1、ファービーと木の葉占い
陽射しと風に秋の気配がしますね。
紅葉の季節もすぐやってくるのでしょう。
高い高い山々が連なる裾野に、緑の森が広がっていました。
その森に、もうすぐ本格的な春がやってきます。
この頃になると、森の18歳になる若い妖精たちは、ざわめきたちます。
なぜなら、木の葉占いの木々を渡される日が近づいてくるからです。
木の葉占いとは何かしら?と、思われたでしょうね。
それは、自分に渡された木の葉っぱが色づくころ、つまり秋になったころ、それが何色に変わるかで、将来叶う願い事が決まるという古くからのおなじないです。
「私は、絶対赤が良いわ!!」
「私も。あの人と両想いになりたいもの。」
「私はあの素敵な王子様と両想いになれたら、もう死んでもよいわ。」
恋する妖精の間では、圧倒的に赤が人気です。
どうやら、自分にふさわしい相手との恋が叶うようですよ。
「僕は、黄色かな。王子様のように世界一魔法が得意になりたいから。」
「俺は、世界一速く飛べるようになりたい。」
「私も。速く飛べるようになったらいいだろうなぁ」
黄色は、恋以外の願いが何でも叶うみたいです。
だから、好きな子のいない妖精たちは皆黄色を願います。
願いが叶うのは確かに嬉しいですよね。
そんな素敵なおなじないだもの。
皆が浮き足たつのは、分かるような気がします。
そんな様子を、はにかんで見つめている小さな妖精がいました。
妖精は皆小さいですが、この子は一際小さく、貧弱でした。
そして、誰かが通ると、サフランの花の影にさっと隠れます。
ファービーです。
ファービーは、この森のはずれに住んでいる、お父さん、お母さん、他の家族も誰もいない今年18歳になる女の子の妖精です。
が、違うのはそれだけではないみたいですよ。
他の妖精たちは、金や銀の美しい髪に、陶器のような真っ白な肌で、まん丸い瞳なのに、ファービーは、カラスと皆が陰口をたたくような黒い髪と、そばかすだらけの顔、キツネの様に吊り上った目の持ち主なのでした。
ファービーは、いつも仲間外れで、友達もおらず、どこでも一人ぼっちです。
しかし、木の葉占いができる18歳になるのを、それはそれは待ち望んでいたのでした。
「私は、黄色を願うわ。一度でも良いから、家族に会いたいから。」
そんな考え事をしていると、
「ねぇ、ファービー。」
突然、サフランの花の背後から声がしました。
ファービーは、びくっとして、後ろを振り返りました。
そこには、目にも鮮やかな桃色のドレスを来た、とても美しい妖精が、美しい笑顔で立っていました。
しかし、その笑顔に冷たさが宿っているのを、ファービーは見逃しませんでした。
「ねぇ、ファービー。木の葉占い、楽しみね。あなたは、何色が欲しいの?」
ファービーには、この子が何を言わせたいか分かっていました。
ですから、「私は……」と口ごもりました。
「ふふ。分かっているわ。黄色よね。」
その美しい妖精は、勝ち誇ったように笑いました。
「あなたみたいな子は、恋をすることなんて絶対できないし、まずその容姿を何とかしなければね。ふふ。」
そう言うと満足したのか、その妖精は桃色のドレスをヒラヒラさせて、行ってしまいました。
『えぇ、そうよ。私は黄色を願うわ。会いたい家族がいるのですもの。』
ファービーは、じっと涙をこらえて、うつむきました。
その頃、長老は悩んでいました。
「ファービーに、木を与える必要がない。」と、一部の大人の妖精たちから、声があがったのです。
「長老、ファービーは、本当に我々の仲間ですか?とてもそうは見えない。」
「親もいない、どこから来たのかも分からないあの子に、木を与えるなんておかしいですよ。」
長老は困った挙句、こう言いました。
「この森に住んでいる以上、あの子にも木を与えぬわけにはいくまい。その代わり、森で一番小さな木を与える。」
そんな事情を何も知らないファービーは、小さな小さな指を日ごとおって、木渡しの儀式の日を待っていました。
ちょっとずつ暖かくなる、ある春の良き日。
今日の森は、何となく期待と緊張でいっぱいなように感じます。
あぁ、そうか。
いよいよ木渡しの儀式がとりおこなわれるのだわ。
長老から、うやうやしく木々の場所を教えられた妖精たちは、ワクワクしながら、それぞれ与えられた木がある場所へ移動していきました。
ファービーはどうしたかしら?
ちゃんとした木をもらえたでしょうか?
