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対鉤爪勇者‐前‐

 男は散らばる果物を拾い上げると、それに齧りついた。口から汁を滴らせるその姿は、酷く気味が悪い。

 男は顔を上げ、隣の露店に目を付けた。そこでは野菜を売っている様だが、店員は既に逃げている。

 彼は舌打ちをして腕を薙いだ。露店の天蓋を支えていた柱が折れ、崩れ落ちる。

 「あーあ、騒がしくすると獲物がいなくなっちまうなー・・・。改めなくちゃなー・・・って、前も言ったなこれ。俺凝りねー」

 ケケケ・・・と笑って、足元に転がる野菜を踏み潰した。それを踏みにじり、笑みを深くする。

 「うわぁ~もったいねぇ~」

 突如聞こえた大声に男は振り返る。そこには、噴水の縁に座っている男女がいた。

 無論、アンクと魔王である。

 「まったくさー、食いもんつくるのって案外大変なんだぞ?」

 「そうなのか?」

 「しらんの?害虫駆除とか、あと天候によっても左右されんだよ。凶作とか珍しいことじゃねーんだよな」

 「ふむ、なかなかの苦労があるのだな」

 二人は立ち上がりながらそう話す。緊張感など微塵も感じられず、男は二人をにらみつけた。そしてニヤリと笑う。

 「うわーやった、獲物いた」

 男が嬉しそうに両手の鉤爪を構える。

 魔王はその姿を見て眉をしかめた。

 「気色悪いな・・・」

 「大丈夫?」

 言いながらアンクは握りこぶしを作り、親指と人差し指の方を胸に叩きつける。そして剣を抜くように一気に手を引いた。

 いや、そこには実際に剣があった。昨夜彼が持っていた長く大きな大剣だ。それが体から出てきたのだ。

 「・・・それは体の中にあったのか」

 「ん?うん」

 アンクはあっさりと応えたが、魔王は少なからず驚いていた。

 彼ら勇者が持っている魔法具は、武器に魔法付加を加えただけだと思っていたのだ。しかし、物が体の中に入るなどありえない。

 あの大剣は魔法そのもののようだった。それを大量に作ったうえに持続させるとは、王宮魔術師とは随分な実力者らしい。

 人間はまだまだ侮れない。

 一人唸る魔王を、アンクは首を傾げて見た。

 男はアンクのその剣を見て眉根を寄せた。そしてアンクの腕に目をやる。

 「あれぇ、お前も勇者?ケケケケ・・・なかなか手強そうな獲物だなぁ」

 男は舌なめずりをしてアンクを見つめた。アンクはそんな彼を嫌そうに見返す。

 「えぇー、ちょ、あいつキモい」

 「悪いが、私もあいつを視界に入れたくないな」

 魔王も顔をしかめて彼を見、手の平を向ける。すると男の周りの土が盛り上がり、急速に男を包んでいき、小さなドームを形成した。

 「む、これでは拘束することができんな。土を固めて棺のようにしようか」

 顎に手を当てて苦悶する魔王。アンクは苦笑した。

 突如、土に刃物が刺さる鈍い音がした。ドームの頂点から六本の鉤爪が出ていたのだ。

 それは縦に六本の線を引くと、ドームの中に隠れる。次にはまるで爆発したかのような轟音と土煙が上がった。

 広場に残っていた村人は悲鳴を上げて各々の家へ逃げ込んだ。子供たちは魔王が作った動物を必死に自分の下へ呼び寄せる。

 その流れに逆らうようにして分隊長が隊員を連れて駆けて来る。それを視界に入れたアンクは「おせぇ」と地を這うような声を放った。

 「も、申し訳ございません!ここから離れた場所にいましたので、事態の把握が遅れてしまい・・・」

 「言い訳を聞く時間はない。どうせお前らは勇者(あいつ)とやり合う気ねぇんだから、村人の避難誘導してろ」

 分隊長はぐっ、と言葉を詰まらせ、すぐに隊員たちに指示を飛ばして自分も駆けて行った。

 魔王はその様子を横目で見、すぐに土煙に視線を戻した。そこからは「魔法使いがいた」「楽しい狩になりそうだ」などとブツブツと呟きながら舌なめずりをする男が出てきた。魔王は再度顔をしかめる。

