魔王の思惑
遠くから様子を窺っていた隊員たちは、男の腕から腕章がなくなったことを確認すると男を囲んだ。満身創痍であり武器である腕を食われている男は抵抗できず、あっけなく捕まってしまった。
ライオンが一頭ずつゆっくりと男の腕を自身から抜く。抜かれた腕から分隊長が鉤爪を抜き取った。
動物たちが一匹、また一匹と身体を小さくしていく。アンクはその様子を見ながら魔王に駆け寄った。
「おつかれー。随分テンション高かったね」
「まあな」
「なんで?」
最後にドラゴンが元の小ささに戻る。アンクはそれを確認して魔王に顔を向けた。
「こいつらがいれば、前の村のように他人に頼らずとも良いだろう?こいつらはこの地の土と水でできている。当然、村の者を守るだろう?それに土と水なら人の王も罰せられまい」
魔王は腕を組んで笑っていた。アンクは「なるほど」と頷いて動物たちを見回す。ぞろぞろと子どもの下へ向かっていた。民家の前では子どもが待ち構えている。
魔王は動物たちをこの村の守り役にしようとしていた。ドラゴンは言われずとも子どもを守っていたし、適役だと思ったのだ。
この土地から離れることなく、自分たちが関わることなく、この村を守る方法。彼女は良案を思いついたと思っていた。
「来ないで!」
悲鳴のように叫ぶ女の声が響いた。魔王たちがそちらに目を向けると、母親らしき女性が子どもを背にして土でできたライオンと対峙していた。
ライオンに手を伸ばそうとする子どもの手を掴み、自分の背に隠すようにする。子どもは戸惑ったように女性を見た。
「どうして?お母さん。こいつは悪い人をやっつけてくれたんだよ?」
「何を言っているの!こんな危険なもの、近付いちゃだめよ!ちょっとそこの貴女、早くこいつを消して!」
女性は魔王を見て叫ぶ。途端、周りからも同じような声が聞こえだした。魔王は女性を見返して、そして子どもに視線を向けた。
子どもは首を横に振っていた。強張った表情で必死に首を振っている。
「何をしているの、早くして!」
金切り声で女性は再び叫んだ。
「何故だ。そいつらは村人を襲わんぞ?」
魔王は女性に近付きつつ尋ねる。女性は魔王を睨みつけ、「どこにそんな保障があるの!」と言い返した。
「そいつらはこの土地からできている。この土地に住むものを見捨てるわけがないだろう」
「土地に意思があるとでも言うの!?あったとして、土地が私たちを見捨てないなんてどうして言い切れるのよ!」
女性はヒステリックに叫ぶ。子どもはそんな女性の様子を恐れたのか、後退った。
魔王は眉を顰めた。そして俯くと、指をひとつ鳴らした。
「飼い主の子どもがそいつらに向かって消えろと言えば消える。選ぶのはお前ら次第だ。・・・アンク、行くぞ」
再び始まった村の騒ぎを背に、魔王は宿屋へと向かう。アンクはその後を追った。
日も暮れ月が天高くにある頃、魔王たちは宿屋の食堂で夕食をとっていた。
「・・・難しいなぁ・・・」
魔王はフォークでサラダをいじりながら呟く。その向かいで酒を飲んでいたアンクは顔をあげた。
「そう言えば、この土地が村人を見捨てない根拠ってなんだったんだ?」
魔王はいじる手を止めてアンクに顔を向ける。
「・・・この村で開かれていた露店、売っているものが食べ物ばかりだっただろう」
「ああ、そうだね。野菜とか果物とか、そればっかり」
「ああいう売り物は近くから採るんだ。私が買ったものも新鮮であったし」
アンクは「それが?」と首を捻る。
「察しが悪いな。それらを育てるには土が良くなくてはならないだろう」
魔王はフォークでサラダを刺し、口に運ぶ。アンクは「なるほど」と大きく頷いた。
