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始まりの村

 魔王城から程近い小さな村。そこには似つかわしくない立派な宿屋の一室で、魔王は備え付けの椅子に座り手帳を見つめた。しばらくそれをパラパラと見た後一息ついて、目の前の小テーブルに手帳をほおる。それから腕組をして背もたれに身を預けた。

 「これは予想外だな」

 ポツリと呟いた後、今度は大きく長いため息を吐いた。


 

 人の王の依頼を受けた魔王は旅の準備を終えると、信頼している従者に城の管理をまかせ、単身人の世へと乗り込んだ。

 彼女は普段、魔物や城の管理、その他の仕事に追われ外出する時間など一切なかった。それが今回の依頼を受け、外出する機会を得たのだ。ゆっくりと観光でもしようと、心躍らせながらまずは近場の村へと向かった。

 本音を言ってしまえば、魔王に人の王の依頼を達成する気は微塵もなかった。所詮それは人の問題であって、彼女たちには関係がないのだ。

 しかし、その村で聞いた現実によって魔王の計画は木っ端微塵に崩れ去ったのだ。

 

 今の人の世において、「勇者」とは「魔物」に匹敵する言葉だった。

 

 彼女が村について最初にあった村人に言われたことは、「今この村には勇者が居るから、早く他へ行ったほうがいい」と言うことだった。

 勇者というのは本来、人々から尊敬されうる人物だ。それがこうも恐れられているとは何事か。

 それもそのはず、勇者には「魔法具」と「特別な権利」があるので、何をしでかすかわからないのである。

 特別な権利とは、人の王が与えた「どんなことをしても絶対に裁きを受けることはない」という、なんともむちゃくちゃな権利だった。

 その権利に群がったのは純粋に勇者を希望する者だけではなく、むしろ暴徒のほうが多い。結果的に勇者という職に就いたものの大半は悪人、と言う今の状況が出来上がったのだ。

 それを聞いた魔王は、呆れてものも言えなかった。人の王を罵倒したい衝動に駆られながら、のんびりと観光旅行を楽しむためには、人の王の依頼をこなさなければならないことを痛感した。



 「なぜそんな権利をつくったのか…」

 魔王はいらだちながら呟く。どう考えたところで、その権利が必要だとは思えないのだ。

 彼女は大きく伸びをすると、ベットへ飛び込んだ。聞いた話によると、この宿に勇者は宿泊しているらしい。それも二人も居るそうだ。

 今日聞いた話によれば、勇者の全員が全員懲らしめる対象と言うわけではないらしい。ならば向こうが行動を起こさなければその対象なのか判断することができない。

 あくびをひとつ。外はもう真っ暗で、この部屋以外の灯りは既に消えているようだった。

 魔王も灯りを消して布団に潜り込み、相手が動くのを待つことにした。



 村は静寂に包まれていた。月明かり以外の光は存在しない。時々木々が葉をこすらせる音はするが、それ以外は全くの無音だった。

 その中に、じゃり、と土を踏む音がなる。

 宿屋から出てきた、右腕に勇者の証である腕章をつけた筋肉質の男が、村の中心へと歩を進めていた。

 村の中心には井戸があり、男はそれを見てにやりと笑った。そして息を大きく吸い、厚い胸板を更に膨らませる。次の瞬間、けたたましい咆哮を響かせたかと思うと、強く握った拳を井戸へと叩きつけた。

 その騒がしい声と音に、村中の人々が飛び起きた。驚き辺りを確認する者や、窓から外の様子を伺うもの、恐れて親にしがみつく子供は居るが、誰も家の外には出ようとはしなかった。

 男は尚も井戸を破壊し続け、飽きたのか一度大きく息をついた。粉砕された井戸を見た村人は嘆き崩れ落ちた。その井戸は、村の水源だったのだ。

 男は井戸を見ながら満足そうに笑うと、顔を上げて目の前の民家に目を留めた。そちらへ歩もうとしたとき、

 「うるっさいなぁ…。よくも私の眠りを妨げてくれたな」

 男が出てきた宿屋と同じ、その入り口から眉間に皺を寄せた魔王が現れた。まるで顔に「不機嫌」とでも書いてあるかの様に、わかりやすく憤慨している。

 男は魔王を見やると鼻で笑った。彼女の見た目は細く、とても自分に対抗できるわけがないと思ったのだ。そんな奴がでしゃばってくるとは。

 しかし男は、彼女が放っている殺気に微塵も気付くことはできなかった。力量に気付くことはできなかった。気付いていれば、いきなり跳びかかるなどしなかっただろうに。

 跳んで来た男を睨みすえると、魔王は右腕を軽く薙いだ。その手の甲が触れた直後、目にも留まらぬ速さで男が吹っ飛んだ。

 ぷらぷらと右手を振る魔王とは裏腹に、男は何がおきたのかわからなかった。地面に無残な形でぶつかり、転がり、止まっても理解することができなかった。男と彼女の体格差を考えると、こうも簡単に吹っ飛ぶだなんて考えられなかった。

 「お前…何しやがった」

 咳き込みながら起き上がり、男は魔王を睨みつける。当然彼女はそれに怯むことなく、

 「何って、軽くはたいただけじゃないか」

 けろりとした顔でそう応えた。

 男は血管を浮かせ、魔王に殴りかからんと一歩踏み込む。その目の前に、


 ――――ザグッ


 大剣が落ちてきた。

 男の目の前、鼻とはあと数ミリの距離。地面に刺さっているにも関わらず男よりも長い刃に、冷や汗を浮かべた男の顔が映っていた。

 「ようやく理解しましたよーこの筋肉ダルマ。お前が悪者ですね?」

 その声は宿屋から聞こえた。宿屋の2階の窓に、まるでダーツを投げたような格好で右手を掲げている青年が居る。その腕には勇者の証である腕章がついていた。

 青年はそのまま窓から飛び降り、男の――――正確には大剣の元へと向かう。知らず知らずのうちに、男は後ずさっていた。

 「夜中に騒音っていうか奇声あげるわ、井戸壊すわ…っていうか何で井戸壊すんですか。明日の朝顔洗えないじゃないですか」

 抜けたことを飄々と言うこの青年を、魔王は異質なものを見ている様に感じていた。彼には殺気もなければ怒気もない。なぜ乱入してきたのかもわからず、彼女は青年に近づくことはできなかった。