 「大分硬度を上げたつもりだったんだがなぁ。なかなかに頑丈な爪だ」

 魔王は腕を組み、どうしたものかと考える。芸がないが、また蔦で絡めようか。そう思ったときだった。

 彼女の目の前で金属同士がぶつかる高い音がした。見れば目の前には大剣を構えたアンクの背中があり、その向こうにはあの男がいる。二人は互いの武器を交えていた。

 「ちょっとマオさん、考え事は周りを見ながらしてくれるかな~」

 「む、すまん。油断したか」

 「うわぁ冷静な返答。ちょっとムカつく・・・っなぁ!」

 言いながらアンクが力任せに大剣を振る。弾かれるように男は後方に跳び、手を突きながら着地した。

 が、次の瞬間には跳躍をしており、まるで獲物を襲う獣のように襲い掛かってきた。

 アンクが大剣で防ぐが、男は四方から攻めてくる。アンクの眉間に皺が寄った。

 「ふむ・・・案外早いな」

 「分析してないでさぁ!壁とか造って防げません!?」

 「あの土壁を破った相手に通用するのか?」

 「ああくそ!」

 苛立ちに任せて大剣を振るが、男は軽々と避ける。その一瞬後にはまた攻めてくるので、アンクは攻撃に出れなかった。

 ふと、魔王はあることに気が付いた。彼女が今いる位置から動かないのと同じく、アンクも大きく移動をしていない。それどころか、魔王は彼の背中ばかり見ていた。

 「おいアンク。まさか私を庇いながらやっているのか?」

 「ええそうですけど」

 彼の返答に魔王は鼻で笑いそうになった。が、先ほどの失態もありそれをすぐに引っ込める。

 「次からは見ながら考えるから、お前は適当に動き回っていいぞ」

 「それ信用していいの?」

 訝しげに問うてくるアンクに、魔王はむっとした。

 「お前には私がそんな愚か者に見えるのか」

 怒気を孕んだ声にアンクは体を跳ねさせた。顔を見なくても、どれだけの怒りか察するのは容易い。

 「ごめんなさいわかった信じます」

 言うが早いか、アンクは大剣を胸の辺りで横向きに構え、片手で刀身を支えて迫ってきた男に突進した。その光景はまるで背後にいるものから逃げるかのごとく、素早いものだった。

 押された男は倒れる前に後方に跳び、他方へ跳ぶ。魔王に狙いを定めた男は彼女に向けて鉤爪を振り下ろすが、それはあっさりと避けられてしまった。

 男は尚も攻撃を仕掛けるが、魔王は軽々と避けていく。アンクも攻撃を仕掛けるが、男はそれを避けて魔王に攻撃をし続けた。

 その時魔王の視界に入っていたのは男ではなく、ある家族だった。

 ある男児が水でできたドラゴンを抱えながら泣き、首を横に振っている。扉から体を半分出した母親らしき女は、青い顔をしながらこちらをちらちらと見、男児に何かを言っている。傍には隊員も居て、彼も母親と同じような行動を取っていた。

 男児は母親にドラゴンを捨てるよう説得されていた。他の動物ならともかく、魔物など不吉だ。と母親は言う。

 男児はひたすらに首を振って「やだ」と繰り返していた。

 「捨てなさい!!」

 「やだぁぁ!!!」

 切羽詰った母親が強く言うと、男児は負けず大声で拒否した。傍に居た隊員がその声量にサッと青くなる。母親も同じだった。

 魔王も瞠目していた。男が声に反応し、声のしたほうを見て口角を上げた。

 気付いた魔王やアンクよりも早く、男は彼らのほうへ向かって跳躍した。母親の引きつった悲鳴が聞こえる。男児はより強くドラゴンを抱きしめた。

 男の腕が振り上げられたとき、ドラゴンの口が開かれた。顔は男のほうを向いている。

 瞬間で口いっぱいの水の球を作る。男の腕が振り下ろされた瞬間、ドラゴンは水の球を渦潮として放った。

 あまりの水圧に男が吹き飛ばされる。親子も隊員もアンクも、それを驚愕に目を見開いて見ていた。

 「いい事を思いついた」

 魔王だけが、ニヤリと笑っていた。

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