第2話 生きるために
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第2話 生きるために
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魔力循環を体の隅々まで行っていると、外は暗くなっていた。
「腹減ったな……」
クライド君の記憶では、食べ物を口にしたのは昨日の朝だった。それも硬いパンと、わずかに塩味がついているスープなどと言うには烏滸がましい塩水だけである。
俺が魔力循環をさせていると、誰かが部屋に入ってきた。ノックも声掛けもなく入ってきたのは、メイド服を着た若い女性だ。
「まだ生きているんだ……はぁー。面倒くさいなー」
このメイドは半年ほど前から働いている者で、クライド君に対して非常に失礼な言動をしているアピスだ。
容姿は悪くないが、性格の悪さが顔に出ている女だ。
「はー、食事ったって、腐りかけたパンと塩水なんだし、食べさせなければいいのにー」
彼女はベッドサイドテーブルの上にトレイを置き、面倒くさいと何度も口にしながら部屋から出ていった。
ベルデナーグ伯爵家にもまともな使用人はいるが、そういった人たちは10年前に比べるとかなり少なくなっている。絶滅危惧種だ。
それに対してあのような外来種が幅を利かせているので、クライド君の待遇はドンドン悪くなっていった。
灯りもない真っ暗な部屋の中で、魔力循環をしていると気づいたことがある。
頭部、特に目に魔力を循環させると、この暗闇の中でもよく見えるのだ。
どうやらこれは身体強化の部類になるようだ。それを考えれば、体中に魔力を循環させて筋肉、骨、筋、皮膚などを強化すれば、魔法を使わなくても身体強化ができるはずだと俺は思った。
筋肉、骨、筋、皮膚などの強化を意識しつつ魔力を循環させていると、また気づきがあった。
俺の体中についていた火傷の痕が、少しずつ薄くなっていっているのだ。
どうやら、皮膚に魔力を循環させることで、新陳代謝が活発化してしまったようだ。
「これはいい」
特に痛む頭部と右腕を重点的に魔力循環する。
どれほど時間が経過したか分からないが、俺は起き出せるようになった。
腹は減っているが、体がかなり軽い。
ベッドの横に置いてあるパンを手に取り、塩水につけて食べる。腐りかけのパンだが、胃を強化すれば毒素を胃酸で無効化してくれるんじゃないか。魔力を口から食道、胃と循環させて強化しつつ食べた。
腹は膨れないが、空腹は凌いだ。これでしばらく活動できるぞ。
立ち上がり、窓に向かう。建付けの悪い窓を開けると、綺麗な星空が広がる。
「……月が3つもあるんだが?」
赤くて大きな月、青くて中くらいな月、そして黄色くて小さな月、3つとも満月のようで、まん丸だ。
これらの3つの月は、満ち欠けを繰り返すが、3つが満月になるのはかなり珍しいとクライド君の記憶にある。
3つの満月の日に、俺はこの世界に転生した。それは何かの運命なのかもしれない。などと黄昏ているわけにはいかないな。
今の俺は生き残るために、魔法が使えるようにならないといけないのだ。1分、1秒が惜しいのである。
ベッドに戻ろうと思い、振り返る際に鏡にクライド君の姿が映った。
ヒビが入った姿見に映ったクライド君を見つめ、俺は呟く。
「いい男じゃないか」
頭に巻かれた包帯は、血が滲んで黒く変色している。それを取り、頭部の傷を見るとしっかり塞がっていた。
この世界では珍しい黒髪黒目。黒い髪はいるし、黒い目の人もいる。だけど黒髪黒目はあまりいない。
背丈は170cmほどあるが、ギスギスに痩せている。
「そういえば、明日で15歳か」
この国では15歳で成人だ。15歳になれば、何をするにも親(保護者)の許可を必要としない。
「保護者ねぇ。まともに保護もできないヤツが保護者とか、ちゃんちゃらおかしいぜ」
クライド君は魔法が使えないことで、父や弟に負い目を感じていたようだが、俺にはそんなものはない。あるのは今のこの状態と状況だ。
死ぬほどの怪我を負わされ、ロクな食事も出てこない。こんなことで、この家に持つ感情がいいものであるわけがない。
「さて、生き抜くために、魔法の訓練をしましょうかね」
魔法といっても色々ある。有名なのは現象魔法と物質魔法だろう。
現象魔法は火を点ける、風を吹かせるといった現象を引き起こすもので、火の魔法は威力も高いことから人気がある。
物質魔法は土や水といった物質を創るもので、土の魔法では石や鉄などを創り出せることから人気がある。
どんな魔法でも、魔法を発動させる際には、魔力を体外に放出しつつ変質させる必要がある。
その放出を行うことができないのが、クライド君だった。
さて、俺は魔力を放出できるか。
「むむむ……」
なかなか難しいな。だが、やらなければいけない。
その夜、俺は一睡もせず魔力放出の訓練をした。徹夜はよくやっていた。一晩どころか二晩でも三晩でも好きなことならできる。
今回は好きよりも、生きるためだ。そりゃー寝ている場合じゃない。必死にもなるさ。
そして空が明るくなる頃に、魔力の放出ができた。
まだほんの少しだが、確実な一歩だ。




