episode16 消えていく光
「ユン・セア!!」
ハン・ジフンが駆け出した。
崩壊するステージ。
白い光。
砕けていく黒い霧。
その中心で。
ユン・セアの身体が、
少しずつ透け始めていた。
「……っ」
彼女自身も理解していた。
終わる。
本当に。
指先が、
光の粒になって消えていく。
「おい……」
ジフンが彼女を抱き支える。
「消えるなよ」
声が震えていた。
初めてだった。
この男が、
こんな顔をするのは。
ユン・セアは少し笑う。
「記者のくせに……」
「うるせぇ」
ジフンが歯を食いしばる。
「まだ記事書いてねぇんだよ」
涙を堪えるみたいに。
「勝手に終わるな」
ユン・セアは目を細めた。
不思議だった。
人生で初めて。
誰かが、
“ユン・セア”じゃなく、
自分自身を見てくれている気がした。
「……ありがとう」
「礼なんかいい」
ジフンが言う。
「だから戻ってこい」
だが。
ユン・セアの身体は、
さらに崩れていく。
巫女が静かに近づいた。
「魂が契約に引っ張られています」
ソヨンが顔をしかめる。
「助からないの?」
「……方法はあります」
全員が巫女を見る。
「ただし、成功率は低い」
ガンウが血を拭いながら笑った。
「あるならやれ」
「彼女の魂を現世へ固定する必要があります」
巫女の銀色の瞳が、
ユン・セアを見る。
「“ユン・セア”として認識される強い繋がりが必要」
沈黙。
その時。
ジフンが、
床に落ちた中継カメラを見た。
まだ生きている。
全国放送。
韓国中へ繋がっていた。
「……おい」
男が笑う。
「まだ終わってねぇぞ、このスキャンダル」
ソヨンが気づく。
「まさか……」
「全国民に見せる」
ジフンがカメラを持ち上げる。
「本当のユン・セアを」
その瞬間。
館内モニターが再起動した。
ノイズ。
そして。
映し出される。
崩壊した会場。
血だらけのガンウ。
拳銃を構えるソヨン。
白い巫女。
そして。
光になりかけている、
ユン・セア。
『……え?』
『何これ』
『放送事故?』
韓国中がざわつく。
SNSが爆発する。
だが。
ジフンは真っ直ぐカメラを見た。
「聞け」
低い声。
「今から話すことは、多分誰も信じない」
会場が静まる。
「でも、それでもいい」
男はユン・セアを見る。
「この女は」
静かな声。
「最後まで、自分の人生を取り戻そうと戦った」
ユン・セアの瞳が揺れる。
「芸能界に潰されて」
「欲望に飲まれて」
「怪物になりかけても」
ジフンが笑う。
「最後に、人間として戦った」
その言葉。
全国へ流れる。
コメント欄。
『なにこれ……』
『演出?』
『でも……』
『ユン・セア、泣いてる』
モニターに映る彼女は、
もう“国民的女優”じゃなかった。
化粧も崩れ。
身体も半分消えて。
みっともなく泣いている。
でも。
だからこそ。
初めて、
本当に人間らしく見えた。
「……っ」
ユン・セアの身体へ、
小さな光が戻り始める。
巫女が目を見開いた。
「認識が変わっている……」
ソヨンが息を呑む。
「全国民が……」
「“本当のユン・セア”を見始めてる」
その瞬間。
SNSの空気が変わる。
『なんか分からないけど』
『頑張れ』
『死ぬな』
『戻ってこい、ユン・セア』
光。
感情。
無数の想いが、
彼女へ集まっていく。
ユン・セアの涙が零れた。
「……なんで」
震える声。
「今さら……優しくするのよ……」
でも。
少しだけ。
嬉しかった。
その時だった。
最後に残っていた黒い霧が、
突然蠢いた。
巫女の顔色が変わる。
「まだ終わってない!!」
瞬間。
黒い霧の中から、
一つの“顔”が現れる。
老婆。
悪魔。
だが。
その表情は、
今までと違った。
怒りでも、
憎しみでもない。
空っぽだった。
『……愛されたかった』
掠れた声。
そして。
最後の黒い感情が、
ユン・セアへ襲いかかった。




