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諦めの

 地面が抉れる。作られた一筋の傷はとても人が作ったものとは思えないほど深かった。

 アンクは地面に降り立つと、大剣を数度ふった。掲げて持ち、見つめて微笑む。

 斬撃をよけたザイガルグは、アンクのその様子を見て苛立ちを募らせていった。アンクに切りかかったが、簡単に避けられてしまう。

 アンクはすぐに切り返したが、ザイガルグも後ろに跳んで避けた。だがアンクの大剣が伸びてさらに追う。しゃがみこんで避け、立ち上がる勢いで突きを繰り出した。刃がアンクのわきをすり抜ける。息つく間もなくもう一つの刃が迫り、金属音が響く。

 一度間合いを取った二人が見合う。方や怒りを込めたまなざしを向け、方や楽しそうに笑っている。

 その光景はひどく奇妙で、見ているものは恐怖すら感じた。

 ただ一人を除いて。


 金属同士がぶつかる音が幾度となく響く中、自身と隊員たちに結界を張った魔王は、アンクを見てわずかに後悔していた。

 予想していなかったわけではないのだが、ここまでとは思っていなかった。

 「…とんだ戦闘狂だな」

 ザイガルグと対峙しているアンクは楽しそうに笑っていた。対してザイガルグは怒りを湛えながらも苦しそうに眉根を寄せ、汗が頬を伝っている。二刀を構える力もないのか、両腕は垂らされ刃は土を掻いていた。

 アンクが地を蹴る。その姿は一瞬で消え、風もないのに木が揺れて葉が鳴る。次の瞬間には金属がぶつかる音がし、その直後にザイガルグの腕から血が噴き出した。

 「ぐぅ…っ!」

 倒れかけた体を足を踏ん張ってとどめるも、すぐに衝撃が襲う。続く衝撃の中振った刀が金属音を鳴らし、ようやくアンクが姿を現した。

 「この…くそ野郎が…!!」

 ザイガルグが刀を振り払うのと同時にアンクが飛び、距離を取る。睨むザイガルグを見返したアンクはにっこりと満面の笑みを向けた。

 「あー懐かし。やっぱりいいよな軽いのは!」

 大剣を肩に担ぎながらアンクは言う。

 ザイガルグはそんなアンクを睨むが、立っているのが精一杯なのか動こうとしない。

 片方が動けないのなら、決着はついた。

 もとより殺すことを目的とした戦いではなかったのだ。ならばこれで終わりだろう。

 魔王は結界を解こうとした。しかしアンクがザイガルグへ行くのを見て動きを止める。

 彼の闘志はいまだ冷めていない。

 「な、もう少しやろうよ。久々だからさ、もっとやりたいんだよ」

 満面の笑みを浮かべたアンクがザイガルグの胸ぐらを掴む。隊員たちがアンクの覇気に気圧(けお)される中、魔王は呆れから深いため息を吐き出した。

 「まったく、人間とは…」

 言葉を区切り、指を鳴らす。アンクの足元の地面が盛り上がり、太い蔓が飛び出した。とっさに飛び退こうとしたが間に合わず、それはアンクに絡みつき、その体を持ち上げた。思わず手から力が抜け、ザイガルグが地に落とされる。

 「ん?あれ?」

 「さっさと山を降りるぞ。私は野宿などしたくはないんだ」

 魔王は腰に手を当て、半眼でアンクを見た。彼は不満げに声を返す。

 「えー、もうちょっ…うごっ、ごめ、行く、行きますっ」

 魔王が睨むだけで蔓の締め付けが強くなる。アンクは慌てて言い直したが、締め付けは弱まるどころか強くなるばかりだ。やがてアンクは力なくうなだれ、そこでようやく蔓が外れた。

 魔王は結界を解き、後方にいた隊員たちに「あれらを回収しろ」と指示を飛ばす。

 「ふざ…けんなよ、このアマぁ!!」

 唐突に、ザイガルグが叫び声をあげた。ぐらつく足を叱咤しながら魔王を睨み、一歩一歩と近づいてくる。二本の刀はもはや彼の体を支えるためにしか使われていない。

 「てめぇ…余計なことしやがって…」

 満身創痍でありながら向ってくるザイガルグに、魔王は一種の感動を覚えた。

 これまで見てきた人間は、どうにも諦めが良すぎた。山賊ですら一度やられただけで仲間を置いて逃げ出した。

 確かに適度なところで諦めるのも大事かもしれないが、皆その見切りが早すぎるのだ。

 彼女にとってそれがとてもつまらなかった。不快感すら覚えた。

 しかし、目の前の男は違う。諦めが悪い。

 知らず内に魔王は笑っていた。

 「お前、面白いな。気に入った」

 ぴくり、とザイガルグの眉が跳ねる。

 「お前はこのまま置いておこう。また会えることを願うよ」

 魔王は手だけで隊員たちに支持を出し、ザイガルグの横を素通りした。先ほど捕まえた山賊も放って、魔王は下山を始める。

 隊員たちは戸惑ったが、自身の隊長を落とした相手に刃向えるはずもなく、おとなしくその後ろに着いて行く。

 ザイガルグは睨みつけるだけで、腕を上げることも、歩を進めることもできなかった。

 うめき声を背後に聞きながら、魔王たちは山を下りていった。



 「うぅ…」

 「ようやく目覚めたか」

 山の中腹あたり、馬の首にもたれるようにして乗せられていたアンクが、うめき声を漏らしながらゆっくりと起き上った。辺りを見回し、自分が馬に乗っていることに気づき、前を隊員たちが進んでいるのを見て魔王に向き直った。

 「…あれ…?」

 惚け気味に首を傾げる。

 「何を間の抜けた声を出している」

 「いや、え?ここどこ、さっきの奴は?」

 「未だ下山中、山の中だ。さっきの男なら放ってきた」

 「はぁ!?放ってきた!?」

 アンクが身を乗り出す。馬がバランスを崩し、慌てて整えた。

 「ま、まさか他の山賊たちもか?」

 「ああ」

 あっさりと答える魔王に、アンクは片手で顔を覆った。

 「どうりで…人数が少ないはずだ…」

 前を進む隊員たちがちらちらとアンクをうかがう。アンクもそれを視界の端に捉え、さらに深く沈み込んだ。

 「犯罪者を逃がすとか…大失態だよ」

 「何を寝ぼけている」

 魔王の言い方に顔を上げる。

 「お前の行動自体失態だったではないか。捕えることより戦うことを優先していただろう」

 うっ、と詰まるアンク。

 「そうだな、二度と失態を侵さないよう、剣の重さを戻そうか」

 「うえぇ!?いや、やだよ!ごめん、もういいからさ!!」

 必死で謝り倒すアンクを魔王は鼻で笑った。

 「まるで子供だな」

 「…そーですね」

 アンクはそうつぶやくと、ぱったりと馬にもたれて倒れた。馬は迷惑そうに鼻を鳴らした。

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