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「イルヴィア様」

 下山後しばらく行くと、小さな町が見える。平野にポツンとあるその町は見通しがいい割に、魔物などに襲われた、という報告は上がっていない。

 山頂での出来事が思った以上に時間をくい、町に着いたのはもう日が赤くなり始めたころだった。

 「日があるうちに、この次の町に到着する予定…ではなかったか?」

 「しかし、今からでは到着は夜になってしまいますよ」

 魔王の呟きに応えたのは分隊長だった。アンクは未だ馬の上でうなだれている。盗賊を逃してしまったことがショックなのか、勝負を途中で止められたことがショックなのか、どちらなのかは定かではない。

 そんなアンクをちらりと見て、分隊長は更に言葉を続けた。

 「それに、山の上り下りや二人乗りで馬も疲れていますし、早めに休ませてやらないと…」

 魔王は「ふむ」とうなり、自分を乗せている馬の首筋を撫でた。馬はくすぐったそうに鼻を鳴らす。

 「そうだな…こいつらには休憩が必要か。では」

 「この町に泊まるか」と続けようと魔王が顔を上げた時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。アンクが勢いよく体を起こし、分隊長も声の主を探す。それはすぐに見つかった。

 彼らの目の前には、買い物帰りだったのか袋を抱えた中年の女性がいた。彼女はこちらを見たまま目を見開き、真っ青な顔で袋を抱きしめている。袋の口からは野菜や果物が溢れ落ち、転がっていく。

 彼女の悲鳴を聞いて集まった町民は前にいる隊を見て首を傾げ、後ろにいるアンクと馬に乗せられた元勇者たちを見て一気に青ざめた。

 「おい、また勇者が来たぞ!」

 「あの後ろにいるの、この前来た勇者じゃないか!?」

 「誰か早くイルヴィア様を呼んで!!」

 阿鼻叫喚と逃げ惑う人々を前に、アンクたちは戸惑うことしかできなかった。声を掛けようと近づけば、さらにひどい悲鳴を上げて逃げていく。

 「なんだこれ。軍人が恐がられるってどういうことだよ」

 「いや、あの…恐れられているのは勇者なのでは…」

 呟くように言った分隊長を見るアンク。微妙な顔をして首を傾げると、分隊長は苦笑だけを返した。

 その時魔王はわずかに風を感じた。風上からは女性が、魔王たちに向かって走ってきている。

 足まであるような白い装束を着た、まるで聖女のような女性だった。しかしその女性は、とても人間ではありえないような速度で走っている。

 それを見た町民が口々に「イルヴィア様!」と叫んだ。

 イルヴィアと呼ばれた女性は魔王たちと町民の間にきて、急ブレーキをかけるように止まった。勢いだけがそこに残り、土煙を上げる。それさえも風が一瞬で飛ばした。

 イルヴィアは町民たちを背にかばうようにして立ち、魔王たちを―――特に魔王を強く睨んだ。

 「大丈夫ですかみなさん!」

 彼女は睨みつけたまま町民に声をかけ、それぞれが安心したように返事を返していた。

 「悲鳴が聞こえたから何事かと思えば…また勇者ですか…!それに…」

 イルヴィアはより一層目線をきつくして唇を引き結んだ。魔王は馬から降りながらその視線を受け止める。魔王が動くたび、彼女は体に力を入れていった。

 その姿を見て、魔王はにやりと口角を上げた。

 「それに…なんだ?」

 挑発するような言い方にアンクは魔王を見た。彼女は腕を組み、ただイルヴィアを見ていた。イルヴィアに目を向ければ、彼女はこれ以上ないほどに体中に力を入れて魔王を睨み据えている。よくよく見れば、その体はわずかに震えている。

 「ちょっとマオ、何言ってんだよ。今は落ち着いてもらわないと…」

 アンクが言い終わらないうちに、再び爆風が起きた。その中心にいるのはイルヴィアだ。

 「とにかく…この町から早々にお立ち退きください!!」

 彼女が魔王たちに向かって勢いよく手を突き出すと、爆風がその腕を伝うように流れて襲ってきた。見えない脅威でありながらも、その威圧にアンクたちは身をこわばらせる。

 そんな中魔王は涼しい顔をしたまま、つぃ、と線をなぞるように人差し指を上へ動かす。彼女の足元から岩が生え出て風を裂いた。また指を下へと動かすと、岩がゆっくりと沈んでいった。

 「お立ち退き、と言われても困るなぁ。私たちは山越えで疲れているんだよ」

 余裕綽々と笑う魔王に、イルヴィアは唇を噛みしめた。手を広げるようにすると、それぞれの手に水球を造る。それを魔王に向かって投げれば、形を変え、槍のようになった。

 魔王は腕ごと上にあげる。地面からいくつもの蔓が飛び出し、水の槍に突き刺さりその形をくずしていく。しかし崩し切れなかった切っ先が魔王の頬をかすめた。

 その傷を指でなぞる。次の瞬間には、傷など跡形もなく消え去っていた。指に着いた血だけがその名残を残し、それすらもなめて消した。

 「…なかなか優秀な魔法使いだな?」

 魔王は口元に指を当てたまま微笑む。同時に抑えていた魔力をほんの少し解放すれば、反射的にかイルヴィアが半歩後ずさった。

 そんな彼女を横目に、その後ろの町民たちを見る。彼らは安心したような、期待したような目を彼女に向けている。

 イルヴィアは魔王の視線に気づいたのか、腕を広げて立ちふさがる。

 「町の人には、手出しさせませんよ」

 睨みつける瞳。それを見返して、魔王は指を鳴らした。

 イルヴィアの足元から蔓が飛び出し、彼女に絡みついて動きを封じる。

 「は!?何してんだよマオ!」

 「お前は黙っていろ」

 アンクが後ろから魔王の肩を掴む。彼女はアンクを見るでもなく、その手を払いのけるでもなく町民を見ていた。

 「いや、でもさ…」

 「勇者の腕章を付けたやつが何かやらかす方が面倒だろう」

 言われて言葉に詰まった。今や勇者は恐れられる対象だ。…とは言え。

 ―――今のマオに言われると複雑…。

 今最も悪人らしいのは彼女である。しかしそんなツッコみもできないほど、今の魔王からは威圧を感じていた。

 アンクには、彼女が何を思ってこんなことをしているのか全く分からなかった。

 蔓から抜け出そうとあがくイルヴィア。その向こうの町民たちを、魔王はじっと見ていた。

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