

 それから、やがて考え纏まったらしい彼女は、親指を口から離し、こう切り返した。

「――私が思うにさ。ヒーローって嘘を真実にする人の事じゃないかなって思うの」

「嘘を?」

「そ。嘘って言うか、絶対に不可能と思われていた事を成し遂げる。それが、ヒーローよ」

「でも俺は」

「なれるわ。だって今のアナタは、アイザック・ヴァレンタインでしょう?」

 尚も燻る風間に向かって、シオンはそんな事を言う。確かに今の彼の格好はアイザック・ヴァレンタインのように煌びやかでこそあれ、実力は遙かに及ばない。

「それはアキラに騙されて……!」

 そう語り出した風間の口に、シオンの指がぴとりと押しつけられる。

「まずはその嘘を、真実にしてみなさいよ」

 柔らかい人差し指の感触が、弱音を吐こうとする風間の思考を遮断した。

「そしたら私の婚約者ぐらいにはなれるかもね」

「いや、うん……それは……」

 悪くないかもしれない。と、風間……いや、アイザック・ヴァレンタインは思った。もっとも、口にはしなかったのだが。




 ――二人のヒーローが去り、私と、彼女が残された。

 ――そして私は、アイザック・ヴァレンタインとなった。

                        アイザック・ヴァレンタインの手記より



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