「露店の敷物も籠も、それなりに古いものであったし、店主の生活も悪そうではなかった。これは服装を見ればわかることだ。おそらく、長いことあの店をやっているのだろう」
「それで、見捨てないって言ったのか。なるほどなるほど」
アンクは頷きながら酒を飲む。魔王はため息をついて、またサラダをいじり始めた。
「今の人間には、土地が意志を持つと思う者はいないのだな・・・。少し残念だ」
「そりゃ、意思って目に見えるもんじゃないからね。マオは何でわかんの?」
「魔法を使う者ならば、多少なりともそれが感じられる」
魔法というものは、自然の力を借りて発動するものである。なので、魔法使いは自然と近いところにいると言っても過言ではない。喜怒哀楽という感情程度なら、魔力があれば誰もが感じられることだった。
ということを説明すると、アンクは興味なさげに相槌を打った。魔王はサラダを口に運びつつ、アンクを見る。
「それはそうとお前、何故本気で戦わない。お前ほどの者ならあんな奴直ぐに片付いただろうに」
「そんなことまでわかんの?」
肉を食おうとしていた手を止め、瞠目して魔王を見るアンク。魔王はフォークをアンクに向けて答えを催促した。
アンクは背を仰け反らせながら渋々と応える。
「俺の魔法具、対個人戦とかこういう狭いところで使うもんじゃないんだよ。何ていうか、「面倒くさがりな貴方にお勧め!」みたいな武器なんだよね」
「ならば普通の武器を持て」
「やー、だってあれでも戦えるし」
魔王はため息をつくと、「横着者め」と残りのサラダを平らげた。
「それでこそ俺ですから!」
胸を張りつつ肉を頬張るアンクを横目で見て、魔王は再びため息をついた。
翌日、隊員は捕まえた「元」勇者を馬へと苦労しながら乗せていた。一晩たって体力を取り戻したらしい男が余りに暴れるので、魔王が彼の首の後ろに手刀を落とした。そのため彼は今ピクリとも動かない。
ちなみにその時アンクは「おみごと」とか言いながら拍手を送っていた。魔王はそんな彼に呆れつつ「お前らの仕事だろう」とため息混じりに呟いた。
昨日と同じように列を作り、村を出て行こうと門をくぐろうとした時だった。後方から泣き喚く子どもたちが魔王目掛けて駆けて来たのだ。
魔王は驚きながらも馬から降り、子どもたちと目線を合わせる。
「お姉ちゃん、昨日のもう一回出して!」
「お母さんたち恐くて消しちゃったの!ねぇお願い!」
「もう一回!今度は消さないから!」
子どもたちは泣きじゃくりながら魔王に言い募った。魔王はくすりと笑うと、口の前に人差し指を立てた。
「いいかお前ら、いい事を教えてやる。だが、これは他の大人たちには秘密だぞ?知られたらまた怒られてしまうからな」
子どもたちはこくこくと頷く。それを見て、魔王は耳を寄せる子どもたちに小さな声で告げた。アンクも聞き耳を立てたが、聞き取ることはできなかった。
やがて涙に頬を濡らしていた子どもたちの表情が一気に明るくなった。彼らは口々に魔王に礼を言うと、一目散に走っていった。
「何て言ったの?」
馬に跨る魔王に問う。彼女は横目でアンクを見た。馬たちが歩を進める。
「呼べば帰ってくる、と言ったんだよ。まだこの土地に魔力は残っているからな」
「じゃあ魔力が消えたら動物たちも戻っちまうんじゃないか?」
「魔力をまとって動いている限りは消えないよ」
微笑む魔王に、アンクもうっすらと笑みを向けた。
「マオが子ども好きとは、意外だなー」
「子ども好き?私がか」
魔王は驚いたように目を見開いてアンクを見た。アンクはのどの奥で笑う。
「無自覚かよ」
首を傾げる魔王を横目に、アンクは暫く笑い続けていた。