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和花月おこめ短編集

真夏の昼の舞踏会

掲載日:2026/06/06

 真夏の昼間から華やかな舞踏会が開かれているらしい。

 その噂を聞き付けた男が地下からのそのそやって来た。男の体からは、じわじわ汗が噴き出していて、うだる夏の暑さを実によく感じ取ることができる。地下から伸びる階段を上がるとそこにはひとつ大きな建物があって、男は堅牢だけど親しみを感じるその建物をとても気に入っている様子で、入り口をくぐるや否や上下左右きょろきょろしながら会場に足を進めていった。

 男が受付を済ませ会場に足を踏み入れた頃には、もう舞踏会は始まっていて、美しい装束を身に纏った大勢の紳士と淑女がそれぞれカップルになって軽快なステップを踏んでいた。男はふたりの婦人と眼があった。

「あら、遅かったじゃない。」

「そんな格好して何をしているの?楽しいわよ。早く着替えていらっしゃい!」

 そう言って微笑みながら、手すりに寄り掛かる白色のドレスの婦人と、軽快なステップを踏む桃色のドレスの婦人は、遅れてやってきた男を見つめ、男を舞踏会に招き入れようとしてくれた。しかし、男はその誘いに応えるだけの勇気も技量も無く、その舞踏会を遠巻きに見つめることしかできなかった。

 舞踏会に遅れてやってきた人は男の他にもたくさんいて、その人々は先に踊っている紳士淑女たちを嬉しそうに見回し、にこにこしながら、

「きれい…」

「僕も!」

「私も!」

と、着替えるのも面倒だったのか、ワンピースやティーシャツ姿といった至っていつも通りの恰好で、我先にという勢いで、少しぎこちないけれども小さなステップを踏み始めた。その後も来場者は絶えず、次第に会場の至る所で固まりを作っては、人々は小さなステップを踏んでいた。

 最近はとても物騒で、これ程の社交場となると舞踏会を台無しにしてやろうという者が外にはたくさんいるので、それを警戒してか会場には一切窓がない。それなのにその白い箱のような会場は美しい光で満ちていた。それは、水平線に沈む夕日や夜半の街頭に照らされる雪国の景色などとは違う、その舞踏会にしか創り出すことのできない彼が描き出した幸せであった。同じ四角でもなぜこんなにも異なるのであろうか。舞踏会を企画した彼は、ここまでの幸せを果して予想していたのであろうか。

 

 結局、男はその舞踏会で踊ることはできなかった。ステップを踏もうにも距離感というものが分からなかった。男はいつもこんな感じであった。男は寂しさを感じながら会場を後にして、のそのそと地下に戻っていった。ただ間違いなく、会場に満ちていたものよりも劣るかもしれないが、舞踏会を見つめていた時の男の瞳には確かな輝きと幸せが宿っていた。

 これからも男のまだ知らない世界でこの舞踏会が開かれることがあるとすれば、それは本当に素敵なことで、仮に男の知る世界で再びこの舞踏会が開かれることがあれば、男は今度こそ皆と共にステップを踏むことができるのではないかと信じている。


「あら、遅かったじゃない。」

「そんな格好して何をしているの?楽しいわよ。早く着替えていらっしゃい!」

 この世界のどこかにある白い箱でまた・・・


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