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対鉤爪勇者‐後‐

 アンクははっとして男児を見ていた視線を男に向けた。男は地面に叩きつけられた体勢のまま瞬き、「何だあれ」とぶつぶつ繰り返している。

 好機とばかりに男に迫るが、気づいた男は一気に身を起こし後方へ跳ぶ。しかし切っ先が男の腕を掠り、血を滲ませた。

 その傷を見て、男がゆっくりと口角を上げる。

 「お兄さん知ってる?勇者に手を出したら犯罪なんだよ?」

 「心配御無用。俺も勇者だもんよ」

 言いながら切りかかれば、「あ、そっか」とそれを寸ででかわす。

 「ていうか、同年代或いは年上に「お兄さん」て言われるとか・・・うわ、ウゼェ」

 顔を(しか)めながら大剣を振るう。男はまたしてもかわした。

 と、突然アンクの両隣を何かが駆けて行った。それは男の腕に噛み付こうとし、男は驚きつつも腕を上げて避けた。

 そこにいたのは土でできたライオンと虎だった。二頭は姿勢を低くし男に向かって唸っている。

 その大きさは先ほど子供たちと戯れていたものより大きかった。実物大になっているのだ。

 「ちょっと、めっちゃびびったんだけど!!」

 アンクが振り返り魔王に訴える。魔王は仁王立ちしながら、不敵に笑んだ。黒く長い髪が、風もないのに緩やかに踊っている。

 「ふはは、悪いな。いやしかし、これはいい事を思いついた」

 魔王は何が楽しいのか笑い続けている。その傍には魔王が子供たちに乞われて作った動物たちがいた。

 それらは一匹、また一匹と実物大にまで膨れ上がっていく。

 中でも周りが目を見張ったのは膨れ上がっていく水でできたドラゴンだ。その実物の大きさたるや、民家よりは遥かに大きいはずだ。

 「しかしドラゴンを実物ほどにするにはここは狭いな。むぅ、こいつが一番楽しみだったのだが」

 魔王はドラゴンに手のひらを向け、巨大化を止めた。それでも平均的な人の2倍はある。

 動物たちを見回して、満足げに頷いた魔王は声高らかに言った。

 「見ていろよ子供ら、村人ども!これらに宿っているのはこの土地の意思だ!」

 言われたとおり、子供たちはその様子を見ていた。ある者は窓から、ある者は家を出ようとして親に引き戻されている。

 子供たちは自分の動物がどう使われるのか不安に思っていた。しかし魔王が次に発した言葉に目を輝かせた。

 「さぁ行くぞお前ら、悪者退治だ!」

 

 アンクはその様子を見ながら「テンション高いなあ」などと思っていた。先ほどの子供に目を向ければ、既に窓からこちらを窺っている状態で、ほっと胸をなでおろした。

 一方の男は無表情にそれらを見ていた。呆然としていたわけでも、唖然としていたわけでもない。ただ、静かに怒りを湧き上がらせていた。

 「ふざ・・・っけんなよこのアマァァ!!どうせ呼ぶなら魔物とか呼べよ!土や水切ったって何も楽しくねんだよ!」

 再び男に迫ってきた土の虎を切りつけ、魔王に迫る。虎は胴を刻まれて地に落ちた。

 魔王はその爪を避けると、小さく笑った。

 「それはよかった。お前を楽しませる気などさらさらないからな」

 言いながら右手を胸の高さまで上げ、手のひらを上に向けて開く。すると、先ほど刻まれた虎の周囲に何本もの腕が現れた。いや、生えたといってもいい。それらは土でできた腕だった。

 男は魔王のその行動をいぶかしみ、切りかかろうとする。が、アンクがそれを邪魔した。男の背後から、大剣で身体を横殴りにした。

 それをもろに受けた男は横に吹っ飛んだが、水でできた狼がそれを受け止めた。

 「お前、それは剣の使い方として間違っていないか?」

 「ん?んー・・・」

 あいまいに応えながら、男の飛んだほうを見る。

 「なんであいつ受け止められてんの?」

 「良く見ろ。あいつの後ろに家があるだろうが」

 確かにそこには家がある。その窓には、狼を見つめる子供の姿があった。狼はアンクを睨みつけている。

 「やば、ぶつけるとこだったのか」

 「もう少し考えてやれと言うことだな。ほら、睨まれているぞ」

 言うと、魔王は上げていた手を握り締めた。すると虎の周りにあった腕が蠢き、その手のひらが虎を包んでいった。

 次にその手が消えたときは、胴が切れていたはずの虎は元通りになっていた。

 虎が咆哮をあげる。男はそれを見て瞠目した。

 「あ?直せんのそれ」

 「泥はくっつけられるからな」

 魔王はニヤリと笑う。アンクが虎を見やれば、その背中に水でできたウサギが乗っていた。ウサギはアンクを見ると、虎の中に沈んでいった。薄茶色だった虎の身体が、濃さを増す。

 「おお、合体?」

 「まぁ、そんな感じか」

 「ふざけんなよコラァァ!!」

 切りかかってきた男を軽く避け、思い出したように魔王がアンクを指差す。

 「そうだアンクお前!ふざけてないで真面目に戦え!!」

 「うわ指差さないで!魔法使いが指差すとか恐ろしい!!」

 「なら真面目にしろ!手を抜きすぎだ!」

 そう言い合う二人の間で、身体を曲げたままの男は怒りを募らせていた。二人が彼を無視していること、魔王が言った「手を抜いている」という言葉に反応していた。

 その後方で、ドラゴンが口に水球を溜めていた。先ほどの大きさより数倍大きくなったドラゴンの口には、当然先ほどよりも大きな水球が溜まる。それに先に気が付いたのはアンクだった。

 「があぁぁぁ!!」

 男が上体を起こしたのと同時に、二人は後方に跳ぶ。その直後男の背後から巨大な渦潮が迫り、男に直撃した。

 土のライオンが男を受け止め、水でできた動物たちが渦潮を飲む。続けて飛ばされた男はかなりのダメージを負っていた。

 「精巧に作りすぎるのも問題か・・・?」

 魔王は顎に手を当て唸る。

 男は立ち上がって魔王を睨んでいた。その瞳には既に怒りしかない。

 立ち上がりはしたが、男には最初の頃のような機敏さは既になかった。一歩一歩を踏みしめるように魔王に近付いていく。

 その道を水でできた動物がふさいだ。男がそれを切るが、それはすぐに形を取り戻す。顔を赤らめた男の血管ははちきれんばかりだった。

 「水が切れると思っているのか、お前」

 魔王は鼻で笑う。男は彼女を睨みつけるが、満身創痍がありありとわかる。

 「腕に喰らい付け」

 魔王が言うと、土でできたライオン二頭がそれぞれ腕を飲むように喰いついた。

 「固まれ」

 それぞれのライオンの背中にウサギが現れる。ライオンの身体の色が薄まった。

 「・・・っのやろぉ」

 男が腕を抜こうとするが、固まった土から圧迫されて抜くことができない。持ち上げようにも、欠けた体力では僅かも持ち上げることはできなかった。

 「腕章を切れ。それで終わりだ」

 魔王が口角を上げる。狼が腕章を食いちぎった。

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