 一方青年は大剣の元へ到達し、その柄を握る。青年もそれなりに背は高いが、男ほどではない。誰が見ても引き抜くことはできまいと感じたが、青年はそれを片手で意ともたやすく引き抜き、男の首筋に添えた。

 「どうしてくれるんですかー、明日すっごい気持ち悪いじゃないですか。洗えないどころか水も飲めないじゃないですか。脱水症状起こしちゃいますよ」

 青年の顔に表情はなかった。それが男の恐怖を煽る。男はどうにかこの状況を変えようと必死で考え、

 「うらぁっ!」

 自身の体を横にずらしながら、添えられていた大剣の刀身を下から殴り上げた。首元からそれが消えた安心感を感じながら第2撃を考えたが、それが思いつく間も無く、青年の回し蹴りが男のこめかみに直撃した。

 男はうつぶせに倒れこみ、その直後首の上に刃が迫る。それはすんでのところで止められ、その刀身は地面に刺さっていた。まるでこれから斬首刑でも執行されそうな図柄だ。

 「じっとしててくださいよまったく。別に殺したりしませんから、俺血見るの嫌いなんで」

 「ま、まて!お前だって「勇者」なんだろ?仲間だろ?なら仲良くしようや、な?」

 見苦しい。と魔王は思った。先ほどまで逃げようとしていたくせに、手の平を返した様とはこのことだ。

 「何言ってるんですか」

 青年は男の背中に馬乗りになり、男の右腕の腕章を掴む。

 「「勇者」は悪者を倒すのが役目です。悪いことしてるお前が俺の仲間なわけないじゃないですか」

 そう言うと掴んでいたそれを引き剥がし、大剣の刃を使って細切れにしていく。

 「これがついていなきゃ、お前を勇者と認めてくれる人はいません。とっとと裁きを受けて来てください」

 にっこりと笑って、男の背を踏みつけながら立ち上がった。

 その光景を見ながら、魔王は少し感心していた。なるほど、腕章を引き剥がしてしまえば人の王にも裁けるのか。後は悪事の証人を用意すれば、そいつは完全に牢獄行きだろう。

 ふむふむと考えこんでいるさなか、青年がこちらを見ていることに気がついた。魔王が気付いたとわかると、青年は笑顔で手招きをする。

 何事かと呼ばれるままに歩み寄れば、「すみませんが、」と口を開た。

 「こいつを拘束できるようなもの持ってきてはいただけませんかね。流石にこれでは逃げ道があるんで」

 俺も寝たいし、と付け加え、男をちらりと見た。青年の足は未だ男の背中を踏みつけていた。

 「そんなことなら…これでいいか?」

 魔王は人差し指を男に向けると、ぴっとそれを上へ上げた。すると男の周辺から太い蔦が生え出し、暴れるその体を拘束していく。青年はその光景を拍手をしながら見た。

 「すごいですね、魔法が使えるのですか!初めて見ました!」

 確かに、魔物にとって魔法とは使えて当たり前のものだが、人間では使える者がかなり限られてくるらしい。しかし人の王に聞いた話では、勇者たちは魔法具を持っているはずだ。

 「お前も魔法が使えるのではないのか?魔法具を持っているのだろう」

 「勇者が持っているようなのは補助魔法しか使えないんですよー、っとそうだ、こいつのも外しておかないと」

 そういいながら青年は男の手についていた篭手を外した。これが「魔法具」であり、この篭手の効果は「パワーアップ」であった。

 「案外しょぼいな」

 魔王は拘束されていく男を見て、一瞬まるで汚物でも見たかのように顔をしかめて井戸に向き直った。

 ぼろぼろに崩れた井戸は、辛うじて底を見る隙間はあるものの、中は完全に泥水と化している。

 人間は、食べ物がなくとも水があればしばらく生きていられるらしい。魔王もそんな話は聞いたことがあった。しかし彼女の頭の中では、「人間は一日水を飲めなければ死んでしまう」と変換されていた。

 「ここが使えなければ大変なのだよな…」

 呟くと、魔王はぱちんと指を鳴らした。するとそれと同時に井戸の穴から大蛇の形をした土が勢い良く飛び出し、まさに蛇のように身をくゆらせ外堀を整えていく。それが固まったかと思うと次は泥水が井戸から飛び出し、周囲に飛び散った。

 それを拍手しながら見ていた青年は、しっかりと井戸の形をしているそれの穴を覗き込み、ロープのついた桶を垂らす。次に引き上げたときには桶の中には透明な水が入っていた。

 「すっかり元通りですね。すごいです」

 「ふん。こんなもの、茶を飲むついでにできるわ」

 「へぇ~。あ、じゃあ軍への連絡は俺がしておきますね」

 そう言うと青年はさっさと身を翻し、村のはずれへと消えていった。

 まさか今から歩いて町まで行くのではあるまいな。と魔王は思ったが、彼の気配は村はずれで止まっている。

 少し待っても青年が戻ってくる様子はなく、閉じそうになる瞼に限界を感じた魔王は、青年を置いてさっさと宿屋へ戻っていった。

 「明日謝ればいいさ。…ふぁぁぁ」

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