心配ですね。
ファービーには、森の奥にある泉のほとりの貧弱な木が与えられました。
その木は、まるで枯れ木のようで、若芽が一つも出ていません。
長老ったら、本当に森で一番小さな木を与えたのだわ。
ファービーが落ち込まなければよいけれど。
ファービーの様子はどうかしら?
あら?
その心配はなさそうですよ。
「私の元へ来てくれてありがとう。」
ファービーは、そういって木に口づけをしました。
「私たち、似ているわね。なんだか運命を感じるわ。」
そして、毎日毎日愛の言葉をかけ続けました。
「だいすきよ。私の木。」
「あなたなら、私を家族につなげてくれそうな気がするわ。元気に育ってね。」
木を風が押し倒そうとしても、雨が流そうとしても、ファービーは、それはそれは必死で木を守り続けました。
そんなある日、
「ねぇ、ファービー。」
突然、泉の先から声がしました。
ファービーは、びくっとして振り返りました。
そこには、あの桃色のドレスを着た、美しい妖精がいました。
その目には、からかいの気持ちが表れています。
「驚いたわ!!なんて貧相な木なの!!長老もいくらあなたの木だからって、ひどいわねぇ。私の木なんて、この五倍も立派だわ。」
ファービーは、うつむいていましたが、そっと木に触れました。
まるで、傷つかないで、と言うように。
それを見た美しい妖精は、気に入らない様子で、ふんと鼻をならして言い放ちました。
「見てなさい。その木はきっと葉なんて一枚もでないわ。」
その時です!
ガサガサガサッ。
「うう。」
一人の年老いた男が、泉の前で倒れました。
「きゃぁ!」
美しい妖精は、悲鳴をあげました。
その男は、髪がぼさぼさで、服はぼろぼろ。
とても、汚い身なりをしています。
「み、みず……。」
男はかすれた声を振り絞りながら、助けを求めました。
「人間だわ!!しかもなんて汚い!関わりたくないわ。」
美しい妖精は、桃色のドレスをひるがえして、さっさと行ってしまいました。
一方、ファービーは、その突然現れた男が怖くないわけではなかったのですが、放っておけませんでした。
花のコップに、泉の水をくんで、何度も何度も男の口へ運びます。
ぐぐっ。
男の喉が動いて、男は目を覚ましました。
突然のことだったので、めったに妖精の前にも姿を見せないファービーでも、隠れる暇がありませんでした。
男は、ファービーを見て、目じりを下げると、シワだらけの人差し指を差し出して、言いました。
「ありがとう。心優しき妖精さん。」
そして、持っていた袋から、黒い粉を出しました。
「この木を大切にしているようだね。肥料をかけてあげるよ。」
ファービーは、その人差し指を握り返して、「ありがとう。」というのがやっとでした。
太陽がまぶしい夏になりました。
さて、ファービーの木は、どうなったでしょうか?
なんとなんと、小さなことは相変わらずですが、その小さな枝に葉をいくつもつけているではありませんか!
あぁ、きっと愛情と肥料が届いたのね。
良かったわ。
ファービーは、心から喜びました。
「これで、これで私も木の葉占いができるわ!お父さん、お母さん……」
ファービーは、そっと腕を組んで胸の上におきました。
そして、待ちに待っていた季節、秋。
森は、美しい紅葉で彩られています。
その頃には、あちこちで歓声が聞こえます。
「やった!!黄色だ!!」
「私は赤よ!!」
ファービーは、幾日も幾日も、自分の木の葉っぱが色づくのを待ちました。
しかし、一向に緑のままです。
葉の色が変わらないのは、ファービーだけでした。
それでもファービーは、心から信じ続けていました。
誰に笑われても、馬鹿にされても、小さな小さな木を真心こめて、お世話し続けたのです。
そうこうする内に、森には雪が舞い散り始め、ファービーの小さな木は、半分雪にうまってしまいました。
そして今日、やっとこさくっついていた最後の葉が、ひらり、と散ってしまったのです。
どんないじわるを言われても泣かなかったファービーの目に、こんもり涙があふれました。
そして、生まれて初めて、声をあげてわんわん泣いたのです。
「どうして?どうして、私はいつもこうなのかしら?」
涙がとめどなく流れ出ます。
「どうして?どうして、私だけ家族に会えないの?願い事が叶わないの?」
その時でした。
ガサガサガサッ。
ファービーは、驚いて音のする方を見つめました。
そこには、いつぞやの年老いた男がたっています。
そして、優しくほほえんでいました。
「泣くのはおよし。心優しき妖精さん。」
ファービーの目から、またぶわっと涙があふれ出てきました。
「やめることなんてできないわ。だって、こんな悲しいことってないのだもの。」
