付加効果
「まったく、いくら人間がいないからと言えどやりすぎだぞ」
魔王は半眼でアンクを睨み、指を鳴らした。無残にも薙ぎ倒された木々は一瞬で土に返り、残った根から枝葉が伸びる。瞬く間に広場は元の姿を取り戻した。
「うわーごめんなマオ、ありがと」
アンクが片手で礼をすると、魔王は鼻を鳴らして腕を組みなおした。それに苦笑しながらアンクは大剣を担ぎ、山賊を見渡した。
彼らはただ呆然としていたり、恐怖に顔を青くしたり、早くも逃げ出したりとさまざまだった。中には土に埋まって身動きができないでいる者もいる。
「これだけで終わられると嫌なんだがなー・・・」
腰に手を当て呟く。手近にいた男の襟首を掴み上げると、男は小さく悲鳴を上げて恐怖に慄いた目をアンクに向けた。それを受けて、アンクはその男を投げ落とす。
「なんかさ・・・弱くね?なんだ、できたばかりなのか?それともここにいるのが新人ばかりなのか?」
まぁそれでも捕縛するけど、と後方に居た隊員たちを呼びつけ縛り上げた。いくらかは逃げたといえど捕縛した数は10を越えるほどであり、アンクは地面に大剣を突き立てて考え込んだ。
「ちょーっと大所帯すぎるな・・・。あとどのくらいだっけ。下山して、町に寄って・・・か?それから・・・」
ぶつぶつと予定を組むアンクを横目に、魔王は林を見ていた。正確には「林の中にいる二人の人物」を見ていた。一人は先ほどの群衆の中にいた山賊。その山賊は青ざめながらおろおろと隣に立つ男と捕縛される仲間たちを見ていた。一方の男はじっと魔王を睨み返していた。
男は他の山賊と同じように毛皮を中心とした服装をしており、身体には程よい程度の筋肉しか付いていない。身長も隣の男と比べると高めのようで、歳は三十後半あたりだろうか。腰には左右に一本ずつ細身の刀が下げられている。
二人の間には、いや、少なくとも男の周りには緊張した空気が醸し出されていた。
「あのアマ・・・こっちに気付いてやがるな」
「ど、どうするんですか?ザイガルグ様」
「・・・取り敢えず静かにしてろ。他の奴らはどうにかできそうだが、あの女はやべぇな」
「・・・アンクよ、お前は後何回反省すればいいのだろうなぁ・・・」
「え、何突然」
魔王はため息を吐きつつアンクを見る。アンクも振り返り首を傾げると、魔王は再び、先ほどよりも深くため息を吐いた。
「まぁ、取り敢えずその剣を貸せ」
「は?はい」
疑問符を大量に浮かべながらも、大剣を引き抜き魔王に渡す。彼女はそれを片手で掲げると、反対の手をその刃にかざした。
「え、おい何をするんだ?」
魔王の手がほのかに光る。
「お前、これを持つ以前は軽い剣しか使っていなかったのだろう。これを持ってそう日も経っていないようだし、体の動きよりも剣の動きが僅かに遅い」
手の光はまるで浸食するように刃へと広がっていく。アンクはそれを唖然と見ていた。
「・・・すっげ、なんでわかんの?」
確かにアンクは勇者になる以前、軍で使用している一般的な剣よりも更に軽い剣を使っていた。それは彼がパワーよりスピードを優先した結果だったのだが、勇者の職についた時は武器を選択する余地など無かった。当時完成している魔法具はこの大剣しかなかったのである。
それでも彼はこの半年間訓練と実戦を誰よりも多く積んでいた。大剣の重さにも、それが出せる最高速度にも慣れていたはずだった。
「少しばかり、私の目が良いというだけだ」
魔王の手と大剣から光が消える。
「持ってみろ」
大剣の柄をアンクに向けた。疑問符を浮かべたままそれを受け取る。と、
「うぉっ、軽っ!」
想定していた重量より軽く、大剣が持ち上がりすぎて大きく仰け反った。すぐさま体制を直し、魔王を見る。疑問符は増えるばかりだ。
「付加効果を付け足しただけだ。元からあった伸縮、そして重力軽減」
「・・・重力も?」
「ああ。やろうと思えば、おまえ自身の重力も軽減できるぞ」
アンクはへぇ、と感嘆の声を漏らしながら大剣を見つめる。魔王はちらりと林を見た。そこには未だにあの二人が居る。しかし男―――ザイガルグは両手に刀を構え、こちらに僅かに歩み寄っていた。
「・・・アンク、試運転だ。あそこに居る男の相手をして来い」
「げ、居たの!?」
魔王の指差したほうを勢いよく見れば、確かに男が見える。そこで魔王に言われたことを理解し、がっくりと肩を落とした。
「そういうこと・・・いやあの、本当にすみません」
「いいから、早くしろ」
魔王に急かされ、大剣を構える。その重さはかつて愛用していた剣と大差ない。そのことがアンクの気を高揚させていた。