「木の葉占いでは、緑は一生変わらない心を表す、貴重な色だよ。僕の君への愛のように。」
「え?」
ファービーが男の方を見ると、そこには金色の王冠をかぶり、金色の羽を振るわせた、若い妖精が立っていました。
「実は、僕は妖精の国の王子なんだ。姿を変えていたんだよ。あの時はありがとう。」
そう言うと、王子はファービーに金色の粉を振りかけました。
周りがぱぁっと明るくなります。
ファービーは、宝石が散りばめられた、泉の色と同じ真っ青なドレス姿になっていました。
頭には、ダイヤモンドが光るティアラが輝いています。
黒い髪は、月明かりの夜のようにつややかにきらめき、吊り上った目は知性をたたえています。
そして、そばかすも宝石の輝きで、まったく目立ちません。
「あぁ、ファービー。なんてきれいなんだ。」
王子はうっとりしました。
「ファービー、僕の妻になってほしい。みずぼらしい人間を見捨てなかった君の優しい心と怖くても水を与えた勇気。それが僕を虜にしてしまった。そして、それが一生変わらないと木の葉占いで出たのだから、君は本当に素晴らしい女性だ。残念ながらこの国には差別や偏見がある。この王国の為にも君の心は必要なのだ。」
ファービーは、夢心地でぼうっとしていましたが、とても嬉しい言葉を言われているのは分かりました。
でも、王子の差し出された手を握れません。
「さぁ、ファービー。」
「あぁ、王子様。だめです……。私なんかでは……。」
「じゃぁ、これはどうだい?僕の魔法で君の家族に会わせてあげよう。この魔法がつかえるのは王子の僕だけだよ」
ファービーは、心が揺れました。
『お父さんやお母さんたちを探してもらえるなんて夢のようだわ。でも、自分の願いのために王子様を利用するなんていけない。』
ファービーは、首を振りました。
「王子様。王子様にはもっとふさわしい方がいらっしゃると思います」
王子は、その答えを予想していたかのようにふっと優しくほほえみました。
そして、マントの中から鏡を取り出して、ファービーに見せたのです。
「ごらん。君の家族は、ここに映っている。隣の国の歴史ある一族だ。」
ファービーは、その言葉を聞くと、食い入るように鏡を見つめました。
ファービーにみなそっくりで、賢そうです。
そして、隣の国の王様に仕えています。
『一目みて分かったわ。間違いない。私の家族だわ』
ファービーは、すぐにでも会いに行きたいと思いました。
しかし、隣の国ははるか遠く、どうやって行ってよいやら分かりません。
「ファービー。王族なら隣の国に自由に出入りできる魔法が使えるようになる。僕も知らなかったことだったのだが、隣の国の王様から、木の葉占いの時期に合わせて手紙がおくられてきたのだ。この国と隣の国を仲良くさせるためにと、十八年前隣の国の王様が一番心優しい妖精の幼子をこの国に遣わされたそうだ。それが君だ。」
ファービーは、驚いて息をのみました。
「僕は、隣の王様のお気持ちにこたえたいし、君を家族に会わせてあげたい。でも、何より君と一緒にいたいのだ。」
王子様の目は真剣でした。
「もう一度言う。僕の妻になってほしい。」
ファービーは、王子様の気持ちも家族に会えることも、ふるえるほど嬉しかったのです。
だから、とうとうさしだされた王子の手を握り返しました。
すると、王子はファービーを抱きしめて、額にキスをしました。
そして、この瞬間、ファービーは、この妖精の国のお姫様になることが決まったのです。
「さぁ、いっしょに城へ行こう。」
「待ってください。」
ファービーはいったん、王子の手からはなれると、自分の木をなでて、口づけをしました。
「ありがとう。あなたのおかげね。だいすきよ、私の木。また、すぐ会いに来るわ。」
『こちらこそ、たくさん愛をかけてくれてありがとう。お幸せに。』
木もうれしそうに揺れました。
まるで、二人を祝福しているように。
あぁ、良かった。本当に良かった。
こうして、どうなることかと思われたファービーの木の葉占いは、幸せな結末を迎えたのです。
後で分かったことですが、あの年老いた男は、全ての妖精の女の子の前に現れていたそうよ。
きっと、お姫様にふさわしい心の美しい子をさがしていたのね。
みんなを幸せにするために、あなたも幸せにね、ファービー。
さて、あなたが妖精だったら、何色を選びますか?
赤?黄色?それとも……緑?
もしかしたら、他の色もあったりして。
しかし、ひとまずこのお話は、これでおしまいです。
秋の季節に、小さな歓声が聞こえたら、それは妖精が木の葉占いをしているのかもしれませんね。
では、ごきげんよう。
おわり
お読みくださり、ありがとうございました!




